これまでCDO(Chief Digital Officer、Chief Data Officer)といえば、企業内の役職というイメージだったが、自治体にもCDOが誕生し始めている。今年(2019年)6月にCDOに任命された神奈川県副知事の首藤健治氏に、デジタル分野における経営陣コミュニティ「CDO Club Japan」がインタビューを行った。(JBpress)

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――「CDO Club」に参加しているメンバーを世界全体で見ると、企業だけでなく官庁や自治体などのCDOもたくさんいます。これまで日本では企業のCDOばかりだったのですが、自治体にもCDOが誕生したとのことでお話をうかがいに来ました。

 6月に神奈川県の「CDO(データ統括責任者)」に就任しました。あわせてビッグデータなどの多様なデータの利活用を推進するため「ICT・データ戦略課」を新設し、県民の安全・安心や利便性の向上を図る「くらしの情報化」を推進していきます。

 同時に、「共生社会推進課」、「未来創生課」という2つの組織も新しく動きはじめました。これも私が担当します。共生社会推進課は社会的課題を解決していくというアプローチ、未来創生課は新しい価値を創造していくアプローチです。この2つは次の時代の社会を考えていくうえで非常に大きな意味があって、ものごとをこの2面のアプローチで捉えていかないといけないからです。

 今の時代、イノベーティブに新しい価値を創造すると、一気に社会的課題まで解決される可能性があります。破壊的イノベーションは、価値創造と社会的課題解決の両方を満たすことがあるということです。これまでの行政のように社会的課題を個々に解決するというアプローチだけでは、時代に取り残されていくでしょう。そのような動きをキャッチアップするために未来創生課というのが絶対に必要だ、ということで黒岩祐治知事が作ったのです。

2つのアプローチを支えるのがデータ

 社会的課題解決へのアプローチと新たな価値を創造するアプローチ、これは兄弟みたいな関係です。そして、それを支えていく基盤としてなくてはならないもの、それがデータとテクノロジーです。そのため、データの活用を推進する組織を新しいメンバーを揃えて作りました。6月に立ち上がったこの3つはセットになっているのです。

――これからどのようなことに取り組まれることをお考えですか。

 CDOになった当初、CDOチームに3つの指示を出しました。一つは情報価値化社会への対応を考えること。もう一つは社会的課題をミクロとして捉えてマクロ化していくスキームを考えること。3つめが複合的な社会的課題を連関してどうやって捕捉するのかを考えること。

 社会的課題解決と価値創造という2つの軸のうち、価値創造の方はないものから新しいものを作っていくので、基礎的な情報がなくてもいけるかもしれません。しかし、社会的課題を解決するには、まずそれを捕捉しなければなりません。

重要なデータは心の中にある

 県民に対するニーズアンケートをおこなって、「達成率は何パーセントになりました」とか、「認知率は何パーセント上がりました」というような取りやすいマクロのデータを取るだけだったら、どの施策が効いてどの施策が効かなかったのかがまったくわかりません。県民一人ひとり、あるいは個々の企業が何を課題にしていて、それに対して行政がどれぐらい取り組めているかという評価系をミクロベースで作らないといけないということです。

 そして本当に重要なデータというのは、心の中にあるということです。アンケートを作るとか、書き込みできるサイトを作るぐらいでは集まりません。そのためには行政が信頼されることが非常に大事なのです。神奈川県の調査に答えると、自分たちの希望を解決してくれると思ってもらえるかどうか。

 たとえば難病の患者さんが何を求めているかを知るには、実際に会いにいって直接その方と話をする。そういうところからスタートしようとしています。そういうシンプルなところから始めて、小さいことをやりきったら、今度は少し大きなことを手がける。このように進めていきます。

――価値を創造するアプローチとしてはどのようなことをやるのでしょうか。

 価値創造の観点では、まず価値というものの捉え方をきちんと議論しようとしています。

 民間企業であれば、価値は突き詰めれば売上や利益であり、それを最大化するという点ではわかりやすいでしょう。しかし行政における価値の主体は県民であり、県民が持っている価値というのは客観的なものではなく、主観的なものです。貨幣経済化されていないもの、大事に思っているもの、自己実現として求めているものなどです。ですので、まず価値という言葉を共通化するところから始めないといけません。

 情報が価値を持つ分野としては交通、流通、教育などいろいろ考えられますが、これまでの神奈川県の取り組みとの整合性などを考えると、まずヘルスケア領域の情報化をやろうとしています。

 神奈川県は5年ぐらい前から「ヘルスケア・ニューフロンティア」という取り組みを行っています。個人の健康行動を後押しする仕組みづくりの推進や、最先端医療・最新技術の実用化を促進し、超高齢社会を乗り越えるためのイノベーションの創出を目指します。

まずヘルスケア領域で情報プラットフォームを

 そのためにもヘルスケア領域で情報プラットフォームを作ることが必要です。情報プラットフォームにはコストモデルとバリューモデルがあります。コストモデルというのは、地域医療や介護の情報を連結させるとか、医療や介護のサプライサイドの効率化や質の向上にはつながるものですが、お金を生むわけではありません。

 一方で、ヘルスケア情報を金銭的価値にしようという動きは、近年盛り上がってきています。たとえば医療機関が持っているデータを匿名化して、研究や産業のために販売するということです。また、個人の健康情報が金銭的価値を持つようになってきています。したがってバリューモデルとして、ヘルスケア情報をどうやって金銭的価値に置き換えて情報プラットフォームを作っていくかを検討しています。

 このようなヘルスケア情報の取り扱いに関しては相当ナーバスな議論があります。しかし、県の財政や国からの補助金には限りがあるので、ずっとコストモデルだけでやっていくわけにはいきません。一方、バリューモデルだけなら民間でやればいい話です。

 バリューモデルとコストモデルをつないで、利益を得ながらそれをサービス提供の方に回していく。そして全体のサービス提供を最適化する。そのような情報基盤をどのように作るのか、ということが価値創造アプローチのスタートとなります。

――そのような新しい取り組みをするとなると、人材育成も大事なのではないでしょうか。

 そのとおりです。共生社会推進課による社会的課題解決、未来創生課による価値創造、ICT・データ戦略課とCDOによるデータ基盤。その全体のベースを底上げできるのは、やはり人材です。

 これからやっていくことを、一時的なトレンドで終わらせるわけにはいきません。それをサステイナブルな形にもっていくためには、次の時代を託する人を神奈川県から生み出していく、あるいは神奈川県に集まってきてもらうというスキームができなければなりません。

トライアルする実証フィールドまでを用意

 ヘルスケアの領域でいうと今年4月、神奈川県立保健福祉大学の大学院に「ヘルスイノベーションスクール」(ヘルスイノベーション研究科)というのを作りました。ヘルスケア領域におけるイノベーターを養成するという目的です。このようなことをヘルスケア領域に限らず全領域において、どうやって作っていくか、というのが次の課題です。

 人々が大事だと思う価値はこれから大きく転換していきます。イノベーション人材は、大転換していく価値に対して、自分なりのセンサーや個性を持っていることが必要です。さらにそれを社会システム化したりテクノロジー化したりするスキルも重要です。ヘルスイノベーションスクールでは、それを養うのに必要なチャンスを提供したいと考えています。

 通常、大学は教育と研究の機能を持っています。ヘルスイノベーションスクールはそれに加えて、政策を提言するシンクタンク機能、それを実践するドゥタンク機能も最初から組み込んでいます。神奈川県を実証フィールドとしてトライアルをやってほしい、ということです。

 価値に対するセンスとスキルを磨き、トライアルアンドエラーを繰り返しながら成長していってもらいます。ただし、トライアルが実証される自治体にとっては失敗されると困ります。したがって、失敗する部分があるかもしれませんが、県政としては全体としてきちんとやるようにします。行政は成功するものしかやってはいけない、という考え方はありますが、イノベーションに対しては失敗を認容されることも必要なので、政策をパッケージ化して提供するというのが、われわれの役目でもあります。

 新たな都市設計を目指す国家戦略特区「スーパーシティ構想」も神奈川県は狙っていますが、これも大きな実証フィールドの一つです。神奈川県全体を特区にするという形で新しい社会モデルを作りにいきます。

 情報価値化社会の先には、思いやりとか共生・共感のような価値を、社会システムとして最大化、最適化していくという作業がどうしても必要です。そのような新しい共生価値化社会のようなものをどうやって作っていくのかというところが、今後の大きな課題だと考えています。

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