2019年8月、久しぶりに「ムーンライトながら」に乗った。東京駅23時10分発、岐阜県大垣駅着5時45分の夜行快速列車だ。夏休みや年末年始に走る臨時便で、全車指定席。

 正直、中年オヤジにとって夜行の座席はキツいと思っていた。しかし、今回の乗車でまだまだ行けると自信を取り戻した。最近は新幹線ビジネスホテルなんて、ラクなほうを選んでしまう。しかし、身体は覚えていた。私の旅は、もともとこっちじゃないかと。

海外バックパッカーにも知れ渡っているのかな

 そして私の周囲に若者がたくさん乗っていたことも嬉しい。時節柄、合宿か、甲子園の応援か、大きな荷物を持ったグループ客がいる。

 私の若い頃と違って、いまは格安の夜行バスだってある。でも、バスの車内では静かにじっとしていなくてはいけない。それに比べれば列車は自由だ。いつでもトイレに行けるし、車窓を眺められる。小声で語り合っても咎められない。

 若者たちと言えば、外国人観光客も増えている。車内を散歩したら、ブロンド女の子グループデッキに座り込み乾杯していた。お行儀が悪いなと思ったけれど、そうか、自席で宴会を始めたらまわりの客に迷惑がかかるから、こっちで楽しんでいるわけだ。それは感心、感心。「ムーンライトながら」は海外のバックパッカーにも知れ渡っているのかな。

 最近では、お台場で開催される世界有数の同人誌見本市、コミックマーケットに向かう人々の移動手段としても認知されている。節約してでも旅に出る。昔の私がいる。

復員列車から「ムーンライトながら」へ

ムーンライトながら」のルーツは戦後の復員列車という説がある。戦前から長距離の夜行普通列車はたくさんあった。戦後も昼夜問わず列車移動が主流、高度成長期を迎え寝台特急も走り始めたけれども、安価に移動できる夜行普通列車の人気が根強かった。そこで夜行急行列車「ながら」を普通列車に格下げして存続させた。由緒ある座席夜行列車だ。

 私が乗り鉄の遠征を始めた1980年代初め、この列車はまだ列車名がなくて、旅行好きからは「大垣夜行」、鉄道ファンからは「345M」と呼ばれていた。「大垣夜行」は文字通り、大垣行きの夜行列車だから。「345M」は列車番号だ。列車番号は鉄道会社が列車を管理する都合で使う番号だけど、市販の時刻表に記載されていた。乗り鉄にとっては行程メモに「23時25分発の大垣行き」と書くより「345M」と書く方がツウっぽい。

 列車番号はダイヤ改正のたびに変わることがあって、大垣夜行が「347M」の時期もあった。乗り鉄の中高年が昔語りをすると「345M」か「347M」で歳の差がわかる。

日付が変わったら「青春18きっぷ」を見せる

 1982年に「青春18のびのびきっぷ」が発売されると「345M」は大人気となった。青春18きっぷは1回が1日有効。0時から終電まで乗れる。「345M」は東京発23時25分、戸塚発0時5分だったから、戸塚まで当時490円の近距離きっぷを買って、日付が変わったら車掌さんに青春18きっぷを見せて日付を入れてもらう。これで青春18きっぷをフルタイム使える。

 このテクニックはいまも続いているけれど、現在の「ムーンライトながら」は東京駅発車時刻が23時10分に繰り上がり、日付変更駅が小田原になった。東京~小田原間の普通運賃は1490円だ。しかも520円の指定席料金が必要だ。ちょっとおトク感は薄れたかな。横浜駅発車直後に検札が始まるけれど、車掌さんは心得ていて、あらかじめ翌日に設定した検印を青春18きっぷに押してくれる。

 無名列車の頃はすべて自由席で、固い真四角のボックスシート。大人になったらグリーン車に乗るんだという夢はとうとう叶わなかった。1996年、全車指定席の「ムーンライトながら」にリニューアルされたからだ。

 大垣夜行の人気により、近距離区間で帰宅客と長距離客が混在した。その不都合を解消するために指定席制度を導入した。座席指定料金を取る代わりに車両が新しくなった。旧国鉄の急行形165系から、JR東海の特急電車373系へ。グリーン車はなくなったけれども、普通車もリクライニングシートで快適になった。ただし乗降口と客室の間に仕切り扉がなくて、車両の端の席はちょっと残念。うるさいし、乗降扉から夏の熱気、冬の寒気が入ってくる。

全盛期には臨時の「ムーンライトながら」も

 全車指定席となったおかげで定員が減り、乗れない人が出てきた。そこで増発用臨時列車が投入された。当初は165系電車で普通車自由席のみ。のちに全車指定席の「ムーンライトながら91号(上りは92号)」となった。車両は旧国鉄特急形の183系で、品川~大垣間。品川駅を定期の「ムーンライトながら」よりあとに発車するけれども、豊橋駅で定期列車を追い越して、大垣には早く着く。サービスがいいというより、定期列車の方は早く着きすぎないように時間調整をしていた。臨時便はお構いなしに突っ走る。むしろ寝る時間が少なくて困った。

 ここまでが「ムーンライトながら」の全盛期。このあと、高速夜行バスや低価格ビジネスホテルの誕生などが影響して、夜間の鉄道利用客そのものが減っていく。「ムーンライトながら」は定期列車から臨時列車となり、夏休みや年末年始のみの運転となった。車両は「ムーンライトながら91号(92号)」で使われた旧国鉄183系となって、ひと世代古くなった。現在は後継車種の185系電車になった。

まるで「福男競争」みたいだった「大垣ダッシュ」の思い出

「大垣夜行」の名前の由来は、その電車が「快速・大垣行き」だから。「大垣夜行」と「ムーンライトながら」によって大垣は知名度を上げたと言ってもいい。

 いまは社会的認知も高まった「eスポーツ」の黎明期、2005年大垣駅のそばのソフトピアジャパン センタービルで、eスポーツの国際大会「ACON5」の日本国内予選が開催されて、当時eスポーツライターだった私は「ムーンライトながら91号」で現地入りしている。大垣市は、日本ではまだ少ない「eスポーツ国際大会予選開催地」のひとつだ。

 大垣の思い出として「大垣ダッシュ」がある。ムーンライトながら大垣駅到着後、その先へ行く電車に乗り換えるために走ること。乗り継ぎ時間がわずか5分で、隣のプラットホームから発車する。しかも乗り継ぐ電車は4両編成と短い。座りたいなら階段を一段抜かしで駆け上がり、跨線橋を渡って一段抜かしで階段を駆け下りたものだった。その勢い、まるで正月にどこかのお寺でやっている「福男競争」だ。

 私は「大垣ではダッシュするもの」という因習にとらわれていた。私も若い頃は走った。急いで先発の列車に乗り継ぐ必要はなくても、イベントとして走りたかった。集団心理である。しかしいまの私は昭和生まれの中高年である。もうダッシュする気力がない。だから1本遅らせて、6時20分発の列車に乗る予定にした。案の定、ムーンライトながら大垣駅に近づくと、気の早い人々がドアに集まり、ドアが開くと一斉に走って行った。

乗り継ぎ時間は8分に延長された

 私は彼らを見送り、のんびりとプラットホームを歩いた。私が乗る列車はムーンライトながらが到着したプラットホームから出発するようだ。冷房が効いた待合室もある。跨線橋を渡る必要はない。ここでじっと待っていればいい。

 一方、大垣ダッシュした人々が乗ったはずの列車がなかなか動かない。ちょっと様子を見に行こうと階段を上ろうとしたらエスカレーターがある。こりゃラクになったな。隣のプラットホームに行き、車内を覗いてみたら4人掛けの席で知人がひとり旅。あなたもながらで、と挨拶して、良かったらどうぞと席を勧められ、座ってしばらくするとドアが閉まった。5時53分。あれあれ、大垣ダッシュをしないで乗り継げた。しかも座れた。あっけないやら、ありがたいやら。このあと、予定の電車が1本ずつ繰り上がって助かった。

大垣ダッシュ」はムーンライトながらに乗り慣れた旅人の作法だった。しかしそれは昨今のデリケートな社会認識からみれば危険行為といえる。そこで対策が取られたようだ。乗り継ぎ時間は8分に延長された。乗り継ぎ時間が3分間延長されただけで移動に余裕が生まれる。乗り継ぐ米原行きの電車はクロスシート211系で、8両編成となって2倍の定員だ。しかも跨線橋の階段にはエスカレーターが設置されている。

 大垣ダッシュが解消されたこともあり「ムーンライトながら」の良さを再確認した。東京駅を深夜に出発すると、名古屋着は5時9分。大垣と米原で乗り継いで、京都に7時半頃、大阪に8時頃に着いて、朝から行動できる。

担当車両の185系電車の廃車が近づいている

 国内外の若者たちから大人気の「ムーンライトながら」だけど、私はいつまで走ってくれるか心配している。多くの鉄道ファンも同じ気持ちだろう。かつては定期列車として毎日運行していた「ムーンライトながら」は、2009年からは多客期の臨時列車となった。そして年々、運行日数が減っている。

 それに加えて、担当車両の185系電車の廃車が近づいている。JR東日本は老朽化しつつある185系電車を順次廃車とする方針だ。すでに高崎線方面の特急列車から引退済み。伊豆方面も引退予定で、特急踊り子号には中央本線の新車導入で余剰となったE257系が転属してくる。順当に考えると、185系の後継車両のE257系が「ムーンライトながら」の新担当車両になる。ところが、いまのところE257系が熱海から先のJR東海区間に乗り入れた実績はない。

 185系が「ムーンライトながら」に起用された理由のひとつに、JR東海区間の走行実績がある。特急「踊り子」の修善寺行きは熱海~三島間でJR東海区間を走り、三島からは伊豆箱根鉄道に乗り入れている。これは国鉄時代からの伝統だ。この修善寺行き「踊り子」の存続も185系引退で危ぶまれた。

若者の旅行文化を盛り上げるためにも……

 しかし、鉄道趣味誌「j train」の2019秋号によると、修善寺行きの踊り子E257系で存続されるようだ。房総特急として使われ、現在は余剰となっている編成を配置転換する。そうなると「ムーンライトながら」もE257系を使える。

 ただし、車両が使えるからと行って「ムーンライトながら」も安泰とは言い切れない。ひとつの不安が解消されただけで、採算、あるいは夜間のダイヤにおける貨物列車との調整等の理由で運行期間のさらなる短縮、そして運行終了も考えられる。

ムーンライトながら」が全席自由席の「大垣夜行」と呼ばれていた頃から、この列車は若者たちの移動を支えてきた。初めての長距離列車旅。その中の何割かの人々が、ここで鉄道の旅に親しみ、旅行好きになっていく。だから、若者の鉄道旅行文化を支えるためにも、JRグループにとって未来のお得意様を確保するためにも、「ムーンライトながら」は存続させてほしい。この列車は鉄道旅行の入り口だ。どうか閉ざさないでほしい。

写真=杉山淳一

(杉山 淳一)

「ムーンライトながら」の方向幕