そもそも悩む必要ってある?と問いかける声多数です

この国で「女性をやる」とは、「男性を持ち上げて気持ちよくさせる」と同義でしょうか。はてな匿名ダイアリーに8月16日「『女性』がうまくできず男性に失望される」という投稿がありました。投稿者は、女性らしく振舞えないために「いない歴=年齢」と嘆くアラサー女性です。飲み会で男性をおだてて雰囲気を良くすること、男性にノリよく接することはできるものの、「一対一で親密になろうとすると途端にダメになる」と明かします。

デートをしても、「奢られるのは見返りを求められそうで怖いし、触られると感情が無になるし(虐待されている時に感情を無にして耐えるときと同じやつ)、可愛い仕草も言葉も、褒めそやすのもできない」とのこと。代わりに「会話」しようとするものの、

「男性は多分そういうの求めてないよね。初対面の女の子とは深い会話じゃなくて、キャッキャすご~いみたいなの言われたいよね、あと異性に奢るボディタッチを拒絶されるのってしょげるよね、わかるわかる」

などと自分なりの解釈を語っています。(文:篠原みつき

「君って論理的だね」と言われ、連絡が途絶える


男性には「なんかさぁ、君って論理的だね」と言われ、大体は連絡が途絶えるそう。女性はそのたびに「またやってしまった、気になってる男性だったのに『女性』ができずに失望されてしまった~」と落ち込むとのこと。いっそ同性の気の合う友人と生きていけたらいいのに、と言うほどでした。

筆者は正直、投稿者が何故そんなに「男性に合わせられない自分」を否定しているのか疑問です。丁寧な人間関係を築きたいなら一方的な「褒めそやし」「奢られ」「ボディタッチ」は必要なく、むしろ会話に重きを置くべきです。恐らくそうした相手とまだ知り合えていないか、大勢の場で「男性をおだてて」ばかりいるために、都合のいい女性として妙な期待をされてしまうのではないでしょうか。

ブックマーク500近く付き、肯定と否定で意見が分かれています。多かったのが、

「たぶん属するコミュニティが合ってないんじゃないか?ありのままで絶対需要あるぞ」
「増田(投稿者)自身は本当にそういう『女性』をうまくやる人が好きな男たちに好かれたいの……?(中略)多分仲良くなるべき相手間違えてるよ」

との励ましやアドバイスです。男性に媚びる女性が「嫌い」で、むしろ少しずつ分かり合おうと会話する投稿者のほうが好ましいとする声が大半でした。

「『男性』『女性』じゃなくて目の前の人間と向き合った方がいい」

一方で、「多分、貴方も男性のことを軽んじていると思う」と否定的に指摘する人もいました。

「ホステスのような態度を女性に求めてる男性ばかりじゃないです。男性の理想を勝手に内在化する前に、目の前にいる人を尊重してほしい」
「ちょっと人をばかにしすぎでは。『男性』『女性』じゃなくて目の前の人間と向き合った方がいいし、そういう相手はちゃんと存在するよ」

など、怒りをこめて諭す声も相次ぎました。

男女平等が前提の世の中ですが、日本はまだまだ「女性は男性を立てるもの」「女が男に合わせていれば上手くいく」という考え方が残っています。投稿には、意図はともかくそうした考え方に対するモヤモヤが表れており、多くの人の注目を集めたのでしょう。

「誰かの支配下にある人」を無理して演じる必要はない

今年6月に出版されたジェーン・スーさんと脳科学者・中野信子さんの共著『女に生まれてモヤってる!』(小学館)には、こんな一節があります。

「他者の機嫌を損ねないこと、周囲とうまく馴染むこと、気を回してリーダーのよきサポーターとなること。これらは本来、誰かの庇護のもとでなければ生きていけない人が採る手段です。あなたはどうでしょう。誰かの支配下になければ本当に生きられませんか?」

奢られたりおだてたり、嫌なのにボディタッチをされても拒否できないのは、誰かの支配下にあるということ。無理をして、そういう意味での「女性をやる」必要はないのです。むしろ、それを良しとし続けることは、男女お互いにとって不幸なことではないでしょうか。