トーレスが神戸戦で現役引退 1-6の惨敗も晴れやかな表情

 最も愛されるストライカーとは、一体どのような選手なのだろうか。もちろん、この問いに明確な答えはない。ただ一つ言えるのは、最も得点を決めるストライカーが、最も愛されるストライカーであるとは限らないということだ。

 誰でも決められるような決定機を外し、スタンドにため息をもたらした直後、信じられないようなスーパーゴールで一気にスタジアムに熱狂の渦を巻き起こす。キャリアを通じてファンやチームメートに愛され続けたフェルナンド・トーレスとは、まさにそういう選手だった。

 トーレスは、自分へのパスがミスに終わったとしても、味方に対し決して不満を見せることがない。力強く手を叩き、パスミスをしたチームメートを励ます姿をよく見せてきた。逆にミスでなくとも、消極的なバックパスや横パスをした際には、トーレスは怒りのジェスチャーを示す。チャレンジしないことを責める姿勢は一貫していた。ピッチに立つトーレスを目で追うだけで、勝利への信念はひしひしと伝わってくる。

 23日に行われたJ1第24節ヴィッセル神戸戦は、トーレスにとって現役ラストマッチとなった。結果は1-6の惨敗。最高の花道を飾ることはできなかった。でも、それがトーレスの心を楽にしたのかもしれない。もし仮に、この試合で爆発していれば、多少なりとも未練が芽生えていた可能性もある。実際、あの負けず嫌いで有名なトーレスが、試合終了後は晴れやかな表情を見せていた。

 試合終盤、数的有利のチャンスの場面で同僚のFW金崎夢生がシュートを選択し、枠外に。トーレスは良いポジション取りをしており、パスを出せば決定機という局面だったが、金崎の選択に不満を一切見せることなく、その積極的な姿勢にいつもの如く力強く拍手を送っていた。90分間、絶えず最終ラインにハイプレスをかけ続けたトーレスは、最終的には不発に終わり、キャリアの終幕の瞬間を迎えた。

驚異的に勝負強く、そして不器用だったストライカー

 昨夏の加入以来、日本で思い描いたような日々を過ごせなかったことは否めないだろう。エースとして最後にひと花咲かせたかった思いはあったはずで、それは下部組織から育ち、思い入れのある古巣アトレチコ・マドリードで綺麗に物語を完結させるのではなく、極東でキャリアを続行するという決断に表れていた。だが、残留争いに巻き込まれるチームのなかでそれは叶わず、Jリーグ通算35試合5得点という大物助っ人としてはやや物足りない数字を残してスパイクを脱いだ。

 冒頭でも記したように、トーレスは簡単なシュートほどよく外す選手だった。それは、アトレチコで頭角を現した時も、リバプールでキャリアの全盛期を迎えていた時期でも、目にする光景だった。それでも、この元スペイン代表FWがいまだに愛され続ける存在でいるのは、自らが窮地に追い込まれている立場であればあるほど、チームが最もゴールを必要とする場面で、度肝を抜くゴールを生み出してきたからだ。

 鳥栖で言えば、熾烈な残留争いのなかで迎えた昨季リーグ第33節の横浜F・マリノス戦(2-1)だろう。勝ち点3を獲得しなければ降格が濃厚になるという危機的状況のなかで、トーレスは1-1で迎えた後半33分に決勝ゴールを奪ってみせた。スペイン代表でも2008年、12年の欧州選手権(EURO)決勝でともにゴールを奪っており、母国に優勝をもたらしている。

 さらに印象深いのは、トーレスは倒れるのを嫌う選手だったということだ。アタッカーであれば、ペナルティーエリア内でタックルされて転倒すれば、ほとんどの選手がPK判定を訴えるだろう。ダイブは間違った行為ではあるものの、倒されてPKを要求すること自体は自然なアピールと言える。

 しかしトーレスは、よっぽどのことがない限り、倒されてもすぐに立ち上がりボールを追いかけ続けていた。そこで倒れたままでいればPKをもらえたのに――そう思うことも正直、何度もあった。それでも、彼は立ち上がる。一見不器用なようにも見えるが、それがトーレスであり、愛される要因の一つでもあったのだ。

笑顔で幕を閉じた“神の子”の冒険

 19年6月23日、都内で開かれたトーレスの引退発表会見で、「キャリアを通じて最も印象に残っているチームメートと、最も苦労させられた相手選手は誰か?」という質問をぶつけると、チームメートには元イングランド代表MFスティーブン・ジェラードの名前を、相手選手には元イングランド代表DFジョン・テリー、元スペイン代表DFカルレス・プジョルの名前を挙げた。

 そして、名前を挙げられた名手たちも、気持ちは同じだったのだろう。引退発表後、その3選手ともSNS上でトーレスに対し、心を込めたメッセージを送っていた。ジェラードリバプール時代の2ショットをアップすると、「この笑顔が意味するのは、君とプレーすることを心から愛していたということ」と文章を添えた。

 また、テリーが「君がチェルシーと契約した時、僕は大喜びしたんだ。なぜなら、もう君とマッチアップせずに済むのだから」とメッセージを送ると、プジョルも「君と対峙するのは本当に大変だったけど、でも、楽しかった」と、DFとしての目線から1人のストライカーに対して最大級の賛辞を送っていた。

 それからちょうど2カ月後の8月23日にキャリア最後の日を迎えたわけだが、神妙な面持ちを覗かせていた引退発表会見の時とは異なり、ラストゲーム後の記者会見では終始笑顔を浮かべるトーレスの姿があった。“神の子”という、文字どおり神々しい異名をとったトーレスの冒険は、母国スペインから1万キロメートル以上も離れた日本の地で“悔いなく”終焉の時を迎えたのだ。(Football ZONE web編集部・城福達也 / Tatsuya Jofuku)

現役を引退した鳥栖FWトーレス【写真:安藤 隆】