今年で旗揚げ20周年を迎えた劇団桟敷童子の新作『堕落ビト』が、8月23日、東京・サンモールスタジオにて開幕する。制作業務を含めた舞台作り全般を劇団員総出で行う桟敷童子の作品は、郷愁とミステリアスな匂いが混在した吸引力あるストーリー、俳優たちが放つ実直なエネルギーなどが熱く支持され、多くのファンを獲得してきた。その魅力の最たるものが舞台美術である。近年の上演拠点は、すみだパークスタジオ倉。活気あふれる劇団員に促されて一歩中に入れば、早くも劇空間に埋もれるがごとく、手作りの大掛かりなセットに圧倒されることになる。今回はその“倉”を離れて、小劇場サンモールスタジオに初登場。さらにこれまで迎えてきた客演を入れず、劇団員のみで立ち上げる舞台と聞いて、20年を振り返る特別な思いが込められていると推察。その胸の内を、劇団代表で作・演出・美術を手がける東憲司に聞いた。

「20年ももつとは思わなかったんですけどね(笑)。仲間9人で旗揚げしたんですけど、その時のメンバーで今残っているのは5人だけ。ちょうど3年前くらいに、長く在籍していた中堅の劇団員がバタバタとやめてしまって……。ここ何年かの傾向として、僕は負のエネルギーに支配されているところがあるんですよ。だから暗い話しか思いつかなくて」

それでタイトルが『堕落ビト』。「まず題名が暗い。話の内容も暗いんです」と、言葉はどんどん雲行きアヤしくトーンダウンしていきながらも、ご本人は終始、柔和な笑顔だ。そして20周年の喜びはどこへやら、「これからどうなるんだ!?って思うんです。劇団を続けている人は、本当にすごいなあ〜」と率直な不安を繰り返す。劇作に対してとことん誠実で、控えめで、心配性!?な人柄を前に、頬が緩んだ。でも、騙されちゃいけない。この慎ましい人が生み出すドラマチックな物語に、何度胸をエグられてきたことか。

「今回の物語は、あまり有名ではないですが本当に起こった事件を下敷きにしているんです。昔、九州大学の学生が起こした“死の堕胎事件”といって……。僕がそれを知ったのは20年も前のことなんですが、なぜかずっと心に残っていて」

舞台は、戦後間もない日本。“落ちこぼれ倶楽部”と称して集う3人の大学院生が引き起こした悲劇、そこから新たに大きくうねり出す人間模様が描かれる。

「どうして良識のある、エリートと呼ばれる人たちが、こんな愚かなことをやったのか。その事件に対して僕がずっと謎に思っていたことから、このお話が生まれました。大悪党は出てこないけど、小悪な人ばかりが出てくる物語ですね。20周年の今年は新作を3本、春と冬は“倉”でやるので、真ん中の夏公演は少し劇団の原点に戻ると言いますか、アングラっぽいのをやってみようかなと。本当に暗い話ですけど、それでも最後は、このお話なりの希望を見せたいと思っています」

その“希望”を視覚化する強力なブレーンが、劇団公演で初めて美術スタッフとして迎え入れる舞台美術家の竹邊奈津子だ。東が昨夏の外部公演『死と乙女』(サンモールスタジオにて上演)で演出を任された際に、美術を担当したのが竹邊だった。

「僕も一緒にやるんですが、僕はだいたい物量主義で、どんどんやっちゃえ!ってタイプなんですけど(笑)、彼女は僕と違って、非常に繊細なセンスを持っている方です。竹邊さんと相談して、アッと驚くような、希望の装置を作りたいと思っていますね。非常に楽しみです」

よかった。劇場は変わっても、桟敷童子の真骨頂であるクライマックスの、“観客をアッと言わせる大仕掛け”は今回も期待できそうだ。演劇の醍醐味を存分に味わわせてくれる桟敷童子の世界は、20年を経て、またその先へと続いていく。そんな希望を勝手に感じていたところ、また東が頭を抱えてつぶやき始めた。

「ああ〜、これからどうなるんだろう、いつまで続けられるんだろう!? って本当に思いますね。“これがいい”と思ってやっていることが、“これでいいや”になったらどうしよう……と思うんです」

そこに危機感を持つからこそ、彼の世界観を信じられる。この夏は、桟敷童子の原点を確かめに、地下の小劇場へ降りていこう。

取材・文:上野紀子

東憲司