(北村 淳:軍事社会学者)

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 ハリウッド同様にアメリカ海軍当局も中国共産党の前に膝を屈したのかと米海軍などの対中強硬派は憤りを募らせている。

中国共産党に“忖度”して製作?

 1986年トム・クルーズ米海軍の艦上戦闘機パイロットを演じて大ヒットしたハリウッド映画「トップガン」の続編「トップガン マーヴェリック」が現在製作中だ。日本での公開は来年(2020年)夏の予定である。

 1作目の「トップガン」がヒットした直後には、米海軍航空隊への志願者が前年比5倍に達し、米海軍そのものへの志願者も大幅に増加したといわれている。そのため「トップガン マーヴェリック」がヒットすれば、再び米海軍への志願者が増加するのでは? という期待がないわけではない。

 ただし、7月にパラマウント・ピクチャーズが予告編を公開すると、「米海軍パイロットの活躍を描く映画なのに、中国共産党に“忖度”しながら製作するとは何事か」という声が、一般の映画ファンの間からだけでなく、米海軍関係者、とくに対中強硬派の中から沸き上がった。

 というのは、主人公マーヴェリック(パイロットのコールサイン)が地上で着用している革ジャンの背中に貼られている大きなワッペンに、中国当局に気兼ねしたとしか思えないような変更が加えられているからだ。

歪曲された革ジャンのワッペン

 このワッペンは、米海軍巡洋艦「ガルベストン」が1963~64年にかけて日本・台湾・沖縄で作戦した際のものだ。第1作では現物どおりに星条旗日章旗、青天白日満地紅旗(台湾の国旗)と国連旗でデザインされていた。だが、「トップガン マーヴェリック」の予告編に登場した革ジャンの背中には日章旗と青天白日満地紅旗が除去された異様なワッペンが映し出されていたのだ。

 米海軍などの対中強硬派の人々は、このような歪曲は容認することはできないと怒っている。

 とはいうものの、パラマウント社を含むハリウッドの興行収益や投資が大いに中国に依存している現状を考えると、共産党独裁国家である中国国内で上映される「トップガン マーヴェリック」に関しては中国共産党による検閲を通さなければならない。そうである以上、日章旗はともかく青天白日満地紅旗をパラマウントの制作陣が除去するのはやむを得ないと対中強硬派の人々も半ば諦めている。しかし、アメリカで公開されるバージョンに関してはこのような中国共産党に対する屈服的な態度は許されるべきではない、と主張している。

 そこで、対中強硬派の米海軍関係者たちは、米海軍当局に対して「米海軍の協力なしでは『トップガン マーヴェリック』の撮影はできないのだから、少なくともアメリカ国内で公開されるバージョンに関しては中国側に阿(おもね)ったような描写は避けるべきである。海軍と映画関連会社はそのことに同意して協定を締結せよ」と申し入れた。

 しかしながら、これまでのところ海軍当局がパラマウント社やハリウッドに対してそのような動きを見せた形跡はない。そのため、対中強硬派の人々は、ハリウッドに対してよりも“中国に対して腰が引けている”米海軍当局に対して失望と怒りを露わにしている。

中国が敵として設定されていない

 ワッペン以外にも「トップガン マーヴェリック」の問題点として取り沙汰されているのが、中国が敵に設定されていない点である。第1作では、マーヴェリックたちが空中戦を交える敵は、当時のアメリカの主たる仮想敵であったソ連軍機であったのは誰の目から見ても明らかだった。

 現在、ホワイトハウスペンタゴンが公開しているアメリカの国防戦略では、明確に中国を主敵としている。万が一にも米海軍が近い将来に戦闘を交えることになる場合、相手は間違いなく中国軍である。それにもかかわらず、第2作目の敵が中国でないのだ。

 この点に関しては、対中強硬派にとっては複雑な事情が存在する。現実に目を背けた内容だとの批判もないわけではないが、中国軍の現状を深く知っている対中強硬派にとっては、米海軍空母戦闘機を主人公にする映画では中国を敵に設定しないほうが「むしろ現実的」と言えるのだ。

 なぜならば、空母を中国近海に投入することは、もはや危険きわまる状況に陥っていると判断せざるを得ないからである。

対艦弾道ミサイルに狙われる空母

 本コラムでも時折取り上げているように、積極防衛戦略と呼ばれている中国の対米軍事戦略は、アメリカなどでは「接近阻止領域拒否(A2/AD)」戦略とも呼ばれており、アメリカ海軍戦力を中国沿海域に接近させないことを主眼としている。

 そのために中国軍が力を注いできたのが、中国本土の地上移動式発射装置、中国本土上空や沿海域上空の航空機、それに沿海域の軍艦から発射して、南シナ海、東シナ海そして西太平洋を中国に向け接近を企てるアメリカ海軍戦力を撃破する各種長射程ミサイル戦力である。

 とりわけ、アメリカ海軍が主力侵攻戦力としている空母打撃群を撃破するためのミサイルには、心血を注いで開発整備を進めてきた。その結果誕生したのが対艦弾道ミサイルである。対艦弾道ミサイル米海軍が予想しているとおりの威力を実際に発揮した場合、米海軍航空母艦が東シナ海や南シナ海に進攻することはもはや危険きわまりないことになってしまう。

 対艦弾道ミサイルなど中国特有の“虚仮威し(こけおどし)”にすぎない、といった楽観論も存在する。しかしながら、かつて日本と戦火を交える前に日本のゼロ戦の威力を見くびっていたマッカーサーは、フィリピンで米軍史上最大の敗北を喫してしまった。そうした歴史の経験を尊重するならば、決して中国の対艦弾道ミサイルを過小評価してはならないことになる。

 このように米海軍の対中強硬派にとって、「トップガン マーヴェリック」の今後の成り行きからは目が離せない状況が続きそうである。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  中国に忖度?ヘタレ「トップガン」に米国で怒りの声

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「トップガン」第1作当時、米海軍戦闘機兵器学校があったミラマー海兵隊航空基地(筆者撮影)