1935(昭和10)年創刊の月刊誌『栄養と料理』(女子栄養大学出版部刊)の2号目から付録についたのが1枚の小さなカード「栄養と料理カード」。健康に留意したおいしい料理が誰でも作れるように、材料の分量や料理の手順、火加減、加熱時間、コツなど納得のいくまで試作を重ね、1枚のカードの表裏に表現。約10×13cmの使いやすい大きさ、集めて整理しやすい形にして発表した。
この「栄養と料理カード」で紹介された料理を題材に、『栄養と料理』に約30年にわたり携わってきた元編集長が、時代の変遷をたどっていく。
なお、『栄養と料理』は現在も刊行している(http://www.eiyo21.com)。
鶏肉と玉ネギ、ニンジン、ピーマンなどをご飯といっしょに炒めてトマトケチャップで味つけしたチキンライスが、とろ~り半熟状のオムレツから顔を出す。「オムライス」は日本で生まれた洋食のひとつ。料理名は「オムレツ(omelet)」と「ライス(rice)」を合わせた和製英語に由来する。
オムライス専門店があるほど、大人も子どもも大好きなご飯料理のひとつといえる。手軽な食材で彩りは豊か、幸せに満ちたイメージがある。
とろ~り半熟状の薄焼き卵でチキンライスを包むタイプ、チキンライスにふわふわの炒り卵をかけるタイプ、チキンライスにオムレツをのせ、食べるときにオムレツを切り開いて食べるタイプ。ソースもトマトソース、ドミグラスソース、ホワイトソース、ビーフシチューなど複数ある。ご飯もチキンライス、ハムライスほかさまざま。
応用も自在だ。外食のは1人分で卵2個は使うだろう。卵液に生クリームや油を加えるなど、それぞれに工夫があり、ふわふわとろとろ感も充実させている。
江原絢子(えはら・あやこ)・東四柳祥子(ひがしよつやなぎ・しょうこ)の共編書『日本の食文化史年表』によると、一般的な半熟状の薄焼き卵で包むタイプのオムライスは、1925(大正14)年、大阪の「パンヤの食堂」で創案されたものが始まりとされる。「パンヤの食堂」は、現在の「北極星」の前身だ。
筆者宅では、チャーハンと同様、冷やご飯があるときにオムライスをよく作る。玉ネギ、ピーマン、鶏肉(ハム)などの角切りを油で炒めて、別に電子レンジで温めておいたご飯を加えて炒め、トマトケチャップで味つけをする。卵1人分1~2個で薄焼き卵を作り、その中に赤いご飯を包む。その上にトマトケチャップで好みの言葉や形を書いたりするのも楽しみだ。ご飯の量にもよるが、1人分で卵2個を使えばとろとろふわ~りの卵焼きができる。
筆者も含め、オムライスはある年代以上の人には郷愁を抱かせる料理のようだ。筆者の学生時代の先輩で70歳になる男性は、ファミリーレストランに行くと必ずオムライスを注文する。それはチキンライスにたっぷりのとろとろ炒り卵がかかり、その上からさらにドミグラスソースがたっぷりかかったもの。いかにも幸せそうにオムライスをほおばる姿が好ましい。いつか、そのエピソードを聞いてみようと思う。
中は塩味の白い洋風炊き込みご飯――昭和31年
この時代のカードは1色刷なので色が分からないが、中のご飯はトマト味ではなく、塩味のハムライスとなっている。洋風炊き込みご飯を「バランシェンヌ・ライス」と明記している。
この炊き込みご飯を作るところから始まる。具は、玉ネギ、ニンジン、グリーンピース、ハム。それぞれみじん切り、色紙切り、湯通しをし、5mmあるいは7mm角に切る。厚手なべに油を熱して玉ネギとニンジン、洗って乾かしておいた米を炒め、ブイヨン(水+味の素の代用も可)を注いで、煮立ったら弱めの中火で炊く。ハムとグリーンピースを加えて手早く混ぜて火を消して蒸らす。1人分のご飯は140g見当。応用材料には生ザケ、マス、ヒラメ、貝類などの魚介類があるのに少々驚くが、野菜類ではシイタケや竹の子を挙げている。
卵は1人分1個見当。割りほぐして油、塩、こしょうで調味する。卵液に油を加えるのは、油にはライスを包みやすく、つやよく仕上げる役割があるからと説明がある。1人分ずつ作るほうがおいしいともしている。
鉄製フライパンが主流の時代、フライパンの油ならしも必要だ。油大匙(さじ)1を入れて煙が立ったら油を空ける。溶き卵を一度に入れ、全体に流して火にかけ、真ん中が半熟状になったら中央にハムライスをのせ、フライパンを傾け、箸で卵の手前と向こう側をかぶせて下にずらす。フライパンの柄を右手で握って皿の中央にあけ、ふきんをかぶせてオムレット形に整える。
以上の言葉を目で追っていても、作ったことのない人には理解できないだろう。親切にも、同号ではこれら一連のフライパン作業を口絵ページに写真入りで順を追って解説しているのだ。そのページも見てみよう。
口絵でカードと連動した材料と調理の写真を掲載
白黒の写真なので分かりにくいが、フライパンの扱い方と卵液とご飯の包み方、オムライスの形の作り方をていねいに解説している。
溶いた卵液はフライパンに一気に流し、真ん中が半熟状のときにご飯をのせ、フライパンを傾けて箸で手前の卵液をご飯にかぶせ、右手を持ち替えてフライパンを写真のように握り、その流れでフライパンを自然に返すように、皿に滑らすようにして開ける。ふきんで紡錘形に形を整えているが、油なれしたフライパンで作ればスムーズに卵液が移動できるので失敗は少ない。筆者の経験では、“迷わず思い切りよく作る”ことがコツ。まごまごしていると卵液が固まってきて形の自由がきかなくなる。
トマトソースは市販のものを指すのだろうか。家庭ではあまり一般的ではなかったと思われる。カードのほうでは、それを煮つめてスープを加えて煮て、バターと小麦粉を練り混ぜたブールマニエを泡立て器で溶いたソースを紹介している。
炒り卵がのったチキンライス――昭和32年
トマトケチャップ味の赤い「チキンライス」のカードも見てみよう。なべで米を炒めてから炊く方法と、冷やご飯を利用してフライパンで炒める方法の両方を紹介している。
炒め油はご飯総重量に対して2.5%。塩は0.6%。カードの絵のようにライス型に入れて皿にあけ、上にバターで炒めて作った炒り卵をのせる。6人分で卵2個だから彩り程度の分量だ。
筆者が子どものころ、台所には持ち手つきの菊型とメロン型のご飯の抜き型があった。アルマイト製だったのか金色をしていた。チャーハンもこの型に詰めて皿に抜いてくれた。懐かしい思い出がある。
長年、物価の優等生である「卵」を1日1個食べるのは今日では不思議ではない。だが、昭和30年代は、卵は良質タンパク質で滋養があると病人のお見舞い品に選ばれるものだった。90歳の母は、当時、地方の親戚の家では卵1個を兄弟4人で分け合って食べているのを見て驚いたと語る。
この炒り卵の量が1人分1~2個とたっぷりあれば、いま流行っているとろとろふわ~りの炒り卵がかかったオムライスになる。
ケチャップ味の炊き込みご飯を薄焼き卵で包む――昭和46年
なべで炊き込んだチキンライスと、それを薄焼き卵で包んだオムライスの2品を紹介している。
昭和31年4月号と異なるのは、ハムが鶏肉に変わったところと、味つけがトマトケチャップであるところ、そしてオムライスにはホワイトソースをかけているところ。
青味には、ここでも缶詰めのグリーンピースを使っている。最近はあまり使わなくなった素材のひとつだろう。筆者の記憶では缶詰め特有の臭みがあって、子ども心にもあまり好きではなかった。その後は冷凍食品も出回るようになった。
チキンピラフは具入りソースがけ、チキンライスは炒り卵のせ――昭和47年
チキンピラフは、具は玉ネギだけのシンプルなもの。いまではあまり見かけない料理で、ピラフに鶏肉や野菜の入った即席ドミグラスソースをかけている。
チキンライスは材料も作り方も、さらに盛りつけの形まで昭和32年9月号とよく似ている。型で抜いて器に盛り、炒り卵をのせている。ここでは1人分の卵は2分の1個程度。
チキンピラフとチキンライス。2つの言葉からは同じような料理を思わせるが、見た目も味もまったく異なっているのが興味深い。前者は、現在だったら「ピラフの即席鶏肉入りドミグラスソースがけ」と命名したいところ。ここでは牛肉ではなく鶏肉だが、ハヤシライスによく似ている。
平成期にはフライパンも進歩し、初心者にも簡便に
時代は下って、平成期の本誌で基本料理として紹介したオムライスは、フッ素樹脂加工のフライパンを使い、溶き卵には塩、こしょうのみで油は加えていない。油を広げて溶き卵を流し入れて全体に薄く広げて焼き、半熟状になったらラップの上に広げ、チキンライスをのせて両手で形を整え、合わせ目が下になるように器に盛る。初心者でも失敗が少ない作り方を紹介している。簡便な作り方とその表記にむしろ驚く。
いまでも玄人に鉄製フライパンは好まれるが、一般家庭では表面を加工したくっつきにくいフライパンが主流となっている。油ならしも不要で油の使用量も少なくて済む。鉄製フライパンは一生ものだが手入れが面倒という人も多い。価格も安くなったフッ素樹脂加工のフライパンの耐用年数は長くはないが、買い替えて活用しているのが筆者宅の実態だ。
このフライパンなら料理技術は未熟でもオムレツ、オムライス、卵焼きなど卵料理がきれいに仕上がることを毎日のように経験している。調理器具の進歩もまた料理の作り方を変えているのだ。
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