最近の公衆トイレは、きれいだと思いませんか。トイレの壁に「きれいに使っていただいてありがとうございます」と書いてあるのをよく見かけます。一方、昔のトイレには「汚すな!」と書いてあることが多く、実際に汚かったです。

 この「汚すな!」という文言は性悪説に基づいているので、用を足す前から疑われているように感じてカチンとくる人もいたでしょう。さらに、「汚すな」と言われると「汚す」行為が印象付けられてしまいます。

最初に見た言葉が強く印象に残る

「紫の象を、絶対に思い浮かべないでください」

「鼻からラーメンをすすっているおじさんを絶対思い浮かべないでください」

 この文言を読んだ今、頭には何が浮かんでいますか。おそらく「紫の象」「ラーメンを鼻からすすっている男」ではないでしょうか。違う映像が浮かんでいる人も、おそらく最初はこれらを思い浮かべたでしょう。しかし、「思い浮かべてはいけない」と言われたので、別の映像に上書き修正しているのではないかと思います。

「汚く使うな」と言われたら、「汚く使う」という言葉がむしろ強く脳裏に浮かびます。注意されたので従おうとすると、一度思い浮かべたことを否定しなくてはならないのです。

 この現象は、子どものしつけにもつながってきます。例えば、親は子どもに対して「走らないで!」「手で食べないで!」「席を立っちゃだめ!」といった言葉をよくかけてしまいます。

 こう言われたとき、子どもは「走る」「手で食べる」「席を立つ」ことをまず思います。しかし、親から「それをしてはならない」と言われたので、やめます。一度考えたものを再度考え直さなくてはなりません。

 さらに、「走らないで!」と命令された場合、「歩くのか」、それとも「立ち止まるのか」、子どもには分かりません。「歩きなさい」「止まりなさい」「お箸を使いなさい」「スプーンを使いなさい」「椅子に座っていましょう」だと、望ましい行動が示されていて分かりやすいです。

 夕飯の買い物のためスーパーマーケットに出かけたときのこと。「売り物のお肉を触らないで!」と言われて、子どもの脳裏に浮かぶのは何でしょうか。「肉を触る」というフレーズです。

 また「触るな!」「こら!」「だめ!」と命令すると、子どもは条件反射で言うことを聞きますが、また同じことをします。なぜなら「触ってはいけない理由」を分かっていないからです。こんなときは次のように言いましょう。

「このパック、ぷにょぷにょしていて触りたくなるよね(共感)。でも、この売り物はまだお金を払っていないから、あなたのものではないの。もし、人の指の跡が付いた肉があったら食べたくないでしょ(理由)。だから、売り物は見ているだけにしましょう(よい行動を指示)」

 まず「触りたい」という気持ちに共感し、「なぜそれをしてはいけないのか」と理由を話し、どう行動すればよいか伝えるのです。そうすればきっと、親が見張っていなくても、生鮮食品コーナーのお肉を触ることもなく、葉物野菜をちぎることもないでしょう。

否定形より肯定形で伝えよう

「汚く使うな」よりも「きれいに使ってください」、さらに「きれいに使っていただいてありがとうございます」。「土足厳禁」よりも「靴を脱いでお入りください」。「遅刻しないでください」よりも「時刻通りにお越しください」。「冷房の温度、低すぎる! 寒い!」よりも「設定温度27度に上げてくれないかな」。そう言われた方が、気分よく従う気持ちになりませんか。

 親子や夫婦、会社の上司・部下など、あらゆる人間関係において「否定形よりも肯定的に伝える」方がコミュニケーションがうまくいきます。参考にしてくださいね。

子育て本著者・講演家 立石美津子

昔のトイレの貼り紙は「汚すな」が多かった(C)あべゆみこ