「仕事は本当に好きで天職だと思う。でも食べていけない」。ある図書館の司書の女性(ツイッター名「よるこ」さん)が投稿したツイートが波紋を広げている。女性は大学を卒業後、3つの図書館で合わせて10年以上、働いてきた。しかし、待遇はすべて非正規雇用。給与は正規職員の半分に及ばず、金銭的な困窮から「これ以上働くことは無理」と転職を決意した。

今、公立図書館で働く職員のうち、約7割が非正規雇用という。日本図書館協会の統計によると、1998年に約8千人だった非正規職員は、2018年には約3万人にまで増えている。1998年当時は全体の5割以下だったにも関わらず、この20年間で激増しているのだ。

背景には、自治体の財政難がある。厳しい財政で人件費を削りたい自治体は、次々と職員の非正規雇用化を進めてきた。その結果、図書館の現場では今、何が起きているのか。そして、これから何が起きると予想されるのか。図書館の司書では「食べていけない」とツイートした女性に話を聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●子どもの頃から夢だった司書になったが……

発端は、このツイートだった。

「私気づいたら10年以上司書やってんだな。

大学卒業後、非正規だけど憧れの図書館で働いて、そこから3つの図書館で働いてきた。今年度で3館目の契約が満期になる。

真剣にこの先の人生を考えるともう図書館で働くのは終わりにしないといけない。仕事は本当に好きで天職だと思う。でも食べていけない」

ツイートしたのは、比較的大きな地方都市で暮らす司書の女性(30代)だ。子どもの頃から、司書になるのが夢で、中学卒業の時に書いた「将来の夢」も司書だった。本格的に司書になろうと決心したのは、大学生の時。アルバイトである公共図書館のカウンター業務を経験、やりがいを感じて図書館で働きたいと思うようになったという。

大学で司書資格を取り、卒業後はまず大学図書館で契約職員として働き始めた。その後、自治体の公立図書館の司書となり、レファレンスや児童サービスなどの仕事を任され、充実した経験を積めたが、やはり立場は非正規のままだった。この図書館では「雇用年限なし」と言われていたが、自治体直営から指定管理者が導入されることになり、辞職を余儀なくされた。

現在は、3館目である大学図書館で契約職員として働いている。女性は司書という仕事について、「天職」と考える理由をこう語る。

「私は図書館が好きで、司書の仕事に誇りを持っています。それは公立図書館のレファレンス担当として、毎日図書館を必要としてくれる利用者と対話していた経験が大きいです。図書館を必要としてくれる人がいる、情報を求めている人たちが来てくれている、という事実は、何よりも励みになりましたし、自分の仕事に対する誇りにもなりました。

もっと利用者の役に立つ仕事がしたいと、休日に他の図書館を見学したり、有休を使って研修や講習会へ参加してきたのも、司書の仕事が好きだからです。自分の利益関係なく、ここまで情熱を傾けられる職はやはり『天職』ではないかと思います」

●月給は正規職員の半分以下、貯金もできない日々

しかし、その「天職」を女性は今年度限りで辞めることを考えている。

「退職しようと思ったきっかけは、今年度で現在の勤め先の契約期限が切れるにあたり、自分の現状を見直した結果、これ以上は無理だと判断したためです。

これから歳を重ねる中で数年ごとに転職を繰り返し、毎回職が見つかるのか。貯金がほとんどできない現状で病気になったらどうするのか。この働き方、給与で自分のライフプランが立てられるのか。

そうしたことを考えた結果、全てが『否』であり、転職しようと決意しました。特に私は一人暮らしなので、余計に金銭的困窮が身に染みたのだと思います」

女性の年収は、正規職員に比べて「おそらく半分以下」。これまで勤めた図書館で、ボーナスや退職金をもらったこともない。女性は、非正規雇用で司書として働くことのデメリットをこう指摘する。

「あと何年でおしまいだとわかっている仕事に自身の全力を注ぎ続けることは難しいですし、次の仕事が見つかる保証がないため、期限近くなるとモチベーションの下がる方が多いです。また、館によっては指定管理への移行などで契約更新を切られることもあります。とにかく雇用が不安定で安定しません。

業務内容に見合った待遇が受けられない点も大きいと思います。地域格差が大きいため一概に言えませんが、月給16〜18万程度が多く、時給設定のところも多いです。もちろん賞与や退職金はありません。

その待遇で専門性を求められたり、正規職員と変わらない業務を課されたり、酷いところだと正規職員より専門性の高い業務を振られたりします。また、非正規が非正規を教育する体制になっている館もあり、責任の大きさに見合わない、割に合わないと感じた人が次々に離職し、人員不足に陥っている図書館もあります」

●「若い人はよくよく考えて」

女性のツイートはネットで波紋を広げた。一方で、非正規雇用の司書を続けながら、正規職員への採用を狙うことは難しいのだろうか。女性は実情を明かす。

「正規職員への登用は、求人数が圧倒的に少ない現状では難しいと思います。特に自治体では、採用試験の受験資格に年齢を設けているところが多く、どんなにキャリアを積んでも年齢が対象外だと受験できません。近年は即戦力として社会人採用枠を設けているところもありますが、まだまだ少ないようです」

実際、女性の住む地域でも大規模な公立図書館でも今年、正規職員の中途採用はあったものの、常勤での勤続年数がある程度求められるなど、非正規雇用の立場では応募が難しい条件だった。非正規雇用を重ねても、キャリアとして認められないという問題があるのだ。

女性は、若い人から「司書になりたい」という話を聞く度に、「とても嬉しく思う一方、どうか正規職員になって真っ当な待遇の中で図書館員として成長してほしいと心から願っています」と話す。

「非正規で働くことは、給与の問題だけでなく、健康にもよくありません。いくら頑張っても評価されず正規職員になれない、自身の努力の結果を正規職員の手柄にされる、数年毎に来る契約期限の度に転職について考えなくてはならない。他にも館によっては給与に見合わない量の業務を課せられたり、急に契約が打ち切られたり、先輩職員が相次いで退職したりします。

このような状況下では心身ともに不健康になります。特に心の病は一度かかってしまうと簡単には治せません。好きな仕事に就きたい、その気持ちは苦しいほどよくわかります。ですが、経験者として、初めての就職で非正規司書に足を踏み入れるのは止めたほうがいいと断言できます。その後の転職が大変です。どうか若い方たちはよくよく考えて、道を選ぶのをおすすめします」

●キャリアと認めてもらえない非正規雇用の司書

非正規雇用の司書について、全国で文化施設のプロデュースやコンサルタントなどを手がけるアカデミック・リソース・ガイド(ARG)代表の岡本真さんは、こう話す。

「非正規職員で司書を続けても、キャリアと認められず、必要な人材だとみなされないのが現状です。まずは、年齢が許す限り新卒枠で受け続けることが大事。もしも、年齢がオーバーしてしまったら、一度キャリア設計をリセットしたほうがいい」

図書館の正規職員になるのは、新卒枠で採用されるのが一般的なルートだが、自分が勤務を希望する地域の図書館で新卒採用があるかはわからない。あったとしても、倍率は通常でも十倍以上、地域によっては数十倍にもなる。日本最大の図書館である国立国会図書館にいたっては例年、百倍を超える超難関だ。

そうした現状を受けて、岡本さんは指摘する。

「もしも、新卒枠で受からなかった場合は、別業種でまず就職することを勧めています。情報システムでも、デザインでも、そこで別のキャリアを築いておく。それから正規職員の中途採用を受ければ、必要な人材だとみなされて合格する確率は上がります。

一方で、大学では毎年、およそ1万人が司書資格を取得していると言われています。しかし、その課程において、キャリア形成論はあまり語られていないことは大きな問題です。学生の時からしっかりと将来を考えるように教える必要があります」

●給与は約13万5800円、それでも「図書館で働きたい」が約9割

しかし、さまざまな問題が指摘される中、非正規雇用の司書が図書館でどのように働いているのか、その実態はまだ明らかになっていない。そこで、日本図書館協会は2018年12月から2019年1月にかけ、神奈川県内の県立図書館および市町村図書館で働く非正規雇用職員を対象に実態調査を行なった。5月に公表された結果(速報値)によると、回答者547人のうち、93.2%が女性。また、年齢は50歳代が45.7%で最も多く、次いで40歳代が25.2%だった。最終学歴は、大学を卒業している人が53%と半数以上を占めた。

雇用期間は1年契約が最多で64.4%で、「期限なし」は4.8%だけだった。有期契約のうち、83.9%が「更新あり」であることから、短期の契約を繰り返して働いていると思われる。一方で、「雇い止め」の経験があると回答した人は20.1%だった。現在勤めている図書館での勤続年数については、「10年以上20年未満」は24.5%だったが、「1年未満」「3年未満」「5年未満」は合計すると48.6%と約半数にのぼった。

平均時給は996円(神奈川県最低賃金時間額は983円=調査当時)、平均月給は約13万5800円。「昇給なし」が86.3%、「ボーナスなし」が89.6%、「残業代なし」が80.8%、「退職金なし」が98.0%。そのためか、昇給や給与の増加を求める人がそれぞれ4割を超えた。厳しい雇用環境が浮き彫りとなる結果だったが、それでも「今後も図書館員として働きたい」という人は85.6%だった。

●「日本の教育に必ずマイナスの影響」

日本の公立図書館に増える非正規雇用。今後、どのような影響があると考えられるのだろうか。

図書館の運営は、長い時間をかけて行われるものです。今、購入する資料が何十年先の利用者も必要とするものなのか。今、捨てようとしている資料は本当に必要がないのか。現在だけでなく、未来の利用者の事も考え、図書館は資料を収集・保存していく必要があります」と女性は話す。

「しかし、非正規雇用の場合、数年単位で職員がいなくなるため、その図書館に詳しい司書がいない状況となり、資料の管理をするのが大変難しくなります。中でも長年の経験がない状態での資料の除籍は大変危険です。

また、公共図書館において、郷土資料というその地域の宝ともいえる分野があります。どの職にも当てはまると思いますが、基本的に経験の長さが知識の深さに比例します。郷土資料の管理において、この経験の長さは必要不可欠です。郷土資料が適切に管理できるかどうか。私はその図書館の力量が問われる部分だと思います。この管理に数年で異動する職員を充てるのはあまりにリスクが大きすぎます。

図書館が無料の貸本屋でなく社会教育施設として成り立つには、ただ資料を並べ、貸し出すだけでは不十分です。長期の管理に携わる司書がいて、初めて成り立つものだと考えています。現在のように非正規雇用で回し続ければ、日本の教育、研究事業において必ずマイナスな影響が出てくると思います」

「もう図書館で働けない」 非正規雇用で10年働いた司書が天職を辞めようと思った理由