サッカー元日本代表の稲本潤一が、25日に放送されるTBSドキュメントバラエティー『消えた天才』(18:30~)に出演。2002年に開催されたサッカー日韓ワールドカップで活躍するはずだった天才ストライカーの存在を明かす。

稲本より年下のその天才は、稲本をはじめ、小野伸二遠藤保仁小笠原満男、中田浩二、高原直泰らの“黄金世代”がひしめく中、飛び級U-18日本代表に選出。「ゴールへの嗅覚がすごかった」と稲本が語るように、圧倒的な存在感を発揮し当時の高校選抜相手にゴールを決めた。

当時を知る元プロサッカー選手中澤佑二氏は、黄金世代の中での飛び級の代表選出について、「考えられない」「天才中の天才」と、その才能と能力を絶賛。

そして天才は、当時の最年少記録となる異例の速さでJリーグデビューを果たした。1年目から活躍し、チームの主力となっていくプレイヤーになると誰もが思っていた。稲本も「ワールドカップに一緒に出ているイメージはできていた」と期待を寄せていた。

しかし、天才がワールドカップ前年でJリーグの試合に出場したのはわずか5試合。そして、その後、天才は代表に招集されることのないまま22歳の若さで表舞台から姿を消した。

日韓ワールドカップで稲本らとともに活躍するはずだった天才は、なぜ姿を消したのか? 天才と対戦経験があり、真相を知りたいという中澤が本人を直撃。すると、若さゆえに抱いた驚きの苦悩を激白。当時を回想した天才が「死ぬしかない…」と語った言葉の真意とは?

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