(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

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 文在寅大統領が、日本の輸出管理の運用後にとった対応、および光復節の際に行った演説は、文大統領の「やぶ医者」ぶりを露呈した。心臓病の患者に癌の治療を行っているようなものであり、誤った診断の結果、誤った治療を行い、病気をさらに悪化させているようなものだ。

 それは、輸出管理の運用問題にきちっと対応していないこと、経済政策でその根本的原因を取り除くことなく、日本に責任転嫁しようとしていること、北朝鮮との経済連携で国民に夢を与え、失政の原因を隠していることなどである。

韓国は北朝鮮への制裁を遵守しているのか

 日本のとった輸出管理の運用の変更、すなわち、フッ化水素など3品目を包括許可から個別審査に切り替える措置、韓国を「ホワイト国」からの除外する措置は、韓国が主張するように「元徴用工」問題への報復ではない。日本から韓国に輸出された、軍事に転用可能な物資が、不適正に管理されていること、韓国からさらに第三国に転売されていたことが判明し、安全保障上の懸念を取り除くために必要な措置をとっただけである。したがってこれは禁輸ではなく、適正な取り扱いがなされていれば輸出は許可される。日本の輸出管理の専門家は、韓国経済への影響はさほど大きくないとしている。

 しかし、韓国から転売された国は北朝鮮と深いかかわりのある国が多く、韓国の言うように日本が濡れ衣を着せたとは一概に言い切れない。加えて、韓国の瀬取り取り締まりへの協力は十分ではない。それ以上に、平昌オリンピックの際の万景峰号を韓国の港に入港させたこと、文在寅大統領の平壌訪問の際、通常は2機だけの飛行機を4機も北朝鮮に派遣したこと、昨年ミカン400トンを軍用機で4回に分けて北朝鮮に贈ったことなど、北朝鮮制裁に対する韓国政府の協力態勢に疑念が向けられており、疑い出したらきりがない状態だ。こうした中、第三国への転売疑惑が持たれている取引について、韓国が適切な対応を取らない限り、疑わしい取引を行った企業等について、日本の審査は厳しくなるのではないか。

 韓国が、日本からの輸入を円滑に行おうとするならば、日本の輸出管理に対応し、まずは自ら疑念を晴らすことが肝要だろう。ところが韓国は、日本の輸出管理の変更が「元徴用工」問題への報復だと決めつけ、WTO一般理事会その他国際会議の場で日本批判を繰り返す、日本の措置への報復として韓国が日本に輸出する品目の運用を見直す、大統領府が国民を扇動して日本製品不買運動や日本旅行自粛運動を繰り広げる、といった対応をとってきた。

 韓国では日本への強硬対応をとる文在寅大統領への支持率が若干上向いたが、それ以上に韓国国民の反日感情助長、日本との反目の拡大など、事態をいっそう悪化させているのが現実である。これではまるで心臓病患者にさらなるショックを与えるようなものである。

韓国の対日姿勢は変わったのか?

 それに気づいてか、光復節の演説の前後から文大統領の日本に対する発言はトーンダウンしてきているが、本質的な問題に対する対応は何も取っていない。

 まず、輸出管理の問題については、韓国から第三国に転売されているケースについてどの企業が関与し、最終的な目的地はどこで、それが何に使われていたか、韓国が独自に調査し、日本に報告し、それに基づいて必要な協議を行うことが不可欠である。だが、それを抜きにして、今後もWTOで日本の措置を非難するようなことを続ければ、日本の疑いは深まり、より厳格な審査が必要となるのではないか。

 また、光復節の演説で、対話と協力の用意があると発言しているが、日本が問題としている「元徴用工」への対応には何ら変化は見られなかった。この「元徴用工」訴訟に絡む対応は、韓国が日本とが結んだ請求権協定に違反し、日韓関係の根本を覆す問題である。韓国が国際法に則った対応を取らなければ、日本との信頼関係を取り戻すことは絶対に出来ない。したがって今後、韓国が経済的に困窮した場合に日本に協力を求めてきても、日本は応じることはないであろう。

 日本との関係を、文政権は大きく毀損させてしまった。その根本原因に立ち戻らなくて関係回復はないであろう。それなのに、文政権は、日韓関係悪化の原因を全く理解せず、相変わらず自らの要求に固執する姿勢、国民の国民感情を鼓舞して日本を圧迫する姿勢を改めていない。これでは心臓病は悪くなるばっかりである。

韓国経済の悪化は日本のせいではない

 このままでは韓国経済は今後いっそう悪化することは必定である。そしておそらく、文政権はそれを日本の輸出管理厳格化のせいにするであろう。しかし、韓国経済は既に相当悪くなっているし、その原因は文政権が進める「所得主導成長政策」と米中貿易戦争に伴う中国経済の減速にある。その原因を緩和する措置なくして、経済を救う道はないのだ。

 韓国経済は、今年の1-3月期で対前年比0.4%のマイナスとなった。4-6月期でも回復力は鈍いようである。これまで文政権は低所得層の浮揚のため、17、18年に合わせて29%最低賃金を引き上げてきた。しかし、最低賃金引き上げ前に、政策金利の引き下げなど、雇用を確保する政策を行わず、いきなり賃金だけを引き上げたことで韓国企業への負担が耐えがたいものとなり、失業の増加、企業の投資の減少を招いてしまっているのだ。特に青年層の体感失業率は23.8%にまで上昇しており深刻化している。そのため、やむを得ず2020年の最低賃金の引き上げを2.9%に留めた。いずれにしても、低所得者に優しい政策を進めたにもかかわらず、文政権誕生後に生活が苦しくなったという国民は6割弱に達している。

 これを踏まえ、政権の非をこれまで一切認めていなかった文在寅大統領が、20年までに最低賃金を1万ウォンにするという公約を実現できなくなったとして、初めて国民に謝罪した。

 韓国は輸出依存度の高い経済である。その韓国で8月1-10日の輸出は対前年度比22%減少した。特に中国向けは28%減である。国別輸出に占める中国の割合は25%である。また、韓国の輸出総額の21%が半導体であり、半導体の輸出減少幅は34.2%である。

 韓国の通貨ウォンは16日現在1ドル=1208.49ウォンである。1200ウォンを割り込むと韓国売りが激化するといわれている。朴槿恵時代の2016年2月には一時は1224ウォン程度まで下がったことがあった。文在寅時代になり若干持ち直していたのだが、ここにきて再びウォン安が危険水準に入ってきた。

 韓国経済を立ち直らせるためには、所得主導成長政策を改め、韓国に投資をもたらす政策を進める必要があるが、最低賃金引上げ、労働時間を週52時間に制限する政策を根本的に改める考えは未だ表明されていない。むしろ、働き方改革を検討する過程で支持母体である、民主労総の反発を招いたことは、今後文政権の足かせとなっていこう。これを断ち切ることなしには、経済の再生はないのである。

 中国への依存度を引き下げ、輸出の減少を補うためには日本その他の国との貿易増大が不可欠だし、半導体への過度な依存も避けなければならない。しかし、韓国政府はこれまで日本の輸出管理の運用変更によって韓国経済に大きな打撃を与えているとして、日本非難を繰り広げてきた。そればかりでなく、不買運動や日本への渡航自粛で、日韓の経済関係を縮小させる方向に誘導している。

 一方の日本では韓流が再びブームになっているので、本来なら韓国にとって、日本への輸出を伸ばす好機であるはずだ。しかし、今韓国政府は国民感情をあおり、自ら反日の先頭に立っている。これを見た日本人は、ますます韓国とは関わりたくないと思うようになっている。さらに今後、韓国のウォン安が進み、通貨スワップが求められるような事態になっても、現在の日本はとても韓国に協力する雰囲気にはない。

 韓国政府は経済が落ち込んだ足元の原因を無視し、責任を日本に転嫁することで、経済悪化にいっそう拍車をかけている。全く関係のない処置をとり、しかも本来の原因を助長することで危機に陥ろうとしている。「やぶ医者」と言わず何と言おうか。

北朝鮮は「韓国が嫌い」

 事ここに至っても、文在寅大統領の頭の中は、北朝鮮でいっぱいだ。

 文大統領は光復節の演説の時間の大半を南北関係に割き、「南北の経済協力で平和経済を築き、日本を追い越そう」と訴え、国民の目を経済困窮の現実から逸らす動きを見せた。ちなみに「平和経済」とは、故盧武鉉大統領時代に生まれた構想で、朝鮮半島に3つの経済ベルトを作り経済の発展を目指すというものだ。

 文在寅大統領は演説の中で、「経済関係を強化するとともに、2032年ソウル-平壌共同五輪を成功裏に開催して、遅くとも2045年の光復100周年には平和統一で一つになったワンコリアへ世界の中でそびえ立てるよう、その基盤をしっかりと整えていくことを約束します」と述べた。

 これに対する北朝鮮側の回答は、6回目の飛翔体の発射と文大統領に対する罵声という形で返ってきた。文大統領に向けられたのは「実に稀に見る恥知らず」「われわれは韓国当局者とこれ以上話すことはなく、二度と向き合う考えもない」という辛辣な言葉だった。

 これまで、文在寅大統領北朝鮮からいかに罵声を浴びせられても、にこやかに対話と協力を呼び掛けてきた。今回もまた同じように微笑みながら対話と協力を呼びかけ続けるのだとしたら、何という「鈍感力」であろう。

 私は、北朝鮮がこれほどまでに韓国に冷たいのは、基本的に韓国が大嫌いだからと思っている。北朝鮮の人々は飢えで苦しんでいるというのに、韓国の人々は贅沢な暮らしをしている。北朝鮮の人々は、韓国の人々をうらやみ、それが北朝鮮の政情不安を起こしかねない危険性を内包している。韓国は北朝鮮に人道支援するというが、これも、貧しい者に恵みを施すような上から目線の発言と受け止められている。

 反面、北朝鮮は核とミサイルを持っている。韓国を一気に潰すこともできる。韓国が本気で北朝鮮と協力するというのなら、北朝鮮に対する制裁に加担しないで、北朝鮮と経済貿易関係を進めるべきである。言葉で調子のいいことを言っても信じられない――。日本が韓国の言行不一致を批判していると同じように北朝鮮も韓国の言行不一致に怒っているのである。

そろそろ「名医」を探すべき

 これまで北朝鮮が南北首脳会談に応じてきたのは、米国との関係を取り持ってもらいたかったからである。だが、トランプ大統領と直接親書の交換をするようになった今、韓国の仲介など必要なくなっている。北朝鮮が韓国の求めに応じるのは米国との関係が再び難しくなった時であるが、米国の信用を失った文大統領では再び仲介することは出来ないであろう。

 文大統領北朝鮮との関係においても、北朝鮮側の意図を読み誤っている。韓国と今の状況において経済関係を進める意図のない国に対し、しきりに秋波を送ってもばかにされるだけである。それでは国民に夢を与えるどころか、自分自身の無能力ぶりを印象づかせるだけである。

 そもそも、南北統一といっても韓国と北朝鮮とでは一人当たりGDPで20倍の開きがある。2倍の格差であった東西ドイツでさえ統一には多くの困難が横たわっていたのだが、朝鮮半島はその10倍の格差である。韓国国民の犠牲なくしては達成できない。果たしてそれを許す雰囲気が現在の韓国にあるのだろうか。

 非現実的なことをいい、問題の本質から目をそらさせる。「大丈夫、治ります」と言って治療を怠る。これが現在の文政権である。

 まさに文在寅大統領は韓国にとって災厄である。そろそろ、韓国の国民も本当に治療のできる名医を探すべき時に来ているのではないか。

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