【元記事をASCII.jpで読む】

 2013年に刊行された『グーグルアップルに負けない著作権法』を含む、角川歴彦氏の「メディアの興亡」三部作が期間限定で無料公開されることになったという。あらためてこの6年間の出版を巡る環境変化、あるいは本著を記した角川歴彦氏が率いるKADOKAWAグループの変遷を思い返すと、さまざまな再発見がある一冊となっている。

この6年ほどの電子出版を巡る環境変化を振り返る

 まず本書が刊行される2013年前後からこれまで、電子出版を巡ってどのような変化があったのかを簡単に振り返っておこう。

 2013年電子書籍に注目が急速に集まった年だった。楽天がカナダkoboグループ傘下に収め、電子書籍市場に本格参入。Amazonへの対抗軸であることを宣言し、現在も一定の存在感を示している(関連記事:楽天、出版関係者に戦略語る「Amazonに対抗可は楽天だけ」

 実はそれをさかのぼること2年、2011年にはニコニコ動画電子書籍サービスニコニコ静画)でKADOKAWAドワンゴは提携を発表し、その後KADOKAWAは出版各社・レーベルの合併を経て、2014年ドワンゴとの経営統合へと進んで行くことになる(関連記事:読者の“声”が電子書籍を作る 角川歴彦氏×川上量生氏対談)。

 2014年には文化庁著作権法を改正し、電子書籍にも出版権が及ぶようになる。これはデジタル化によって容易に海賊版が流通する事態に備え、出版社がその対策を取りやすくする狙いもあった。(関連記事:電子書籍の違法コピー対策強化へー文化庁が法改正を検討)。

 角川氏が本書で繰り返し主張するレコード出版社や放送事業者と同様の著作隣接権については、この時期、主に漫画家を中心とした著作者からの反発もあり、まだ出版社に認められるには至っていない。昨年、出版業界を揺るがした海賊版サイトへの対抗策でも、著作権法のあり方も論点となった(https://togetter.com/li/336259)。

 技術面では、世界標準の規格として日本語の縦書き表示を電子書籍で実現するEPUB3の採用をKADOKAWAも積極的に推進(関連記事:日本語の縦書き文化を守る! W3C、電子出版の国際標準化を推進)、電子書籍市場は拡大を続けるが、一方で出版市場全体は特に紙の雑誌を中心に縮小傾向が止まらず「出版不況」という言葉も定着するようになった。(関連記事:大手出版社7社が減収、雑誌離れ・電子書籍の台頭で

 電子書籍ラットフォーム間の競争が激しくなってくると、プラットフォームが出版社に対して課す条件が問題視されるようになっていく(関連記事:アップル電子書籍関連の訴訟で和解、ただし条件は不明)。

 プラットフォーム事業者は、競争が激しい時期は、出版社などのCP(コンテンツプロバイダー)に良い条件を提示し、コンテンツをできる限り集め、独占することでユーザーを獲得しようとする。だが、その時期が過ぎ市場で圧倒的な地位を獲得できれば、一転してCPに対して厳しい条件を突きつけるのが定石だ。市場を握られるなか、CPがその条件に抵抗することは難しい。本書でも冒頭、Amazonとのギリギリの交渉が行われていた様子が生々しく描かれている。

 音楽や映画がそうであったように、出版物がデジタルで流通するということは、その流通を誰がどのようにコントロールするのかを巡りバリューチェーンの大変動が起こることを意味していた。不正な利用が増えるという面では海賊版の拡大、市場の主導権がニコニコ動画で顕著だったユーザー、そして大手プラットフォームに移っていく懸念をいち早く角川氏は感じていたことが、本書ではよく確認できる。

 2013年に刊行された本書はその激動期の入り口にたった出版グループを率いる角川氏が、自身の考えを整理し有識者との対談を通じて、これからの経営の舵取りの方向性を探った一冊であったと言えるだろう。そこで氏が拘ったのが「著作権」だった。

著作権」を強くしても儲からない――伊藤氏の慧眼

 2010年代前半、角川氏のような実業家だけでなく、筆者も含めた研究者の間でも「日本の著作権法は時代遅れで、デジタル流通時代に対応しきれていない」という声は大きなものになっていった。

 文化庁も有識者会議を頻繁に開催し、著作権法の改正を進めてきた。ところがこの本のなかで、異なる視点の提言を角川氏との対談で行なっている人物がいる。それが、MITメディアラボの伊藤穣一氏だ。該当箇所(「モノポリークリエイター保護」)を引用しておこう。(太字強調は筆者による)

 2013年の伊藤氏のこの重要な指摘は、しかし大きな注目を集めることはなかった。経済産業省グーグルアップルに対して聞き取りを行うに至ったのは2018年末になってからのことだ(関連記事:政府がアップルを「GAFA」で括るのは間違いだ)。

 EUで定められたGDPR(一般データ保護規則=EU内外での個人情報の取扱規則)への対応が念頭にあり、まずは個人情報の独占が生む弊害について検討がようやく始まったという段階だ。伊藤氏が言及した「モノポリー者」の市場独占をどう規制するかについて、国としての方針は示されるには至っていない。

 たとえば、フランスでは「反アマゾン法」とも呼ばれる明確な規制がはじまっているが、米国と競争関係にあるEU各国に対して、米国との経済的結びつきが強い日本がどのような姿勢を取れば国益に適うのか、政治的な合意が形成されていないことも背景にはあるだろう。

 伊藤氏は同じ対談のなかで、「コンテンツ屋さんはコンテンツ屋さんで、自分たちのディストリビューションを考えて、プラットフォームと戦うようなビジネスを作らないといけないんじゃないですか」とも指摘している。

 確かにKADOKAWAはじめ出版各社は合従連衡の動きを加速させているが、まだそれは会社あるいはグループ単位で経営効率を高め、プラットフォーム事業者との交渉力を得ようという動きに留まっている。電子出版と著作権の新しいあり方を目指して成立したドワンゴとの経営統合も、その成果を示すことはできず体制の立て直しが図られているのが現状だ(参考記事:https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotoatsushi/20190215-00114899/)。

 巨大な海賊版サイトがまさに示したように、会社間・グループ間の垣根を越えて「出版業界」全体としてビジネスを構築し、著作権とは異なるアプローチで国に働きかけを強めていかなければ、その先行きにはまだまだ困難が待ち受けているはずなのだ。

GAFAとの戦いで決め手となるのは、著作権ではないのかもしれない