2019年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。国際部門の第2位は、こちら!(初公開日 2019年1月3日)。

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 韓国の政治には一定の「波」がある。周知のように韓国の大統領制は、その任期を5年1期に限っている。故に就任直後の「ハネムーン期間」には高い国民的人気を誇った大統領も、その任期の末期には例外なく支持率を低下させ、政治は大きく混乱することになる。

きっかけは金正恩の「新年の辞」

 逆に言えばその傾向は、多くの場合、大統領が就任してからの韓国政治は他の時期に比べて相対的に安定していることを意味している。他の国と同様、韓国においても国民の関心は外交よりも内政に向けられており、故に多くの政権はこの時期、自らが直面する内政問題に注力する。

 文在寅大統領に当選したのは2017年5月。それから1年に当たる2018年は、本来なら上記のように韓国政治が安定し、それ故、その対外関係に大きな波乱が存在しない年になるはずだった。だが、韓国にとっての2018年は予想とは大きく異なる1年となった。

 きっかけとなったのは、元旦に発表された「新年の辞」で北朝鮮の指導者である金正恩が韓国との対話の意を示したことだった。政権発足当初から「北朝鮮との対話」を外交政策の第一順位に挙げてきた文在寅政権にとって、この申し出は正に「渡りに船」であり、彼等がこれに積極的に応じたのは当然と言えた。文在寅政権の活発な努力は、やがて、4月の板門店での南北首脳会談、そして6月のシンガポールにおける米朝首脳会談という形で結実した。

1965年の「請求権協定」を骨抜きにする判決

 2018年前半の韓国外交が「北朝鮮との対話」に彩られたものであったとすれば、後半に注目されたのは、日本との関係であった。

 重要な転機となったのは、10月30日に韓国大法院(日本の最高裁判所に相当)が下した、朝鮮半島からの戦時労働者(いわゆる徴用工)に対する判決であった。報道されているように、この判決は日本の植民地支配国際法的に違法であったとする理解を前提に、韓国人戦時労働者の日本企業に対する「慰謝料請求権」を認めたものである。これは日韓両国間の外交関係の基礎となる1965年の通称「請求権協定」を骨抜きにするものであり、今後の日韓関係に与える影響は甚大だと言えた。そしてその後の韓国では、この大法院判決を判例として、類似した判決が多く出されるに至っている。

「日本との関係に対する配慮」が垣間見えなかった

 まったく異なるように見える二つの出来事には、大きな共通点が存在した。それは「日本との関係に対する配慮」が垣間見えなかったことである。すなわち、2018年前半に動いた北朝鮮との交渉において韓国政府は、アメリカとの慎重な協議を繰り返す一方で、日本との綿密な意見交換は行われなかった。

 2017年5月に就任した文在寅にとって初の訪日となった2018年5月の東京での日中韓首脳会談への出席は、4月の南北首脳会談と6月の米朝首脳会談の間、という絶好の時期に開催されたにもかかわらず、ソウルから東京への「日帰り訪問」として処理され、韓国政府はこの日程を選択した理由を「多忙な為」と説明した。そこには来るべき米朝首脳会談に対し、日本側に協力を依頼しようという真摯な姿勢が存在しないことは明らかであり、また韓国政府が進める北朝鮮に対する融和政策において、日本への具体的な役割や期待は存在しないことを意味していた。

「日本との関係に対する配慮」の欠如がより明確になったのは、10月30日の大法院判決以後の状況であった。大法院判決そのものは、今を遡ること6年以上も前の、2012年に出された大法院自身の判断に従ったものであり、その内容に文在寅政権が介入する余地が存在しなかったことは事実であった。

韓国政府の妥協案が信用を得られるはずがない

 だが、重要なのはその後の韓国行政府、つまり文在寅政権自身の対応だった。すなわち、韓国政府は2018年6月、憲法裁判所に対して「慰安婦合意には法的効力がない」とする答弁書を提出し、この内容は韓国人戦時労働者に対する大法院判決からわずか6日後の11月5日、韓国メディアによって明らかにされた。続いて11月21日、韓国政府は同じ2015年に締結された慰安婦合意により設立された「和解・癒し財団」の解散を発表した。

 韓国政府はこれと並行する形で、元東亜日報東京支局長の経歴を持つ知日派としても知られる李洛淵国務総理の下で、「韓国人戦時労働者問題解決の為のタスクフォースチーム」を結成し、解決策を模索している。この動きは先の慰安婦合意に関わる動きと明らかに矛盾している。すなわち、仮に巷間伝えられるように、このタスクフォースチームの下で、韓国政府が戦時労働者問題解決の為の、日本政府・企業との間の政治的妥協を模索しているのであれば、その前提には日本政府や企業をして韓国政府の妥協策が信用に値するものであると納得させる必要がある。しかしながら、先立つ同様の妥協策である慰安婦合意について、韓国側が一方的に法的効力を否定し、根幹的措置の一つとなる財団解散を一方的に発表する状況では、そのような信用が得られるはずがない。

「暫定水域」の扱いが重要であることは基礎中の基礎だが

 そして、韓国政府による信頼感を損なう行為はこれだけではない。11月20日には韓国海洋警察庁(日本の海上保安庁に相当)所属の警備艇が、1998年に締結された日韓漁業協定により、日韓両国が操業可能であると定められている「暫定水域」において、日本漁船に対して「操業を止めて海域を移動せよ」と命じる事態が起こっている。

 日韓両国の海上警察にとって、領土問題にもかかわる「暫定水域」の扱いが重要であることは基礎中の基礎であり、GPS等で自らの位置が簡単に確認できる現在ではおよそ考えにくい「ミス」であると言える。

 続いて12月20日には、韓国海軍の駆逐艦海上自衛隊の哨戒機に火器管制レーダーを照射する事態が起こっており、両国は現在までこの問題を通じて非難の応酬を行っている。

 そして、この二つの日本海上で起こった事件には共通点がある。それは勃発直後から韓国政府側が日本政府側に対して事件を非公開にすることを求め、この要請が日本側に拒絶された結果、事件が明るみに出ている経緯である。

一方的に日本に共助を求める姿勢は虫が良すぎる

 ここで重要なのは、韓国政府が現在の日本の状況を正確に認識していないように見えることだ。すなわち、先の大法院判決以降、日本国内では韓国を批判する世論が急激に高まり、日本政府も強硬な態度を見せるに至っている。このような状況の中、韓国政府が自らの責任で発生した問題に対して、日本側の協力を要請しても、その協力が容易に得られないことは火を見るより明らかである。

 そもそも海洋警察庁の警備艇をめぐる問題にせよ、韓国海軍の駆逐艦レーダー照射にせよ、韓国政府が今日の日韓関係の悪化を深刻に受け止めていれば、防げたはずの問題である。にもかかわらず、一方的に日本に共助を求める韓国政府の姿勢はいささか虫が良すぎる、という他はない。

 それでは結局、韓国では何が起こっているのだろうか。答えは韓国政府内においては誰もこの「厄介な日韓関係」に関わる諸問題を真剣に統制しようとしていない状況である。「上からの統制」の不在は現場の緊張感の不足をもたらし、問題に直面した担当者はその場凌ぎの問題のもみ消しにのみ尽力する。大統領をはじめとする政権要人は対日関係に対する積極的な発言を避け、その責が自らに及ばないように口を噤む。結果、問題の責任は誰も問われることはなく、現場では緊張感のない状況が継続する。緊張感の不足は新たな問題を生み、日本側は韓国側への不信を更に強めることとなる。

 こうして日本側が声を荒げる中、韓国側が耳を塞ぎ続ける状況が継続する。日韓関係は2019年も漂流を続けることになりそうである。

(木村 幹)

南北首脳会談の会場となった板門店 ©iStock.com