インド、ウッタラーカンド州、ヒマラヤ山脈山中の標高5,029メートルの場所にそれはある。
地元では「神秘と骨の湖」と呼ばれ、最近では「スケルトン・レイク」とも呼ばれる氷河湖「ループクンド湖」の周辺には傷がついた無数の人骨が散乱しているのだ。
それらの人骨は19世紀頃のもので、ひどい暴風雨(雹嵐)に遭遇して命を落とした旅人たちのものであると数年前、考古学者グループにより発表された。
だが、新たに行われたDNA解析により、その真相をさらに迷宮の奥へと押し込める結果となってしまったようだ。
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傷のある無数の人骨が散乱する骨の湖
ヒマラヤ山中、ナンダ・デヴィー寺院という有名な巡礼地への途上にあるこの湖には、500体もの人骨が眠っていると考えられている。そこいら中に人骨が散乱しているのだ。そして、それらには一つ残らず傷がある。
湖に人骨があることは19世紀末にも報告があったが、1942年、森林管理官がこの幽玄なる風景を再発見して以来、数百人もの遺体が遺棄されている理由についてさまざまな憶測がなされてきた。
曰く、侵攻してきた日本軍である、曰く、戦争から帰還したインド軍である、あるいは曰く、神の怒りに触れた王と踊り子の一団であるなどだ。
そして数年前、ある考古学者グループによって人骨が詳細に調査され、19世紀頃にひどい暴風雨(雹嵐)に遭遇して命を落とした旅人であると発表された。
遺骨の年代はバラバラ。7DNA解析によって真相は闇の中へ
今回『Nature Communications』(8月20日付)において、湖の遺骨37体から採取されたDNAを解析した結果が公表された。
それは遺骨についてさらに詳細な事実を明らかにしているが、この場所で起きた真相を余計に迷宮の奥へと押し込める結果となっている。
研究チームによれば、遺骨の多くは1000年以上も前のもので、しかも一度に亡くなったわけではないという。また一部にはより最近の、おそらくは1800年代初頭のものもあった。
不可思議なのは、遺骨の遺伝子構造が南アジアよりも地中海で一般に見られるものであったことだ。
「余計に謎が深まってしまったかもしれません」と研究著者の1人、ハーバード大学の遺伝学者デビッド・ライヒ氏はコメントする。「信じられないことに、3分の1の人たちがこの地域ではとても珍しい人たちでした。」
気候の厳しい急峻な山岳地帯、荒れ果てた現場
ループクンド湖は、考古学者にいわせれば「問題ありあり」で「ひどく荒れた」場所だ。
山岳住民や登山者によって、骨が動かされ、おそらく価値のある遺物の大半も持ち去られただろうと疑われている。また地滑りも遺骨をバラバラにしたことだろう。
ハワイ大学の考古学者ミリアム・スターク氏(研究には不参加)は、多くの遺跡とは違い、ループクンド湖は「文化的コンテクストの中にない」と指摘する。だからこそ、今回の調査は、不完全なデータセットから「どれだけの情報を得られるかを知ることができる大切なケーススタディ」なのだそうだ。
科学的な観点から唯一都合がよかったのは、そこが非常に寒い環境にあり、骨やDNA、さらには衣服や肉といったものまでをも保存してくれた点だ。
だが、この条件は研究を難しくもしている。
2003年の調査隊にも参加したことがあるデカン大学の考古学者ヴィーナ・ムシュリフ=トリパティ氏によれば、ベースキャンプですら現場から700メートルも下にあり、天気は危険で気まぐれなものだ。
周囲があまりにも急峻であるために、調査をするにはまず湖の上にある峰に登り、そこから滑って下りていかなければならない。おかげで、彼女自身は高山病にかかり現場にたどり着けなかったそうだ。
小さな事象の解明
コペンハーゲン大学の遺伝学者フェルナンド・ラシモ氏が指摘するように、昔の人間から採取したDNAの研究は、一般に人類の数千年をかけた移動をテーマとしている。
だが、今回の研究はそれとは対照的に、「古代のDNAの研究が人類の大移動についてだけでなく、もっと小さな出来事についても教えてくれる」ことを証明する格好の事例だ。
ペンシルベニア大学人類学部の学部長であるキャスリーン・モリソン氏にとって、ループクンド湖の人骨の出自はそれほど関心をそそるものではないという。
彼女は、インド亜大陸には、紀元前180年頃から200年ほど、古代ギリシャ人の王国が存在したことを指摘する。「そこに知られていなかった地中海ヨーロッパ人がいたとしても、それほどの大発見ではありません」とのことだ。
また標本が最近のものになるほど、放射性炭素年代測定は不正確なものになるので注意が必要だとも話す。
そのため、1800年代初頭の人骨の中に地中海地域の遺伝子を持つのものがあったという結果は、完全に正確ではない可能性もある。
なぜそこで命を落としたのか?根本的な謎は残されたまま
くわえて、ループクンド湖の人骨の一部に少々珍しいものが含まれていたからといって、根本的な謎までが揺らぐわけではない。
つまり、人里離れた山中で数百人もの人たちがどのようにして命を落としたのか? という謎だ。
ライヒ氏もムシュリフ=トリパティ氏も、遺骨は湖まで運ばれてきたものではないという点については自信を持っている。
一団はただ単に遭難して、湖で悪天候に見舞われ立ち往生した、というのがムシュリフ=トリパティ氏の考えだ。またライヒ氏は、周辺に散らばっていた遺骨が地滑りのせいで少しずつ湖に落ちていったという線もあるだろうと指摘する。
だが、モリソン氏はそうした見解を完全には受け入れていない。「骨はだんだんと溜まったのではと睨んでいます。地元の住人が湖に置いていったということです。人骨がたくさん見つかったら、墓場だと思うのが普通でしょう。」
References:discovermagazine / theatlanticなど/ written by hiroching / edited by parumo
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