(黒井 文太郎:軍事ジャーナリスト)

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 8月2日の未明、北朝鮮は2発の飛翔体を発射した。これで北朝鮮飛翔体発射は、5月4日、9日、7月25日、31日、8月2日と続いたことになる。

 北朝鮮は2017年11月にICBM「火星15」を発射してから対話路線に転じたこともあって、弾道ミサイルの発射を控えてきた。しかし、その間も当然ながら、新兵器の開発を進めてきた。

 北朝鮮自身は、ミサイル発射をすべてやめると言っていたわけではない。公式には「もう核戦力が完成したので、新たな核実験と中・長距離ミサイル発射試験は必要ない」と言っていただけだ。それ以外のことは、必要なら当然やりたいはずだ。

 北朝鮮としては、やっておきたい発射試験が溜まっていたところ、ようやくその機会が来たと考えているのだろう。米朝の対話は2019年2月のベトナムでの首脳会談決裂でいったん低迷したが、5月からの発射試験の再開は、その流れに沿ったものと思われる。

発射された「飛翔体」の内容

 一連の発射の内容をみると、以下のとおりだ。

5月4日:KN-23短距離弾道ミサイル、300ミリ多連装ロケット砲(KN-09)、240ミリ多連装ロケット

5月9日:KN-23短距離弾道ミサイル、240ミリ多連装ロケット砲、152ミリ自走榴弾砲

7月25日:KN-23短距離弾道ミサイル

7月31日:新型大口径多連装ロケット

8月2日:新型大口径多連装ロケット

 以上のうち、以前からあるものは、240ミリ多連装ロケット砲である。射程60~70キロメートル程度で、休戦ライン付近から首都ソウルを射程に収める。これに関しては、発射試験というよりは、実射訓練と言える。あるいは、砲弾に初歩的な誘導機能が組み込まれ、その試験を兼ねた可能性もある。

 次に、300ミリ多連装ロケット砲(KN-09)は、ここ数年に完成・配備された比較的新しい兵器である。射程200キロメートル程度と推測され、在韓米軍の主要拠点である平沢基地や烏山空軍基地などを射程に収める。いずれも韓国軍や在韓米軍を攻撃する場合に、メインの火力となるものだ。砲弾には初歩的な誘導機能が組み込まれているとみられる。

発射試験が繰り返されたKN-23

 それ以外のものは、いずれも新兵器である。152ミリ自走榴弾砲は、2018年9月の軍事パレードで初めて登場したもので、5月9日は初の実射試験だった。射程は不明だが、韓国軍および在韓米軍との陸上での砲撃戦では、強力な主力兵器となるものだ。

 KN-23短距離弾道ミサイルは、高性能なロシア製「イスカンデルM」短距離弾道ミサイルのほとんどコピーと言えるものだ。2018年2月の軍事パレードで初めて登場したもので、発射試験が初めて確認されたのは前述のとおり2019年5月4日だが、それ以前に北朝鮮は「金正恩朝鮮労働党委員長4月17日に新型の戦術誘導兵器の実験に立ち会った」と発表している。北朝鮮の言う「戦術誘導兵器」とは短距離ミサイルのことなので、このときにKN-23のきわめて短距離の実射試験が行われていた可能性がある。

 いずれにせよKN-23は、5月4日以降も、5月9日7月25日と発射試験が繰り返され、7月25日の発射では最大高度50キロメートルで飛距離600キロメートルを飛ばした。これは韓国全土を余裕で攻撃できる射程だ。また、イージス艦搭載SM-3迎撃ミサイルや在韓米軍配備のTHAADの迎撃対応高度より低い低軌道(ディプレスト軌道)を飛び、しかも降下中に微妙に水平方向への滑空を繰り返すプルアップ機動をすることで、ミサイル防衛での迎撃をきわめて難しくしている。

 つまり、韓国軍や米軍のミサイル防衛システムを突破して韓国全土を攻撃可能な、きわめて実戦的なミサイルなのだ。

 また、KN-23はより高い軌道をとれば射程800キロメートル以上は可能なので、日本の中国地方や九州北部を攻撃できる。低軌道でなければ日米のイージス艦で対応可能ではあるが、おそらく誘導性能がきわめて高く、たとえば佐世保の米海軍基地や岩国の米海兵隊航空基地などをピンポイントで攻撃できると思われる。

コスパがいい多連装ロケット砲

 7月31日に発射された飛翔体は、高度30キロメートルで250キロメートルの飛距離を飛んだことから、当初はこれもKN-23かとみられていたが、翌8月1日北朝鮮国営メディアが「新型大口径操縦放射砲」と発表した。北朝鮮はKN-23のことは「戦術誘導兵器」と呼んでおり、KN-23とは違う兵器であることを示している。

 北朝鮮の話法では、「新型大口径操縦放射砲」の「放射砲」とは多連装ロケット砲を指す。「操縦」は、誘導機能が組み込まれていることを指すものと思われる。前述のように、北朝鮮の比較的新しい大型の多連装ロケット砲の砲弾には、限定的な誘導機能が組み込まれている。

「大口径」は文字どおりの意味で、同日に公開された写真を見ると、従来の最大サイズだったKN-09の300ミリよりかなり大きいものと推測される。形状はKN-09に似ているが、口径・全長ともに大型化された、まったく新型の多連装ロケット砲であろう。

 また、8月2日の発射されたものも、やはり大口径多連装ロケット砲で、今度は最大高度2キロメートルで22キロメートルを飛んでいる。

 この新型大口径多連装ロケット砲は、これまで一度もその存在が確認されていなかったもので、北朝鮮が密かに開発してきた新兵器である。前述のように、従来のKN-09の射程が200キロメートル程度とみられていたのに対して、今回の大口径多連装ロケット砲は220~250キロメートルも飛翔している。しかも、最大高度25~30キロメートルという低軌道での飛距離なので、より高度を上げれば、より飛距離は延びる。韓国南部までをも射程に収めるとみていいだろう。

 おそらくこの新型の大口径多連装ロケット砲も、韓国軍や在韓米軍を攻撃することを意図して、従来型の多連装ロケット砲の射程を延ばすことを目標に開発されたものだ。もちろん新型のKN-23短距離弾道ミサイルも、あるいは従来型のスカッドミサイルも韓国全土を攻撃できるが、弾道ミサイルは高価なため、多連装ロケット砲のほうがコスパはずっといい。

 通常、弾道ミサイルは核攻撃用であり、多連装ロケット砲は非核弾頭を多数一斉射撃して面的な制圧を狙う。有事が必ずしも核戦争というわけではないので、核抑止力としての高性能な弾道ミサイルの開発を進めつつ、実戦的な通常兵器の開発・配備に邁進するのは合理的な選択でもある。なお、KN-23に核弾頭を搭載する場合、起爆装置をかなり小型軽量化しなければならないので、いずれ核実験を再開する可能性が高い。

発射試験を集中的に行っている理由

 以上のように、北朝鮮が実際に行ってきた飛翔体発射の内容を見ると、北朝鮮はこれまで政治的理由で手控えてきた新兵器の発射試験を、この機会に集中して行っていることがわかる。政治的な駆け引きの道具としての発射というより、軍事的に必要な発射試験を粛々と実行していると言えるだろう。

 なお、7月31日の多連装ロケット砲の発射について、8月1日の朝鮮中央通信の記事では以下のような文言があった。

朝鮮労働党第7回大会が提示した武力建設の砲兵近代化戦略的方針に従って、短期間内に地上軍事作戦の主役を受け持つことになる新型の操縦ロケット弾を開発し、初の試射を行うことになった」

 つまり、当初の計画どおりということらしい。なお朝鮮労働党第7回大会は2016年5月に行われたもので、今回の発射はその頃から開発が進められていたものとなる。

口実にされている米韓合同軍事演習

 他方、7月25日のKN-23短距離弾道ミサイル発射の際には、翌7月26日の報道発表で、この発射が韓国に対する警告であることが強調された。平和を語って南北対話を呼びかけながら、強力な新型兵器を導入しようとしたり(米国からのF-35Aステルス戦闘機購入を指す)、8月に米軍と合同軍事演習を行う予定だったりする韓国に、それらの敵対的行為をやめろというわけである。

 いわば「牽制」ともいえるが、北朝鮮がこうした言及をする際には、単に相手にプレッシャーをかける牽制だけの意味ではないことに留意すべきだ。これまでも核実験ミサイル発射実験をする際に、しばしば今回のように米韓側の軍事演習などを口実としてきた。この「口実」という要素にこそ、より注目すべきだろう。

 たとえば、このまま米韓合同軍事演習が行われた場合、北朝鮮は一段進んだ何らかの軍事行動に進む格好の口実を得ることになる。「自分たちは韓国に警告したのに、無視されたからやるのだ。悪いのは警告を無視した韓国だ」という自己正当化である。

 そんななか、7月31日付き「ロイター通信」は、「米国防当局高官が、米韓合同軍事演習を変更する計画はないと明らかにした」と報じた。「19-2同盟」と名付けられたこの演習は8月5日に開始予定である(20日までの予定)。つまり8月5日以降、北朝鮮はなんらかの大規模な軍事的行動に出る可能性が高い。むしろ、あれだけ「口実」の布石を自ら大々的に打っていたので、北朝鮮側には逆に「何もしない」という選択肢が考えにくい状況となっている。

新兵器の試射・実働訓練をさらに実行か

 では、北朝鮮は次に何をやるのか?

 ここで注目されるのは、北朝鮮が対米と対韓国で自らの態度を使い分けていることだ。たとえば米韓合同軍事演習は北朝鮮からみれば、韓国も米国も同様に「敵対行為」になるはずだが、前述した8月1日の公式報道声明のように、米国には言及せず、韓国だけを非難している。

 また、韓国の統一部は7月30日、国会外交統一委員会で「(北朝鮮は)韓国政府の対話提案に応答しておらず、民間レベルの接触も減少した」と報告している。韓国に対しては、明らかに冷たい態度をとっているのだ。

 他方、米国に対しては、微妙な態度をとっている。米政府当局者が7月30日に記者団に語ったところによれば、北朝鮮は米国に対し、米朝の実務者会議が「もう間もなく再開される」と伝えてきたという。同日、ポンペオ国務長官も「実務者協議はそう遠くないうちに始まるだろう」との見通しを語っていた。

 しかし、8月2日にタイで開催された東南アジア諸国連合ASEAN)地域フォーラム(ARF)閣僚会議への李容浩外相の出席は取り止めた。ポンペオ長官との接触を避けた形で、実務者協議をずるずると延期させるつもりに見える。

 こうした北朝鮮の外交姿勢からわかることは、北朝鮮は米朝の実務者協議の延期を画策しつつ、ただし米韓合同演習などに関しても直接の米国批判は手控え、代わりに批判の矛先を韓国に集中しているということだ。米国と韓国を分断し、米国との関係悪化を回避しつつ、韓国批判を口実にミサイルや新兵器の試験を重ねているのである。

 したがって、米国を直接刺激する中距離以上のミサイル発射は今後もしばらくは控えるだろう。だが、短距離弾道ミサイルの発射については、すでにトランプ大統領が不問に付す姿勢を明確にしているので、北朝鮮としてはもはや障壁はない。いつでも好きなときにやれるのだ。

 とすれば、8月5日の米韓合同軍事演習開始を口実に、さらに一段進んだ軍事行動を北朝鮮は試みる可能性が高い

 たとえば今回のKN-23短距離弾道ミサイルと新型大口径多連装ロケット砲に加え、新型の「金星3」地対艦ミサイル(2017年6月に初の実射試験)や「KN-06」地対空ミサイル(「稲妻5」。2017年5月に発射試験)、「KN-18」精密誘導型短距離弾道ミサイル(2017年4月のパレードで初登場し、同5月に発射試験)などの改良型、さらには既存のスカッド弾道ミサイルも含めて、多数のミサイルを同時発射する実戦的な実働訓練を行うなどということが考えられる。

 他にも無人機などでも改良型が開発されていておかしくはなく、それらも同時投入することがあるかもしれない。あるいはさらに進んで、日本を射程に収める準中距離弾道ミサイル北極星2」の実射訓練、あるいは潜水艦発射型弾道ミサイル北極星1」もしくはその改良型の発射試験も考えられる。北朝鮮は新型の潜水艦発射型弾道ミサイル北極星3」を開発中とみられるが、それも開発がある程度進んでいれば、試射は必要だろう。

 いずれにせよ、2017年11月以降やり残してきたあらゆる新型ないし改良型兵器の実射試験、さらにはこれまで手控えてきた各種ミサイル部隊の実働訓練を、この機会に次々と実行してくる可能性が高いとみるべきであろう。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  8月5日以降、北朝鮮はさらに大規模な軍事行動に

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2019年8月2日、北朝鮮が飛翔体を発射したことを報じる韓国のテレビ(写真:ロイター/アフロ)