国立がん研究センターの調査によって、がん患者の生存期間が着実に伸びていることが明らかとなった。一方で、部位やステージによっては、「治らない病気」という側面が残っているのもまた事実である。日本の医療はこれまで延命一辺倒で進んできたが、生涯労働社会への転換が必須となった今、病気との付き合い方についても再考が必要だろう。(加谷 珪一:経済評論家

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早期発見、早期治療がベスト

 国立がん研究センターが実施したがん患者の生存率調査によると、すべてのがんを合わせた5年生存率は66.1%と、前回の集計から0.3ポイント上回った。同センターは定期的にがんの生存率調査を行っており、5年生存率の結果を公表するのは今回で4度目。

 5年生存率は、がん治療において一般的な目安とされている数値であり、がんと診断された人のうち、5年後に生存している人の割合が、一般的な日本人の集団に対してどの程度なのかを示したものである。

 がん患者の生存期間は年々長くなっており、一般的に考えれば、がんはもはや不治の病ではなく、治せる病気という位置付けになりつつある。しかし、がんの場合、医学的に「完治」という概念はなく、「寛解(かんかい;病変がとりあえず見えなくなっていること)」という用語が使われていることからも分かるように、病理的には治せない病気であるのも事実といってよい。今回の調査結果を見ても、部位とステージによって生存率に大きな違いがある。

 日本人の多くが罹患する胃がんの場合、全体の生存率は71.6%とかなり高い。がんの進行度は「0」から「IV(4)」まで5つのステージがあるが、ステージ1ならば生存率は94.6%と非常に良好な結果となっている。だがステージが進むにつれて予後は一気に悪くなり、ステージ4では9.0%しかない。大腸がんも同様で、全体の生存率は72.9%、ステージ1 生存率は95.4%とかなり高いが、ステージ4は18.7%に落ちてしまう。

 一方、女性特有のがんである乳がんは、全体の生存率が92.5%、ステージ4でも37.2%とかなり高く、年齢にもよるだろうが、克服されつつあるといってよい。

 どの部位においても、ステージが早いほうが成績が圧倒的に良好であり、ステージ4での成績が著しく悪いことを考えると、早期発見、早期治療がベストという一般的な結論が得られる。

デリケートな判断が求められる高齢者のがん治療

 ただ、がんはすでに日本人における死因のトップであり、高齢になるとかなりの人が罹患するという現実を考えた場合、高齢者については少し違った考え方が必要かもしれない。

 今回の調査結果でも、高齢者のがん治療については少し考えさせられる面があった。上記で紹介した生存率は相対値なので、統計的にがん以外の死亡による影響を(可能な限り)排除してある。だが、罹患した人が実際に何年で亡くなったのかという実測値のデータを見ると、だいぶ状況が変わってくるのだ。

 胃がんの場合、60代までは実測生存率と相対生存率に大きな差はない。だが70代、80代になってくると両者の乖離が激しくなり、80代では66.3%の相対生存率に対して実測生存率は42.4%とかなり低い結果となっている。当たり前のことだが、80代ともなればがん以外の要因で亡くなる可能性は高く、これは言い換えれば、がんに罹患していなくても、死亡していた可能性が高いということになる。

 部位にもよるが、がんの標準治療は、現在でも、手術と抗がん剤の組み合わせが中心となっており、いずれも患者に対する負担が極めて重い。そもそも手術は全身状態が良好でなければ実施できないものであり、抗がん剤は吐き気や嘔吐、貧血といった多くの副作用があり、重篤化した場合、患者はかなり苦しむことになる。

 5年間以上、生存できたとしても、複数回の手術と抗がん剤の重い副作用に苦しめられている状況では、生活の質(QOL:クオリティ・オブ・ライフ)が高いとは言えないだろう。

 実測生存率の落ち込みが激しい70代以上の場合、どこまで標準治療を行うべきなのかについてはデリケートな判断が求められており、このあたりは医師の判断によるところが大きいとされる。日本は急速に高齢化が進んでおり、病気と共存しながら仕事をするのが当たり前の社会となりつつあるが、こうした時代においては、寿命の絶対値を伸ばすより、QOLを高めることを重視した方がよいケースも着実に増えてくるだろう

 がん治療の専門家の間でも、この問題は近年、強く認識されるようになっており、がんが転移するなど病状が進行した高齢者の場合、積極的な治療を行わないケースが年々増加しているといわれる。

 同センターが行った高齢者のがん治療に関する調査では、たとえば大腸がん(85歳以上、ステージ4)では、治療なしという患者の割合は、2012年には30.5%だったが、2015年には36.1%に増加している。胃がん(85歳以上、ステージ4)では、治療なしの割合は2012年には50.3%だが、2015年にはやはり56%まで拡大している。

 肺がんの場合、75歳未満では抗がん剤治療をした方が、生存期間が長いという結果が得られているが、75歳以上の場合には、抗がん剤を使っても使わなくても生存期間に大きな差は生じていなかった。この調査はサンプル数が少ないので確かなことは言えないが、一部のがんでは、高齢者に対する抗がん剤治療は効果がないことが示唆される結果といってよいだろう。

主体性のない患者がまだまだ多い現実

「無意味に延命するだけの治療は望まない」というのは、一般的に多くの日本人が口にしていることだが、現実はそうでもない。同一の調査ではないので厳密な比較はできないが、先進諸外国と比較すると日本のがん治療における生存率は高いという結果が得られている。これは医療技術による部分も大きいが、依然として、多くの患者に対して画一的な治療が実施されていることと無関係ではないだろう。

 実際、日本では、いざ自分自身ががんに罹患すると、どう対処してよいか分からず、治療方針を主体的に決められなくなる人が多いといわれる。患者に主体性がない場合、医師は無用なリスクを引き受けたくないので、十分な選択肢を提示しなくなってしまう。

 患者のQOLを重視した治療を行うためには、患者に対してすべての情報を提供することに加え、何よりも患者自身が治療方針を決定するという主体的意思が不可欠となる。普段から、病気のことはあまり考えたくないという消極的な姿勢のままでは病気と正しく向き合うことはできない。

職場にがん患者がいることは当たり前に

「重篤な病気のことはあまり考えたくない」という消極的な意識は、実は企業における労働環境にも深刻な影響を与えている。日本ではがんに罹患した患者が職場で不当に差別されるという事例が多数、発生しており、長寿社会の運営に暗い影を落としている。

 以前、厚生労働省が行った調査では、がんに罹患した人の30%が依願退職を強要され、4%が解雇されている。政府は公的年金制度の限界から、定年を70歳まで延長する方針を打ち出しており、日本はこれから事実上の生涯労働社会に移行する。

 日本人の3人の1人ががんで死亡するという現実を考えると、今後、職場にがん患者がいることは、ごく当たり前のことになる。こうした時代において、「死」というものを忌み嫌い、排除するような意識を持ったままでは、組織運営もままなくなるだろう。

 患者はもちろんのこと、周囲の人も病気に対してもっと積極的に関わり、病気と共存するという意識を持たなければ、長寿社会を乗り切ることはできない。これからの日本において大事なことは、現実から目をそらさず、老いや病気に対して主体的に取り組む強い意思である。

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