あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る・・・。

この素敵な歌は「万葉集」に収められている額田王(ぬかたのおおきみ)が作った歌です。

作者の額田王は、飛鳥時代の皇族で、万葉歌人としても知られる高貴な女性です。彼女のこの歌が有名なのは、この歌が日本史史上に残るおそらく最初の三角関係恋物語を詠みこんだものだとされているからです。

今回は前回に引き続き、2人の天皇に愛された美しい歌人、額田王の人生と恋をご紹介します。

前回の記事はこちら。

夫の兄に見初められる

美しく、歌の才能もあった才色兼備の額田王。彼女は16歳で宮仕えを始めるとすぐに、時の女性天皇・皇極天皇(こうぎょくてんのう)に気に入られ、19歳の時に皇極天皇の2番目の皇子・大海人皇子(おおあまのおうじ)の妃となりました。やがて娘である十市皇女(とおちのひめみこ)が生まれ、額田王は女性としての幸せを噛み締めていました。

かしこの後、彼女に波乱が訪れました。若く美しく、歌を詠む才能もあった額田王を、夫・大海人皇子の兄である中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)が気に入ってしまったのです。

「大化の改新」の中大兄皇子

大海人皇子の事はともかく、中大兄皇子の名前を知る方は多いでしょう。彼は645年に皇極天皇の御前で有力豪族の蘇我入鹿を暗殺するクーデターを起こし、「大化の改新」で豪族中心の政治から皇族中心の政治へと国政改革を行った人物です。

それだけの事をやってのけた人物ですから、勇猛果敢で行動力がある半面、目的のためには手段を選ばない傍若無人な一面もありました。

弟の妻を横恋慕!?

弟の大海人皇子は中大兄皇子に協力して大化の改新を進める中で、兄のそうした性格を充分に知っていましたから、兄が自分の妻に目をつけていると聞いて危機感を抱いた事でしょう。その悪い予感は的中し、恐れていた事態が起こりました。

中大兄皇子が「自分の娘4人(大田皇女、大江皇女、新田部皇女、鸕野讃良皇女のちの持統天皇)を大海人皇子の妻として差し出すから、その代わりに額田王1人を譲ってくれ」と言い始めたのです・・・。

「その3」へつづく

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