「損をしない」「奪われない」は、複雑な現代社会を生き抜くための処世術です。ありとあらゆる情報を収集して、できるだけ人よりトクをする方法を選び分ける。店頭で欲しい商品を見つけたら、少しでも安い物をオンラインで探し出す。人づきあいではエネルギーが奪われる関係をできるだけ避ける。

ある意味合理的ではありますが、このような思考とは相容れないフィールドもあります。それが、夫婦の関係です。

結婚は「奪われること」の連続? それとも…

4年前、雑誌『AERA』で「結婚はコスパが悪い」という特集が大きな話題になりました。コスパ、つまりコストパフォーマンスで結婚を考えてしまうと、はっきり言ってコストパフォーマンスは悪い。筆者もそう思います。

配偶者が思い通りに行動せずにイライラする時間があり、一生懸命稼いだお金が自分以外の生活費に消え、忘れると不機嫌になる相手のために記念日のプレゼントを選び、料理にかけた時間が急な飲み会連絡でムダになり、家事をしないパートナーの代わりにエネルギーを使い、小遣いと趣味の時間を削り、場合によっては思いがけぬ裏切りに傷ついて回復するための時間とエネルギーを奪われる……。

ざっとあげただけでも「奪われる」ことだらけ。

もしかしたら、結婚を敬遠する人は「それだから結婚なんてするもんじゃない」と言う人がいるかもしれませんし、結婚を経験した人は「そういうものだ」と苦労話を回想したくなるかもしれません。

そもそも、結婚前に誰かが「結婚して幸せになりたい」と言ったとき、その言葉にはパートナーとなる人が「自分を幸せにしてくれる存在」であるという期待が少なからず込められています。幸せにして「もらう」ことは、相手から何かのメリットを享受することです。

他にも「結婚して仕事をやめたい」と言ったときにはパートナーに一定の収入を期待しているケースがあるでしょうし、「結婚するなら料理上手な人がいい」と無自覚に言う人の中にはクオリティの高い家事の労力を無償で得ることが結婚の一つの目的だと考えている人も含まれているでしょう。

もし、何かを与えて、その見返りに何かを得て……の完全な役割分担に双方が完全に納得しているなら問題がないのですが、幸せにして「もらう」はずだった当初の理想とのかい離に直面して「こんなはずじゃなかった」という事態も往々にして起こります。

「結婚をして幸せになりたい」と考える2人がお互い「損をしない」「奪われない」「ラクをする」をベースに行動していると、時間も労力も奪われる現実に心を消耗してしまうリスクもあるのが結婚や恋愛です。

「だからこそ、結婚なんてするもんじゃない」という結論に至りやすいのですが、一方で「奪われる」と感じる行為が「与える」と感じられるかどうかでも、2人の関係はずいぶん変わってくるようです。

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「相手の喜び」を吸収できる夫婦は無敵!

夫婦関係のマニュアルの中にはしばしば「相手への尊敬が大切」という言葉がおどっていますが、尊敬だけでは夫婦の愛情の維持をするのは難しいものです。夫や妻を「尊敬をしている」と言いながら、心身が疲れた相手を見て見ぬふりする人を筆者は何度も見てきました。

一方で、筆者の知人で、結婚して20年近く経ってもずっと恋人同士のようなカップルもいます。家庭の外から見える2人と家庭の中の2人にはきっとギャップがあるのでしょうが、やっぱりちょっとしたミラクルに思えます。

彼・彼女を見ていると、たとえば、外出先でおいしい食べ物に出会ったとき真っ先に「相手にも食べさせてあげたい」とパートナーの顔を思い浮かべたり、育児や仕事に疲れたらリフレッシュの時間をゆずり合ったり、お互いの親族や知人を大事にしています。「与える」ことに喜びを覚えつつ、「与えられている」ことに敏感に気づいています。しかも、お互いに。

これらはシンプルでありながら、なかなかできることではありません。

どちらか一方が与え続けるだけでは、「愛情や労力やお金を搾取されている」という被害者意識が生じやすくなります。その逆に「与える」喜びと「与えられている」ことの感謝のバランスが取れている夫婦は、相手の喜びを吸収することができる分、2人の絆と幸福度が強い傾向があるように感じます。

とはいえ、どんなに理想的に見える夫婦であっても、その関係性を他人が完全コピーすることはできませんし、順調に見える2人のバランスだって何かのきっかけで崩れてしまう日がやってこないとは限りません。

子どもを授かり子育てに悩む。あるいは、子どもが欲しい・欲しくないで意見の相違が生じる。経済的に困窮する。仕事が曲がり角を迎えて心が疲れていることを理解してもらえない。親の介護に悩む。

こんな風に夫婦を乗せた「家庭」という船は、凪があれば、予想外の大荒れに見舞われることもあります。状況の変化に応じてその都度、船を設計し直し、メンテナンスしていかなければなりません。その共同作業はときに苦しく、つらさを相手のせいにしたくなることもあるかもしれません。

おわりに

「結婚の日常は一粒の砂金集め。短期の恋愛や浮気はきらびやかなガラス玉。地味な砂金集めなんてバカバカしいから、ガラス玉の美しさに吸い寄せられる気持ちはわからないでもない」

結婚して長く経つある女性は以前、こう語っていました。

深く関わり合って理解し合ったからこそ得られる居心地の良さは、結婚という打ち出の小づちを振って出てくるわけではなく、どちらか一方の忍耐の上に成り立つものでもなく、2人の小さな努力の積み重ねでできるもの。

2人の共同作業がうまくいけば、世界一の味方、茶飲み友達、恋人、心地の良い空間が一気に手に入る可能性もあるのが結婚。

一方で「幸せになりたい」「親を安心させたい」「心の癒しが欲しい」「つらい仕事から逃げたい」という悩みの解決策として結婚を選ぶのなら、その先の道のりにはひと波乱が待っているかもしれません。