(姫田 小夏:ジャーナリスト)

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 日本の高精度な地図情報が中国に漏れている。今年(2019年)8月、警視庁公安部は、NTT空間情報(東京都台東区)から購入した都内4区の3D地図データを中国で転売したとして、埼玉県在住の中国出身の男(元中国籍だが日本国籍を取得)を詐欺容疑で書類送検した。

 NTT空間情報は日本法人を対象にした販売しか行っていなかった。同社はサービス契約約款で「サービス提供地域は日本国内」とし、第三者への譲渡を禁止していたが、この男は「自分の会社でマーケティングに利用する」と言ってNTT空間情報を騙し、東京都千代田区中央区、港区の全域と新宿区の一部の3D地図データを200万円で購入し、中国で転売したという。元同僚とされる中国人から話を持ちかけられ、金稼ぎのためにやった模様だ。

 男が購入したのは、航空写真に高度データを加えた、かなり精緻な3D地図データ。同社広報によると、3D地図データの利用法として「都市景観、日照、災害対策、太陽光パネル設置、航空機やドローンの運行、携帯電話の電波伝搬などのシミュレーションに使われた事例がある」。ただし、転売された地図データの中国での利用方法は今のところ不明だ。

 3D地図データが中国に転売されたことで、どんな“最悪のシナリオ”が起こり得るのか。危機管理に詳しい大学教授に尋ねてみた。

 ワーストケースの1つとして挙げてくれたのは、「都心部に、ドローンを使って爆発物や危険物を落とされること」である。とくに中国に流出した地図データには千代田区や港区が含まれている。同エリアの政府機関や主要企業をドローンで攻撃されたら日本の政治・経済が麻痺状態に陥りかねない。

 カーナビ程度の地形図ならば、もはや機密ではない。だが、「建物の詳細な情報、高度データや個人情報を含む地図情報は、国家の機密情報と言っても過言ではない」(同)。

タクシーから収集できる貴重なデータ

 中国最大の配車アプリサービス会社「滴滴出行」(以下「滴滴」)は、昨夏、ソフトバンクと合弁会社「DiDiモビリティジャパン」(東京都千代田区)を設立し、日本における配車アプリサービスを開始した。同社は今年からサービスを本格化させ、提携するタクシー会社も90社以上に増えた(2019年6月末時点)。

 滴滴は日本市場への参入動機を「中国人観光客の利便性の提供」だとしている。しかし、配車アプリ動向に詳しい業界関係者は、「将来の自動運転を視野に入れた地図情報集めもあるのではないか」とみる。訪日観光客を対象にした配車アプリ事業は、そのとっかかりに過ぎないのではないか、との推測だ。

 仮に、滴滴の最終目的が自動運転への参入だとするならば、成功のカギを握るのは、高精度な地図データの作成だ。滴滴出行は、2016年に傘下の地図作成部門を分社化し、「滴図(北京)科技有限公司」(以下、滴図科技)という会社を設立している。中国メディアの報道によれば、滴図科技は乗客や運転手のアプリやドライブレコーダーを経由してデータ収集を行い、信号情報や交通規制などの情報を収集。高精度の地図データ作成に邁進しているという。

中国で外資企業は地図データを収集できない

 中国では「地図情報は機密情報」とされ、政府が「地図管理条例」のもと厳重に管理している。民間企業が自由に地図を作成、出版したり、ネット上に公開することはできない。滴図科技も当局の許可を受けて初めて地図作成業務に着手できた。

 中国政府は 自動運転を見越した高精度な地図データ作成についても、外国企業の参入を排除しながら国内企業の集中育成に取り組んでおり、すでに19社が参入している。いずれも中国の製図資格管理規定に則ってA級ライセンスを取得した企業だ。審査では、外国資本とのつながりも厳しくチェックされる。外資企業が地図データの収集を行うことは固く禁じられているのだ。

 一方、日本では地図データの収集はどんな会社でも自由に行える。タクシーに搭載したドライブレコーダーからデータを吸い上げて加工しても咎められることはない。もちろん滴滴も自由にデータを収集できるというわけだ。

地図データ管理の強化が課題に

 世界各国の地図管理の状況について、日本デジタル道路地図協会に尋ねると、次のような回答が返ってきた。

「高精度な地図は機密性を帯びるため、一部の国では一般的に日本以上に地図を厳密に管理しています。日本企業が外国企業から地図生産を委託されても、そのデータを日本に持ち込めないケースもあります」

 先進国の地図管理は国土地理院の「諸外国における地図情報等の提供の在り方に関する調査」に詳しいが、これによると、英仏独では民間業者が提供する大縮尺デジタル地図は限定的だという。特にフランスでは重要施設の詳細表現を避け、プライバシーを遵守し画像と住所をリンクさせないようしているという。ドイツも州によって40センチを超える地上解像度の画像はプライバシーを侵害するとしている。

 また、各国とも個人情報保護に関する法令遵守には特に留意しているが、日本では「個人情報保護等の関係法規を遵守する以外に特段の規制はない」(同調査)。

 日本では2007年に地理空間情報活用推進基本法が成立しているが、ここには、「地理空間情報の流通の拡大に伴い、個人の権利利益、国の安全等が害されないように配慮されなければならない」とある。経済産業省安全保障貿易検査官室も「地図データの国外持ち出しも、場合によっては外為法のキャッチオール規制に該当する場合がある」と警鐘を鳴らしている。

 日本の高精度な地図が外国に出回っている現状を踏まえると、ビジネスの現場における地図データ管理の強化がこれからの課題となるだろう。

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