(筆坂 秀世:元参議院議員、政治評論家)

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競り合う相手も味方につけた渋野スマイル

 8月4日(日本時間5日未明)、日本女子ゴルフ界に歴史的な瞬間が訪れた。なんと20歳の渋野日向子プロがAIG全英女子オープンゴルフで優勝したのだ。ゴルフ好きの私は、もちろんテレビで観戦していた。渋野選手は3日目が終わった時点で、2位に2打差をつける単独首位に立っていた。「もしかすれば」と日本のゴルフファンは誰もが期待を膨らませていた。

 その渋野選手がいよいよスタートとした。1番ホール、2番ホールをパーで通過した。無難な滑り出しだった。パー4の3番ホールも2オンに成功した。1パットで入ればバーディ、2パットならパーだ。ところが何と4パットもしてしまいダブルボギーを叩いてしまったのだ。アメリカや韓国の選手が追い上げてきており、この時点で首位から陥落してしまった。

 渋野選手は、一昨年のプロテストは不合格、昨年のプロテストで合格したばかりだった。今年から女子ツアーに本格参戦したばかりである。ただ5月に初勝利をあげ、7月には2勝目をあげていた。いずれも4日間大会での勝利だった。日本の女子プロは、日本女子オープン、日本女子プロなどメジャー大会を除くと3日間大会が主流だった。

 アメリカの女子ゴルフはほとんど4日間大会なので、それに合わせて日本でも4日間大会が増えてきている。日本の女子プロゴルフ協会が世界のレベルで戦える選手を育成するために意識的に取り組んできたからだ。

 渋野選手は、その4日間大会で2勝していたように、急速に力をつけてきたプロゴルファーではあったが、まさか全英女子オープンで優勝するとは、誰もが予想していなかったと思う。

 普通、日本の選手がダブルボギーを叩いて首位から陥落すると「やっぱり駄目か」と思わせる負けオーラが漂ってくるのだが、不思議なことに渋野選手には「勝ってしまうのではないか」という空気感がずっとあったのだ。優勝が決まったのは、日本時間で5日の午前3時頃だった。最後の18番ホールで7メートルくらいあるバーディパットを決めるのだが、この時も入りそうな雰囲気が漂っていた。

 イギリスでは「スマイルシンデレラ」と呼ばれたそうだが、常に笑顔でプレーし、ギャラリーの声援に応え、ハイタッチやロータッチを平気で行う渋野選手には、世界が驚いた。キャディを務めたコーチの青木翔さんも日ごとにギャラリーを巻き込み、味方につけていったと語っていた。

 優勝を決めるバーディパットが入った瞬間、渋野選手と決勝ラウンドの2日間を最終組で一緒に回った南アフリカアシュリー・ブハイ選手が思わず両手を挙げていた。ブハイ選手は、2日目が終わった時点では単独首位に立っていた。そこで2位につけていた渋野選手と同組になった。ずっと優勝争いをしてきた選手である。その選手が思わず両手を挙げて喜んでくれる。こんなシーンは見たことがない。競り合う相手まで味方に引き込んでいたのだ。感心するほかない。

ひどかったフジテレビの“生中継”

 渋野選手の凱旋試合となる「北海道 meiji カップ」が8月9~11日の日程で行われた。この試合はフジテレビが中継することになっていた。

 もともと録画放送の予定だったそうだが、渋野人気にあやかって2日目の放送を急きょ地上波での生中継に切替えるという発表を行った。午後1時40分から同3時半までの生中継ということだった。

 私も楽しみにしていた。だがいざ見てみるとほとんど渋野選手のVTRばかり。放送開始から30分以上経っても生中継が始まらない。何度も何度も、渋野選手のドライビングレンジでの練習風景、渋野選手のVTRばかりなのだ。渋野選手はスタートが早かったので“生中継”時点では、ほぼプレーを終えていたのだろう。渋野選手を見たいファンが多いことは間違いないと思うが、他の選手のプレーも見たいというのが、本当のゴルフファンというものだ。この期待にまったく応えていない放映だった。

 ときどき他の選手のプレーも映し出されたが、これもVTR。パソコンでスコア速報を見ていたのですでに終わっているホールだということが分かっていた。

 最後の方に優勝争いをしている最終組とその前の組がほんの10分ほど映し出されたが、これが“生中継”だったのかも知れない。結果的には、優勝した韓国のペソンウ選手、アンソンジュ選手、鈴木愛選手の18番ホールでのバーディパット寸前に放送は終ってしまった。これだったら“渋野選手だけを放映する画期的ゴルフ放送”とでもしてはいかがか。まるで詐欺にあったような不快感だけが残った。

 もう1つ、ゴルフ中継で不思議なことは、ほぼどの大会でも3人1組でラウンドするのだが、成績の良い選手や人気選手は映すが、そうでないと映さないということだ。それがまた恣意的としか思えない場合がある。その間、1人の選手のアップを放映し、横で打っている選手の打音だけが入ってくるという不自然さだ。「撮っているなら映してやれよ」と言いたくなることがゴルフ中継では実に多い。

 この前の「北海道 meiji カップ」では、金田久美子選手の組が放送されていたが、なぜか金田選手はティショットを映してもらえなかった。成績が悪いのかなあ、と思っているとパットの際に映し出され2アンダーだということが分かった。好成績である。選手に失礼である。

低迷する男子プロゴルフ界

 女子プロに比べて、日本の男子プロゴルフ界の現状は惨憺たるものだ。女子ゴルフは、3月に開幕した後、オープンウィーク(試合のない週)はなく、年間40試合近くある。男子プロは開幕が女子より1カ月半も遅い4月だ。試合数も20をようやく超える程度だ。現在、人気選手と言えるのは石川遼選手くらいである。

 獲得賞金額を見ても、女子ゴルフでは5000万円超えが12人、3000万円超えが22人いる。男子の方は、5000万円超えは1人、3000万円超えは6人しかいない。ギャラリーの数も女子ゴルフの方が多い。そのうえ渋野選手という大スターが誕生した。ますます差をつけられることだろう。

 なぜ男子ゴルフにはスポンサーがつかず、試合数が減ってきたのか。答えは簡単だ。世界に通用する強いゴルファーがいないからだ。

 3年前、狭山ゴルフクラブで日本オープンが行われた際、見に行った。マスターチャンピオンのアダム・スコット選手(豪)やアメリカで活躍する松山英樹選手が帰国して参戦するということだったからだ。初日、2日目、この2人に石川遼選手が加わり同組でラウンドするというので、初日から1万人を超える大ギャラリーが駆けつけた。

 渋野フィーバーで「北海道 meiji カップ」には、大ギャラリーが駆けつけた。それでも3日間で1万6407人だった。やはり強い選手がいれば、ファンは見に来るのだ。

 男子ツアーを仕切っている日本ゴルフツアー機構(JGTO)の会長、青木功さんには、全英オープンなどの解説もいいが、もっと強い選手を育てる努力をしてほしいものだ。

 例えばコーチの問題だ。最近、アメリカでの活躍が低迷している松山選手もコーチをつけていない。確か丸山茂樹プロだったと思うが、アメリカのメジャー大会でのインタビューで松山選手に、「お願いだからパットコーチをつけることを真剣に考えてよ」という趣旨の発言をしていた。石川遼選手もお父さんがコーチ役だ。ツアー通算21勝の池田勇太選手もコーチをつけていない。

 だが女子ゴルフは、渋野選手は言うまでもなく、上田桃子選手など、ほとんどがコーチをつけている。女子ゴルフでは韓国が圧倒的に強いが、やはりほとんどがコーチをつけている。アメリカの男子プロもほとんどがコーチをつけている。

 日本の場合、大学のゴルフ部から変えていく必要もある。監督がゴルフ未経験という学校すらある。これでは世界に通用するゴルファーは育たない。それとマナーだ。女子プロは、宮里藍さんの影響もあるのだろうが、マナーが非常にいい。男子プロはそれに比べてマナーが悪い。これくらいはすぐにでも改善できるはずだ。

 このままだと日本から男子ゴルフのツアーが消失するくらいの危機感を持ってほしいと願う。

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東京で記者会見に出席した全英女子オープン優勝の渋野日向子選手(2019年8月6日、写真:Motoo Naka/アフロ)