この夏、岩手県の遠野で伝統芸能しし踊り」を見学させて頂きました。

異形の面をかぶった「しし(鹿or獅子)」や刀を閃かせた子供たちの勇壮な舞いが強く印象に残るこの踊りは、かつて民俗学者の柳田国男やなぎくにお)も、その代表作の一つ遠野物語にこう記しています。

勇壮なしし踊り。遠野駅前にて。

「……天神の山には祭りありて獅子踊りあり。ここにのみは軽く塵たち、紅き物いささかひらめきて一村の緑に映じたり。獅子踊りといふは鹿の舞いなり。鹿の角をつけたる面をかぶり童子五、六人剣を抜きてこれと共に舞うなり……」
※『遠野物語』序文より。

意訳すると「天神山のお祭りでは獅子踊りが演じられ、華やかな装束が山深い寒村を彩る。鹿の角をつけた面をかぶった者が抜刀した子供たちと一緒に舞い踊る……」と言ったところですが、初めて実物に接すると、その躍動感に血沸き肉躍る想いがしました。

そこで今回は、この「しし踊り」について紹介したいと思います。

しし踊りのルーツと種類

しし踊りの起源については諸説ありますが、その多くは生きていくために狩らねばならなかった鹿たちの供養をきっかけとして、やがて鹿の繁殖力にあやかって子孫繁栄や豊年満作を祈願するようになり、獅子舞や田楽踊りのように年中行事や祭礼に組み込まれていったようです。

しし踊りは遠野のみならず各地に伝えられますが、踊りのスタイルは大きく二つに分けられます。

太鼓踊りの例。花巻にて見学した鹿踊り。

一つはしし自身が太鼓を抱えて打ち鳴らしながら踊る「太鼓踊り」と、もう一つはししと別に笛や太鼓がいて、ししは身にまとった幕とカンナガラ(鉋殻)と呼ばれるたてがみをひるがえして踊る「幕踊り」で、遠野では後者の幕踊りが伝えられています。

ししだけが主役じゃない!幕踊りの役割あれこれ

幕踊りの大きな特徴の一つとして(ししのみがメインで踊る太鼓踊りに比べて)役割の多さが挙げられます。ここでは、隊列の順番にその役割を紹介していきます。

【世話人】
隊列の先導や踊り場所の確保や調整などを行う窓口的な存在で、心づけや問い合わせなどはこの人にすると話がスムーズでしょう。

【旗持ち】
文字通り保存会の名称などを記したのぼり旗を奉げ持つ名誉な役目であり、自分たちの誇りを示すべく、堂々と立っています。

躍れ踊れ、とにかく踊れ。見ているこっちまで踊りたくなってしまいます。

【種ふくべ】
ふくべ(瓢)とは瓢箪(ヒョウタン)のことで、大きな瓢箪を身に着けているのが目印です。愉快な踊りで隊列をリードする役割のため、すべての役を経験or熟知したベテランが務めるそうです。

【ふくべ】
小さな瓢箪を手に持って踊る役で、たいてい最年少の子供たちが可愛らしく頑張っています。中には長い踊りの途中で飽きたり疲れたりしちゃう子もいますが、そこはご愛敬。微笑ましく見守ってあげましょう。

【中たいこ】
ふくべの子たちが少し大きくなると、今度はフリキ(振木。房や鈴のついたバトン。綾棒)を舞わして躍ります。太鼓は持っていませんが、なぜ「中たいこ」と呼ばれるようになったのかは謎です

誰がどの役か、判りますか?

【刀かけ】
先ほど『遠野物語』でも言及されていた抜刀して踊る役で、見たところは中学生高校生以上がメインでした。白刃を煌めかせながら演ずる剣舞は幕踊りにおける見どころの一つですが、剣舞の由来などについてはやはり謎でした。

【笛・太鼓】
文字通り笛や太鼓を演奏して踊りを盛り上げるお囃子ですが、万が一ししが踊れなくなってしまった場合の代役も兼ねているため、ベテランが務め、面以外はしし役と同じ装束を着ています。

しし≒鹿?獅子?

さて、残るはししですが、その異形の面(しし頭)は鹿とも獅子ともつかない厳めしい形相をしています。これは各種動物の要素を組み合わせた霊獣であり、牛の角は農耕、鹿の眼は繁殖、龍の鼻は水源を表わし、耳は牛と鹿と龍を合成したそうですが、その丸っこくて可愛い耳のどの辺りが牛で鹿で龍なのかは謎となっています。

しし頭。アップで見るとかなりの迫力。遠野市立博物館にて。

伝承の起源は不明ですが、その姿に豊かな実りと子孫の幸福と繁栄を願う人々の願いが凝縮され、守り継がれてきたことが察せられます。

角の間に取りつけられたオブジェは建物(タテモノ)と呼ばれ、地域によって家紋(神社や伊達藩、南部藩など)や花鳥風月、地名などが多彩にデザインされています。

しし頭の素材は軽くて丈夫な桐材をメインに、折れやすい角は少し重いけど杉材、力のかからない部分はベニヤ板や紙で作るなど、時代によって改善の創意工夫も見られます。

素晴らしい躍動感。ちなみに、ちぎれ落ちたカンナガラは無病息災のお守りになるそうです。

また、腰差しから背中にのびた山鳥の尾羽は太陽を象徴し、たてがみのカンナガラは文字通り材木(ドロノキ)を鉋で削ったもので、踊り狂うししの動きに合わせて優雅になびきます。

幸運にもしし踊りを眼にする機会があったら、しし達のパフォーマンスはもちろん、こうした細かな造作にも注目することで、より有意義で楽しい体験となるでしょう。

終わりに

現在、遠野では16の保存会がしし踊りを伝承していますが、どの地域の演舞にもそれぞれの技や誇り、そして郷土に対する愛情が感じられます。

こういうものは、観るより踊った方が楽しそうですね。遠野ふるさと村にて。

「遠野のしし踊りは、花巻や奥州のとはまた一味違うからね」

そんな地元の方の一言に、岩手県の広さと文化の多彩性を堪能した旅でした。

※参考文献:
中野商店編『写真でわかる!遠野郷しし踊り大図鑑』中野商店、2010年6月13日 初版

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