中国メディア・東方網は17日、吉林省長春市の南湖公園内にある解放記念碑について、現在の場所に設置されたのは「日本人のおかげだった」とする記事を掲載した。

 記事は「南湖公園に行ったことのある人ではあれば、きっと解放記念碑を見たことがあるだろう。しかし、この記念碑はどうして南湖公園に建てられたのか。その理由には、日本人が関係していた」とし、その経緯について紹介している。

 まず、日本人は長春を占拠した後、満州国の首都にすべく「大新京都市計画」を立て、街の整備に着手したと説明。その中で水害を防ぐために興隆溝の流れをせき止めるダムを作り、それが南湖公園となって現在まで残っていると伝えた。

 また、その後日本人太平洋戦争の勝利を記念する塔を設置するために南湖公園北門付近に大きな空き地を確保したと紹介。「しかし、知っての通りこの戦争は日本の敗北によって終了したため、この地に塔が建てられることはなく、空き地が残った」としている。

 そして、1948年の長春包囲戦で人民解放軍が勝利してから40年後の1988年に解放記念碑の設置が決定した際、日本人が自らの塔を建てるために残した場所が最適と判断され、この地に建てられることになったと紹介した。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)

長春にある「解放記念碑」、設置場所選びに「寄与」したのはかつての日本人だった=中国メディア