◆区土木部は「何十年、何百年かかるかは算定できません」

住民が起こした控訴審の判決は敗訴。「不当判決」の旗を出すのは、原告の高橋新一さん(左)と宮坂健司さん

 7月16日、国が進める高規格堤防(スーパー堤防)の整備事業に対して、東京都江戸川区の住民4人が国と区に計400万円の損害賠償を求めた『江戸川区スーパー堤防差止訴訟』で、東京高等裁判所は一審の地裁判決に続いて請求を棄却した。

 スーパー堤防とは、堤防の幅が150メートルから300メートルもある超巨大堤防のこと。「洪水時に越水しても破堤しない」とのウリで、国土交通省が推進している。

 事業は1987年に始まったが、幅数百メートルもの堤防建築は、周辺の全住民を立ち退かせなければならないだけに、実際に着手する自治体はほとんどなかった。これに唯一手を出したのが江戸川区だ。

 その計画は、完成までに200年と2兆7000億円を要し、区内3河川周辺から9万人を立ち退かせるというものだ。

 まともな感覚で行われる事業ではない。そこで区土木部に確認の電話を入れてみると、「何十年、何百年かかるかは算定できません。一つ一つの区画整理事業を粛々とやるだけです」との回答があった。本当に区民の防災のために、200年もかけるのだろうか?

◆「造成後は戻ってきてもいい」というが、戻るのは半数だけ

スーパー堤防の概略図。幅が広いため完成後はその上に住居を建ててもいいが、堤防の上なので増改築には制限がかけられる(江戸川区スーパー堤防整備方針」より)

 スーパー堤防はなだらかな傾斜地となるため、造成の3年後にはいったんは立ち退いた住民は戻ってきてもいいという触れ込みになっている。しかし、3年で2度の引っ越しを強いられるのは、住民にとっては大きな負担だ。

 区が最初に手掛けた平井7丁目では、82億円をかけて73戸が立ち退いた。スーパー堤防完成後に戻ったのはその半分だけ。「堤防の上に住む」ということは、河川法の縛りを受け、地下室の増設や家の改築が自由にできないことも敬遠材料となったのだ。

◆区は「区画整理事業がタダでできる」から計画を受け入れた!?

5年前、江戸川区小岩1丁目の一角は4家族を残して更地になった

 平井7丁目の次に事業が始まったのが小岩1丁目だ。ここには約90世帯が暮らしていた。初めは反対していた住民も、区の説得に折れて次々と立ち退いた。だが「納得できない」として最後まで残ったのが冒頭の4家族だ。

 彼らが反対するのには、いろいろな理由がある。そのひとつは防災面だ。4家族のひとりで、半世紀以上もこの地に住む高橋喜子さん(90歳)は「北小岩1丁目は区で一番標高が高く、水害に遭ったことがない」と証言する。

 もうひとつの理由は事業内容だ。喜子さんの隣に住んでいた息子の新一さんは、「区はずるい」と訴える。

スーパー堤防って、国の事業ですよ。でも住民は『スーパー堤防計画』ではなく、『スーパー堤防完成後の土地を区画整理する』という“区の計画”で立ち退いたんです。どういうことかというと、『国のお金で造成したスーパー堤防の土地を、そのまま区が利用する』ということ。つまり、区が本来負担すべき区画整理事業がほとんどタダでできる。そのために、区はスーパー堤防を受け入れたとしか思えません」
 

原告の一人、高橋喜子さんが書いた手紙。スーパー堤防は「町興し」ではなく「街壊し」だと述べている

 国はこの事業において、河川沿いの住民を立ち退かせる場合は「事業実施前に、住民の移転承諾を得て盛り土工事を行わねばならない」と定めている。しかし本件では誰ひとりとして国から承諾を求められておらず、「区の区画整理事業」との名目で立ち退きを迫られた。

◆「限度を超える権利侵害ではない。事業には公共性がある」と地裁では敗訴

2014年11月、最後まで退去を拒んでいた4家族のうちの高橋新一さんと母親の喜子さんが引っ越しする朝。喜子さんは「悔しいわよ!」と呟いていた。新一さんは裁判の原告団長でもある

 結局、高橋さんら4家族は2014年11月、やむなく退去に応じた。工事音が鳴りやまない生活環境や、地域が崩壊したこと、もし行政代執行(区が強制的に家屋を解体する)となれば、その解体費用や引っ越し費用が自己負担になることなどが理由だ。

 しかし「住民の了承を得ていない以上、国に盛り土工事の権限はない」として、国に対しては「事業差し止め」を、区に対しては精神的苦痛への賠償として「1人100万円の慰謝料」を求める裁判を起こした。

 その裁判過程は割愛するが、判決が出た2017年1月25日のことだ。東京地裁の裁判長は、前者は「却下する」、後者は「棄却する」と述べただけで、ものの10秒で退廷した。

 異様な法廷だった。まず、被告席には誰もいなかった。被告は傍聴席に座っていた。また、原告団と裁判所との間には「主文に続き判決要旨も読み上げる」との申し合わせができていたが反故にされた。

 しかもその判決文は、住民がその数年前に区を相手取って起こした「スーパー堤防取消訴訟」(2013年12月に敗訴)の判決文のコピペだった。曰く「本事業は、限度を超える権利侵害とは言えない。2度の移転を回避したければ、区の土地買収に応じればよかったはず。事業には公共性がある」というものだ。

◆一部しか完成していないスーパー堤防でも「効果がある」と東京高裁・都築裁判長

2019年7月16日、入廷する原告住民ら。左から2番目が高橋新一さん。中央が母の喜子さん

 今回の東京高裁での控訴審でも住民側は敗訴した。しかし、都築政則裁判長が読み上げた判決文のなかで、筆者が「おかしい」と思った表現がある。

地球温暖化の影響等も考慮すれば、超過洪水が発生し、(従来の)堤防が決壊する可能性は否定できない」というものだ。裁判所は本当に、地球温暖化と洪水の関係性を小岩1丁目において熟慮したのだろうか? 

江戸川区スーパー堤防はごく一部に作られるだけ。すると洪水時は図のようにスーパー堤防の両脇の地域が浸水することになるが、裁判所はそれでも「効果がある」と断定した(反対住民作成の資料より)

 また、堤防は一直線につながって、初めて堤防の役目を果たすものだ。一部だけが完成しても意味がない。だが都築裁判長は、小岩1丁目という一角にだけスーパー堤防を造成することに関しても「効果がある」と断じた。

 傍聴席で筆者の隣に座っていた水問題の専門家は「あり得ない」と口にしていた。原告側の小島延男弁護士「ひどい判決だ」振り返り、おそらく上告をするものと思われる。高橋さんらは「これは小岩1丁目だけの問題ではない。もう少し頑張らねばなりません」と言葉を締めた。

<文・写真/樫田秀樹>

住民が起こした控訴審の判決は敗訴。「不当判決」の旗を出すのは、原告の高橋新一さん(左)と宮坂健司さん