国際機関による開発援助は、長らく世界銀行、そして地域開発援助機関によって独占されてきたが、この米国主導の体制に風穴を開けるべく、2015年7月には、中国、インドBRICSの5カ国が中心となってBRICS銀行(正式には「新開発銀行」)が、そして同年12月には、中国が提唱し57カ国が創設に参加したアジアインフラ投資銀行AIIB)が相次いで設立された。

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 両機関は、いずれも2016年からその業務を開始したが、AIIBについては我が国では広く報道されているものの、BRICS銀行についてはほとんど報道されていない。例えば、本年4月はじめ、ケープタウンで開催されたBRICS銀行の第4次年次総会についても日本のメディアでは全く取り上げられなかった。もしもBRICS銀行が特段の事業実績を上げていないということであれば、それも頷けるが、BRICS銀行の融資活動は活発で、その融資累積額は既に93億ドルに達しており、AIIBのそれ(84億ドル)を上回る。

 さらにBRICS銀行は、その融資総額を今年度末までに160億ドルまでにもっていくとしており、今後の開発援助の動向を占う上で、見落とすことのできない存在となっている。

 このようにBRICS銀行の動きにはもっと注意を払うべきであるとする理由は、拡大する事業規模の故にではなく、そのビジネスモデルの斬新さにある。これまで世銀、ADB等が長年やろうとしてもやれなかった改革に正面から取り組み、これをその事業運営の中枢に据えているのである。以下、どのような点で、その事業運営が画期的なのか、みていきたい。

革新性の高い事業運営

 BRICS銀行は、その事業運営方針を策定するに当たって、先ず既存の開発援助の問題点を分析し、これに対する対案を提示する形で明示したが、これら対案は、次の三つの基本理念に裏打ちされたものである。つまり、(1)平等・互恵、(2)簡素・効率、(3)顧客志向である。

 第一点の対案は、途上国への融資に対してはコンディショナリティを付さないとした点である。世銀、ADBはその融資に当たって、借入国の国内政策の改革を求め、厳しい融資条件(政策改革に関するコンディショナリティ)を付することが多いが、これは、途上国の目から見れば、内政干渉と映り、強い反発を買ってきた。BRICS銀行のユニークな点は、貸し手も借り手も平等であるとの観点から、このような“上から目線”のコンディショナリティは付さないとした。

 この平等原則は、その意思決定方式にも表れており、BRICS銀行を設立した5カ国は、全て平等な議決権を有しており、如何なる国も拒否権を持たない。この点は、中国が最大の議決権を持ち、拒否権を行使できるAIIBとは大きく異なる。

 第二の対案は、環境社会影響基準の適用に関し“カントリー・システム”を採用したことである。従来、途上国が、世銀、ADBから融資を受けようとすると、環境社会影響基準については、自国のルールではなく、世銀、ADBのルールに従わなければならないこととされてきたが、これが世銀、ADBから融資を受ける際の最大の障害となっていた。BRICS銀行は、この原則を取り払い、借入側と貸付側とは同等の立場にあるとの観点から、環境社会影響基準については当該途上国の規則に、言い換えれば、カントリー・システムに拠ることとした。

 この点を若干敷衍すると、一般に、世銀の環境社会影響基準は国際標準とみなされているが、実は、この基準は、途上国の環境対策、社会補償施策の実施能力に対する深い疑念に基づいて作られており、ともすれば過重な手続要件を課すものとなっている。言い換えれば、インドのナルマダ・ダムでみられたような最悪の事態で得られた教訓をベースに環境・社会影響基準を作成し、これを一率にすべての国に当てはめようとするものであり、プロジェクト実施能力の高い途上国にとっては、過剰な負担を課すものとなる。

 環境社会影響基準の手続要件が過剰であることについては、途上国のみならず、ADBのスタッフ中でも、特に、実際のプロジェクトに直接携わるオペレーション・スタッフの間では広く共有されている認識であり、ADB内部においても早くから「カントリー・システムを採用すべし」とする声があった。しかし、このような改革案は、国際NGOの強い反対に遭い、これを受けて理事会の場でも反対票が上回り、カントリー・システムは試行的には一時採用されたものの、正式には未だ採用されていない。

 この点については、最近意外な展開があり、今まで環境社会基準については最も急進的な立場をとってきた世銀が、それまで環境社会影響審査の拠り所としていたセーフガード基準を、“新環境社会フレームワーク”に切り替えるとした。このフレームワークのなかで世銀は、途上国の国内規則が一定の要件を満たしていれば(上記のカントリー・システムに近い)Borrower's Arrangements を使うとした。 勿論、これに対してはNGOから強い反対があったが、世銀が敢えてその実施に踏み切ったことは、注目に値しよう。

少ない時間で大型融資を供与

 第三の対案は、事業運営の効率化である。この点は、理事会の方式を、世銀、ADBのような駐在型の理事会とはせず、非駐在型の理事会に拠ることとした点に表れている。各国の理事、理事補、さらには、そのサポートスタッフが本部に常駐することになれば、その給料、年金、フリンジベネフィット等の年間費用は膨大なものとなるが、これを年数回の出張ベースでの会議に切り替えれば、かなりの経費削減が可能となる。

 また、プロジェクトの審査についても、全てのプロジェクトを理事会にかけるのではなく、複雑なプロジェクトのみを、理事会にかけ、それ以外の案件は、総裁と副総裁からなる“信用投資委員会”において決定することとした。この方式を採れば、本部に常駐する職員だけで意思決定ができるようになる。

 組織形態も、「a lean and flat organization」を目指すとしており、外部の専門家も活用しながら少ない職員で急増する融資案件に対応しようとしている。

 第四の対案は、事務手続きの簡素化であり、この点は、中期事業戦略の中で、“ドキュメントの短縮化”を推し進めると明記しているが、具体的には、理事会提出の審査レポートは、世銀、ADBで作成するような詳細な“プロジェクト評価レポート”ではなく、簡略化された“プロジェクト・サマリー”で良しとしている。これは、ADBにおいても、緊急な意思決定を要する災害復興プロジェクトについては “プロジェクト・サマリー”で良しとしてきたが、これと類似の取り扱いである。

 さらに、融資案件の処理も迅速化するとしており、案件あたり平均6カ月以内で処理するとしている。これは、通常1.5年から2年かかる世銀、ADBのプロジェクト処理期間と比較すると大幅な改善である。

 第五の対案は、顧客志向の融資態様の導入である。従来、世銀、ADBの融資は、その調達資金との関係から、ドル建てが圧倒的な割合を占めていたが、BRICS銀行では、現地通貨建ての融資を大幅に取り入れており、既に融資金額の29%、プロジェクト本数の33%は現地通貨建てであり、借入国は為替リスクの重荷から解放されている。

 加えて、プロジェクトの審査の迅速化を図るため、BRICS銀行では、Multi-tranche Financing Approachを広く採用している。これは、融資対象となるすべてのサブ・プロジェクトを事前に審査するのではなく、模範となるサブ・プロジェクトについてのみ詳細な審査を行い、残りのサブ・プロジェクトに対しては審査フレームワークを事前に作成したうえで、現地のプロジェクト実施機関にこれに沿って開発、審査を行わせることとするものである。このような方式を採ることにより、BRICS銀行は少ない時間投入で大型の融資を供与できるようになる。

融資業務の簡素化で貸し倒れは増えないのか

 ただ、このように融資業務の大幅な簡素化を実施すると、プロジェクトの審査が不十分となり、結果的に、問題プロジェクトの増大、あるいは、不良債権の頻発に繋がらないかとの懸念が生まれる。

 しかし、上記の様な問題は、世銀、ADBが従来から行ってきたように、時間をかけて、プロジェクトのすべについて精査すれば防げるというものではない。むしろ、リスクの審査に重点を置き、それへの対応策に力点を置いた、“risk-based approach”の方が有効であり、BRICS銀行は、その融資業務の実施にあたって、“risk-based approach”によることとしている。世銀、ADBタスクマネジャーは、ともすれば、できるだけ精緻で、どこから問われても完全に回答ができるような完璧な審査報告書を作ることに熱心になりがちであるが、時間をかけてこの様なレポートを作成したとしてもプロジェクトのリスクの削減に繋がる訳ではない。

 実は、プロジェクトの執行が遅延したり、問題プロジェクトが発生したりするのは、外から押し付けられたルール——世銀、ADBのルール——を当てはめようとすることから起きる場合の方がむしろ多く、逆に途上国のルール、すなわちカントリー・システムを当初から当てはめれば、プロジェクトはよりスムーズに執行される可能性が高くなる。

 もっと言えば、BRICS銀行は、世銀、ADBのプロジェクトのプロセシング上の問題点にも切り込んでいる。世銀、ADBでは、プロジェクトの開発と執行は別のタスクマネジャーが担当することが多いが、BRICS銀行では、これを同一のタスクマネジャーに担当させることを原則とし、タスクマネジャーのパフォーマンス評価も、如何に魅力的なプロジェクトを開発したかではなく、当該プロジェクトがスムーズに実施されたかどうかも含めて、総合的に判断することとしている。このような評価制度は、タスクマネジャーに、実施可能性の高いプロジェクトの開発を促すことになろう。

 以上のように見てくれば、BRICS銀行の事業運営方式の簡素化は貸し倒れ案件の増大につながるとの懸念は当たらないと言える。

斬新なアプローチが可能となった理由

 BRICS銀行が、前記のような思い切った事業運営方式を打ち出すことができたのは、もちろん、その融資の対象国が、プロジェクトの執行能力が比較的高いBRICSの5カ国であったことによることが大きい。しかし、ここまで革新的な内容の事業戦略を打ち出すことができたことの背景には、初代BRICS銀行総裁のK.V.カマート氏の強いリーダーシップと明確なビジョンによるところが大きい。

 同氏は、インドの最有力銀行のICICIのCEOを13年間務め、その事業拡充の立役者となった経営者であり、そのうえADBでも8年間勤務した経験も有しており、銀行業務については、官の分野でも、民の分野でも精通している。加えてインドのIT企業の最先端を行くInfosysの会長も4年間務めており、事業運営の方法については、従来の開発機関の幹部にはない発想で改革に取り組むことができる経営者であった。

AIIBの対極に位置するBRICS銀行

 冒頭述べたように、AIIBBRICS銀行は、同時期にかつ同趣旨で設立されたものであるが、その後の事業展開は、相互に異なる。AIIBは、その審査基準を世銀に準ずるものとするとともに、その幹部もADB、世銀の元副総裁から採用するなど、自らを世銀のレベルに引き上げることによって、その国際機関としての地歩を築こうとした。

 これに対し、BRICS銀行は、逆に、環境社会影響基準は途上国のそれを採用するとともに、その総裁も民間セクターから選び、現地通貨建ての融資は早くから提供する等、途上国と同一のレベルに立ち、途上国のための途上国による援助機関となりきることにより、自らの存在意義を確立しようとした。いずれにせよ、これら二つの新興開発機関の活動は、既存の開発援助機関の在り方に根本的な見直しを迫るものと言えよう。

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新開発銀行、いわゆるBRICS銀行総裁のK.V.カマート氏(写真:ロイター/アフロ)