昨年は#metooの盛り上がりから、財務省のセクハラ事件があり、今年5月、職場のパワーハラスメントの防止を企業に義務付ける、改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)も成立しました。初めてパワハラを定義し、上下関係を背景にしたパワハラは許されないと明記し、2020年4月から施行されます。

国際労働機関(ILO)も6月に職場のハラスメント禁止条約を採択し、セクハラパワハラともに、法制度は整備されつつありますが、企業の現場では今後、どう防止策や意識改革を進めていかなければならないのでしょうか。

「ハラスメントの境界線」(中央公論新社)の著書があるジャーナリストの白河桃子さんは「これまでハラスメントというと、ハラッサーサイド、主におじさんを敵視する傾向がありましたが、今後は、彼らがハラスメントへの意識をアップデートし、活躍できる『おじさん活躍推進』の環境を作ることも大切になってきます」と話しています。(ライター・国分瑠衣子)

●昭和の普通は、令和の炎上

――「ハラスメントの境界線」では、企業がどうセクハラ・パワハラを防ぐかについて解説しています。

個人ではなく、職場という領域で課題を解決するためにはどうするべきかという観点で書きました。ハラスメントの境界線は、時代とともにどんどん変わっていくのでアップデートが必要です。少し前、大手化学メーカーのカネカで、育休明けの転勤問題が「パタハラ(パタニティハラスメントでは?)と炎上しましたが、会社側は「問題はなかった」という見解を示しました。会社サイドは悪気はなく、今まで通りの対応をしただけだと思いますが、私は「昭和の普通は、令和の炎上」と言っています。会社側の「個人の事情に斟酌していられない」という考え方をまずはアップデートしてほしいのです。

また、企業が今、一番変わってほしいと思っているのが45歳以上のおじさんです。「おじさんは、働き方改革の邪魔をする」と捉えられがちですが、若者や女性だけではなく、あと20年は会社で働き続けるおじさんも活躍できるようにしなければなりません。

ハラスメント対策では、被害を受けた人をサポートする場はたくさんありますが、加害側の「クラッシャー上司」や「超セクハラおじさん」を変える仕組みづくりも必要です。パワハラ、セクハラをしやすい人はいますが、その人が全てハラスメントを起こすのではなく、ハラスメントしやすい場に行って初めて被害が起きる。組織や構造の問題として捉えてほしい。

これまでにも企業は、セクハラ・パワハラの相談窓口を設けたり、研修を行ったりしてきました。ただ、ハラスメントのガイドライン(指針)のない会社は非常に多い。今は環境、社会、企業統治に配慮している会社に投資する「ESG投資」が注目されているので、指針を持つことは大切です。研修したで終わるのではなく、「ハラスメントが許されない環境である」と全員が意識するように、組織風土を変えていく取り組みも重要です。

――職場のパワハラ防止を義務付ける、改正労働施策総合推進法が成立しました。どのような点を評価しますか。

働き方改革が進み、企業のセクハラ・パワハラへの意識が変わる中で、法整備が進んだことについては、評価できます。ただ、成立前に就職活動する学生へのハラスメントが問題になっていた時期なのに、(法的拘束力のない)附帯決議にしか入らなかったのは残念です。職場という領域を広く捉え、雇用者だけでなく、求職者や政府が働き方を後押ししているフリーランスも救済されてほしいですね。

企業の担当者からは、「セクハラ・パワハラはどこまでがセーフで、どこからがアウトなのかわからない」といったことをよく聞かれます。ある会社では、女性のヘアスタイルほめる時に、「こういうほめ方は良くて、このようなほめ方はダメ」と教えていると聞いて驚きました。このような個人向けの対症療法だけをやっている企業も意外に多いと思います。

境界線を気にする人が多い企業は「社内で懲戒のレベル」を決めて開示してあげることも必要かと。ある外資の会社では「お疲れ様という意味でも肩に手を置くのは NG」など細かく決まっていました。また「これはハラスメント」と懲戒を決めるには、調査の上の複数の意見が必要です。「個人の受け取り方次第だから」と諦めてしまうのは、乱暴な言い方ですし、思考停止ですね。

●上司はヒューマンスキルを身に付けて

――セクハラと比べ、パワハラは指導との線引きが難しいと感じます。どのような技術を身に付けるべきでしょうか。

パワハラを懸念するあまり、部下とコミュニケーションがとれない上司もいます。解決するためには、上司の側がヒューマンスキルを身に付けるしかありません。ハラスメントにはならないけれど、相手の耳の痛いところをしっかりと伝えられるコミュニケーション力を持つことです。

それにはフィードバック研修が必要で、コーチングスキルなどのテクニックも必要。「上意下達」のコミュニケーションしか知らない世代に、いきなり「1on1」をやれと言っても無理がある。管理職研修をきちんとやってほしい。1on1ミーティングで有名なヤフーも研修をやっています。それでも「うまい人」とそうでない人の個人差は出ます。

また、社員からトップまでどの階層にもハラスメントの知識は必要です。組織が本気で取り組んでいるという姿勢を示すことが極めて重要です。中小企業大企業に比べて、人的な余裕が少ないので、トップがハラスメントについて高い意識を持たないと、思わぬ内部告発や人材流出、人材獲得ができないなどの問題が起きます。

――被害者が、セクハラ・パワハラを告発しにくい現実もあります。

ITを活用するのも方法の一つです。ハラスメントの被害にあっているのが自分だけではないと分かってから通報できる「ハラスメントや暴力の通報アプリなどがあります。ハラスメントの加害者は、複数の被害者に同じことをしているケースはよくあります。多くの人の声がITの力で可視化されて、告発の判断基準になるのです。

企業の場合は、ハラスメントを事前に防止することが重要です。相談できる窓口や役職は何階層もあったほうがいい。被害者が相談する相手を選べるということも大切です。年に一度の満足度調査ではなく、毎日PCを立ち上げるたびにコンディションをきく短い質問が出てくるサービスもある。月一度ぐらい個人とチームの状況が可視化できるといいですね。

これもシステムがあり、チームのコンディションを把握して、うまくいっていない場合は介入するなどの工夫をしている。ハラスメントをしている人は、役職が上で仕事もできるハイパフォーマーというケースも多いです。ただ、そういう人を組織として黙認し、重用してしまうと、結果的には会社にとって損失が大きいです。

●同質性の高い組織は、多様性を取り込む努力を

――「ハラスメントの境界線」では「同質化された組織では、ハラスメントが起きやすい」と指摘しています。

経済界をはじめ、さまざまな企業、団体に招かれて働き方改革やダイバーシティの講演しますが、役職が上になればなるほど、男性しかいません。経済界はまだマシで、政府とマスコミは本当に女性が少ない。霞が関では現在、若手の官僚のうち3割が女性ですが、今のままの「長時間労働」が続くとその女性たちが辞めてしまうのではと心配しています。ますます多様性のない「長時間働ける男性」中心の職場になってしまいます。政策を作り、また世論を作る場に、人口の半分の女性の声が反映されない。これは非常に重大な問題です。

大切なのは、多様性とインクルージョンです。企業は多様性があるよ、だけでなく多様な声を拾ってほしい。自分たちの会社は同質性が高いと感じたら、あえて異なる層を取り込む努力が必要です。例えば、夜遅い会議が多いなら、時間を朝にずらして、時短勤務の人が参加できるようにする。役員会には若手社員を呼ぶなど、意識して変えることが必要です。実際に「若手や女性のいない会議には出ない」と社長が声を出して改革した例もあります。多様性は、女性を増やすというだけではなく、外国人や定年後に再雇用で働く人、中途採用などさまざまな属性が含まれます。

――管理職を希望しない女性も少なくありません。

最近では男性でも管理職を希望しない人が多いですよ。これは育児家事や、社外の活動などとの両立を考えると、長時間労働が評価される働き方では難しいということだと思います。多様性推進には「働き方の多様性」も必要です。味の素は、2017年4月から午前8時15分始業、午後4時30分終業の一日7時間15分勤務に変更しています。ダイバーシティを進めるためには女性の活躍が不可欠ですが、会社全体の働き方を、長時間労働を前提としない効率的なものに変えていく必要があります。企業も個人も長時間労働が評価されるということを一度アンインストールしなければなりません。また、女性には、両立支援と活躍支援の2つの軸での支援が大切です。

――長時間労働をせずに生産性を高めることも必要ですね。

個人が頑張って生産性を高めるだけではなく、企業として儲かる仕組みを作らなければいけないと思っています。今までの延長線上ではなく、非連続的な成長が鍵となる時代です。これまで当たり前を脱却しなければならず、そのためには多様な人材が必要です。今はすごく優秀な人たちが、大企業で安定と引き換えに生産性の低い仕事をしています。これからは、経済的な合理性を重視するビジネスモデル改革、そして評価や人材育成をするべきでしょう。

企業であれば、売り上げや利益など分かりやすい指標があります。マスコミはニュースの質、政府は政策のクオリティーではないでしょうか。

国連が掲げるSDGs持続可能な開発目標)の中に「ディーセント・ワークの推進」がありますが、皆が「働きがいのある人間らしい仕事」に就く環境を整えることが大切だと考えています。

【プロフィール】 白河 桃子(しらかわ・とうこ

相模女子大学客員教授、昭和女子大学客員教授、東京大学大学院情報学環客員研究員、少子化ジャーナリスト、作家

東京生まれ。慶応義塾大学文学部卒業後、住友商事などを経て執筆活動に入る。2008年中 央大学教授山田昌弘氏と『「婚活」時代』を上梓、婚活ブームの火付け役に。少子化、働き方改革、女性活躍、ワークライフバランス、ダイバーシティなどをテーマとする。 経済産業省「新しいコンビニのあり方検討会」委員、内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員、内閣官房第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」有識者委員、内閣府男女局「男女共同参画会議専門調査会」専門委員などを務める。 著書に『ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち』(中公新書ラクレ)、『御社の働き方改革、ここが間違ってます! 残業削減で伸びるすごい会社』(PHP新書)など25冊以上がある。

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