本田技研研究所常務取締役・板井義春氏(左)と小沢コージ。板井氏は大ヒットモデル「ヴェゼル」の元開発責任者。現在はライフクリエーション担当。eMaaSを取り仕切るキーマンだ
本田技研研究所常務取締役・板井義春氏(左)と小沢コージ。板井氏は大ヒットモデル「ヴェゼル」の元開発責任者。現在はライフクリエーション担当。eMaaSを取り仕切るキーマンだ

7月に埼玉県和光市で開催された「ホンダミーティング2019」で、電動戦略が発表された。

ということで、自動車ジャーナリストの小沢コージがキーマンである本田技研研究所常務取締役・板井義春(いたい・よしはる)氏を直撃してきた!

■車体から取り外せるモバイルパワーパック

――今回、ホンダが発表した電動モビリティによる移動サービスと、独自開発のエネルギーサービスにコネクテッド技術を融合させる「eMaaS(イーマース)」という構想、面白そうスね。独自だし、とても新鮮に感じましたが、責任者の板井さん、ぶっちゃけ、eMaaSってなんスか?

板井 MaaSはモビリティ・アズ・ア・サービスの略です。クルマを普通にBtoCで売るだけでなく、それを媒体にいろいろつなげようと。いわゆるシェアリングやコネクテッドなどの新サービスを含むわけです。(展示車を指さしながら)単純な話をすると、ホンダのeMaaSというのはこういう感じです。

――電動バイクのPCXや電動バギー、それから1人乗り電動モビリティがあります。

板井 われわれはこういう小さい乗り物をeMaaSで考えています。同時にホンダは昔から発電機や草刈り機などいわゆる汎用(はんよう)機造りを得意としています。これらをすべて電動化させ、電気を軸に拡大していくと面白いことが起こせるのかなと。

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――具体的には?

板井 軸となるのは新開発のホンダモバイルパワーパックです。これひとつに電気1kWh分を充電でき、PCXなら2個、4輪小型モビリティなら4個で動かせます。これをすべての動力源として、持ち運びできるようになれば、充電時間もいらなくなり、いろんな可能性が広がります。

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――なるほど! 大きな充電式の乾電池みたいなもんで、同じパワーパックで全部のクルマが動かせるんスね?

板井 そのとおり。PCXなら時速60キロ走行で40kmぐらい、超小型モビリティもフル充電から40kmは走ります。

――距離が短くないですか。

板井 大丈夫です。車体そのものに充電するのではなく、電気を持ち歩こうっていうのがモバイルパワーパックのコンセプトです。普通の電気自動車って充電している間は常に電線につなげられて動けませんよね?

――アレはホントにバカバカしいと思います。

板井 でも満タンの電池を入れればすぐ動けるでしょ? 例えばしばらく走って電池がなくなったときに、最寄りのコンビニに専用充電器があって、空になったバッテリーを入れるとすでに充電してあるバッテリーが出てくる。この充電器をそこら中のコンビニやガソリンスタンドに配置すると。

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――そうか! 電池はマルチ交換式で、自分で充電するというより常に充電済みと交換するシステムなんですね? コレなら長距離走れなくてもいいし、搭載電池の重量も抑えられると!

板井 別にすべての乗り物をこうしようとは思ってないです。1日500km走るならクルマがいいし、1000kmだったら船か飛行機になる。でも、自宅近くでの使用を考えると100km走る必要はないし、飛ばす必要もない。バッテリー容量はそんなに大きくなくてもいいのかなと。

■新たなエネルギー供給網を作る!?

――で、年内に発売のウワサがある量産型ピュアEVのホンダeですが、このモデルに対するホンダの思いというのは?

板井 本気ですよ。値段とか電池容量が難しいのは理解していますが、EV時代は、今までのようにお客さまにすべてを売っていたスタイルからの脱却が前提なんです。

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――というと?

板井 例えばモバイルパワーパックは、サブスクリプション(定額制)で、月々5000円で何回交換とか決めてもいいかなと。そうすれば自分で使っているバッテリーが劣化しようがなにしようがお客さまには関係ない。安心して使えます。

――画期的ですね。

板井 懐中電灯だってそうです。あれだって買うときに電池入ってないでしょ? あの感覚で電池抜きの電気自動車を買ってもらえればいいわけで。

――スゴくいい!

板井 そのほかこのシステムは災害時も便利で、例えば北海道胆振(いぶり)東部地震でブラックアウト(大停電)が起こったじゃないですか? 

――はい。

板井 でも、家にこの充電システムがあれば、発電機でパワーパックを充電して移動することもできるし、夜、動かなくてよくなったら逆にパワーパックから家に電池を供給することも可能になります。

ホンダにはHSHSホンダ・スマートホームシステム)というのがあり、家から乗り物、乗り物から家へと自由にエネルギーを供給することができるんです。

――可能性がスゴく広がりますね!

板井 先進国であれば当然のことながら送電線があって、どこにいても電気が使えますけど、新興国はまだそれがない。でもわれわれにはジェネレーターがあるし、そこを発電グリッドとしてモバイルパワーパックを利用すれば、移動も、生活もできる。畑を耕して食べ物を作りたいってなれば、ホンダは小さい耕運機を持っていますからパワーパックで動かせばいい。

――電池っていうよりも、ホンダは新たなエネルギー供給網を考えている?

板井 そうです。ガソリンではこうはいかないし、持ち運びのしやすさ、使いやすさも電気のメリットのひとつ。しかも、ホンダには四輪、二輪のほかにもパワープロダクツの汎用機がありますから、さまざまな形でエネルギーを使うことができる。あらゆる生活の場面で使えてしまう。

――日本だと過疎地の高齢者向けモビリティとして使えそうですが、もしかしたら電力網も整ってない新興国のほうが普及するかもしれない。

板井 そこは臨機応変で、アメリカスタートがいいかもしれないし、ヨーロッパスタートがいいかもしれない。それは提供するソリューションによっていろいろ変わるので。

――なるほど。

板井 新興国のレギュレーションが非常に緩いところで先にやるってやり方もあるし、実際インドネシアのパイロット事業では、すでにコンビニに充電器が何十台も置かれています。

ただ、今まで日本の電動シニアカーは高齢者向けでしたが、もしかしたらもっと楽しい乗り物になるかもしれない。実際アメリカに行くとたくさん走っているんです、電動キックボードが。アチラでは乗り物のレギュレーションが少し違うので許されている。

――ホンダの強みですね。トヨタですらここまでのソリューションは持ってないです。やはり汎用を持っているのは大きい?

板井 強いです。発電機だけじゃなく、耕運機、草刈り機、ボートのエンジンとさまざまあってパワープロダクト事業だけで年間販売約630万台ですからね、数でいうと。

――そんなに売れている!

板井 皆さん知らないだけで四輪より100万台多いんです。四輪が530万台、二輪が2000万台ですから合わせて3200万台。

――ソイツはスゴい! ちなみに板井さんが担当するライフクリエーションって何をするんスか?

板井 二輪と四輪を除くそれ以外といわれているのでけっこう困っています(笑)。

――ホンダの未来はeMaaSで安泰?

板井 いやいや、100年に一度の大変革といわれるなかで、自分たちなりに布石を打っておかないとダメです。特に四輪ビジネスは今後間違いなく落ちますから。

――やっぱりそうですか。だからホンダもeMaaSに力を入れるんでしょうが、いきなりビッグビジネスにはならない?

板井 どんなビジネスでも「今後100%こうなります!」っていうのはありえません。今回は特にまったく新しい世界に挑むわけですから。ただ、本田宗一郎が自転車にエンジンをくっつけてバイクの原型を造りましたが、当時、アレが本当にビジネスになるって誰にもわからなかったはず。

――最後に、eMaaSのキモはモバイルパワーパックだと思います。コレはホンダ以外も巻き込んでいくんでしょうか。 

板井 二輪に関していうと、ホンダヤマハスズキカワサキの4社で一緒にやろうという話になっています。

――eMaaS、超楽しみになってきました!

取材・文/小沢コージ 写真協力/本田技研工業

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