裏切られた「暴露本」への期待

 内憂外患が続くドナルド・トランプ大統領の最大の政治課題は2020年大統領選で再選すること。

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 世論調査の支持率は40%に低迷、一対一の支持率競争では主要な民主党大統領候補4人にことごとくリードされている。

 再選される唯一の手段は中西部、南部のトランプ支持の白人層を堅持し、たとえ一般投票では負けてもこれらの州に分配されている選挙人数で民主党候補を上回ることしかない。

 そこで内政にしても外交にしてももすべてこれら支持層の「利益」になることしか念頭にない。

「米国第一主義」ならぬ「白人支持層第一主義」にならざるを得ない。

 こう見てくると、なぜ米中貿易戦争を激化させるのも対難民・不法移民政策や反地球温化政策も頷けるというものだ。

 そうした最中、国防長官として2年間支えたジェームズ・マティス退役海兵隊大将が新著を出した。

 タイトルは『Call Sign ChaosLearning to Lead*1、(コールサインカオス:指導者術を学ぶ)。ビング・ウエスト氏との共著となっている。

*1=「Chaos」はマティス氏が海兵隊に所属していた時のコールサインの一つ。

 34年間の海兵隊生活を振り返りながら参戦し、指揮した数々の戦場での出来事を取り上げ、軍人とは何かを書き記している。

 本書が出ると報じられるや、米メディアや一般読者が期待していたのは、権力者のそば近くいた人物がその職を去った後に書く、いわゆる「キス・アンド・テル」(内幕暴露のゴシップもの)だった。

 これまでに出たジャーナリストたちの内幕ものでは、マティス氏はトランプ大統領の無能ぶりに呆れ返り、馬鹿者呼ばわりしていたとされてきたからだ。

 そのマティス氏が本を書く以上、トランプ大統領への思いのたけをぶちまけるのではないかという期待があった。

 だが、マティス氏は謹厳実直、ストイックな独身を貫き通してきた「アメリカン・サムライ」だ。

 マティス氏は著書について通信社の記者にこう言っている。

「私はオールド・ファッション(古風)な男だ。現職大統領を批判するような野暮なことはしないよ」

 トランプ氏の名前は数回出てくるが、特にトランプ大統領の政治姿勢や政策についての言及は一切ない。ましてやその人格を傷つけるような記述は皆無だ。

 ところが現職ではない前元大統領の軍事政策や政治姿勢については厳しく批判している。

 その標的はバラク・オバマ大統領ジョー・バイデン前副大統領だ。ジョージ・W・ブッシュ大統領も手厳しく非難している。

撤退決めたオバマ氏を激しく批判

 2011年オバマ大統領(当時)はイラクからの2000人の兵力を撤退することを決定していた。マティス氏は当時、米中央軍司令官だった。

 マティス氏は著書でトランプ大統領の決定を辛辣に批判している。

大統領は、『我々はいま安定し、自立した主権国家イラクを後にする』と公言した」

「しかし、ペンタゴンや国務省がイラクが『安定し、自立した主権国家』といった表現を使ったことはなかった」

「私は情報機関によるいかなる報告の中にもこうした表現を見たことはない。レトリックで紛争が終結することなどあり得ない」

 オバマ大統領によるアフガニスタンからの兵力撤退についても手厳しい。

オバマ大統領アフガニスタンでの米軍の軍事活動をやめさせようと必死だった。ところが2010年大統領は渋々3万人の増強を渋々認めざるを得なかった」

「その一方でこれらの将兵は18か月後には米国に帰還させるとも約束した。私にとっての『撤退』とは我が軍が戦争に勝利した副産物だ」

「闘いに負けたいのであればともかく、戦闘終結がいつで、いつから我が兵力を撤収させるかなどを敵に教えるべきではない。地上での戦闘が今どうなっているのか、その戦況とは無関係に撤退云々を口にするとは・・」

 兵役に服することもなく、戦争がどんなものかも知らないオバマ大統領に何が分かるものか――。まさに「アメリカン・サムライ」の一喝だった。

 海兵隊では敵に対して勇猛果敢に攻撃を仕かけ、自分が正しいと思った時は上官だろうと誰だろうと真っ向から対立したマティス氏。

 まさに狂犬マティスの面目躍如といったところだ。

「イランはオバマを無能者と見ていた」

 オバマ氏のイラン政策についてもマティス氏は手厳しい。

 イランとの核合意には真っ向から反対した。その結果、米中央軍司令官を解雇された。

イランは和解し難い敵だ。イラン指導部はオバマ大統領は度しやすい無能者と見ていた。一例を挙げよう」

ワシントンホワイトハウスから目と鼻の先にあるレストランカフェ・ミラノで爆破事件が起こった。食事中の駐米サウジアラビア大使が殺された」

「あれは完全にイランによるものだという確固たる証拠があったにもかかわらず、オバマ政権は何もしなかった」

バイデン前副大統領もまた批判の対象

 矛先は、当時副大統領で、現在民主党大統領指名争いでトップを走っているジョー・バイデン氏にも向けられている。

 2010年バイデン副大統領イラクを電撃訪問した。米中央軍司令官のマティス氏も同行した。

「バイデン氏は私の耳元でこう囁いた。『なぜ、君は米中央軍司令官なのか知ってるかい。こんな割に合わないポストは誰もやりたがらないからだよ』」

「バイデン氏流の冗談だったが、事実だった。彼は立派な人だし、気立ての優しい人だ。だがイラクから一日も早く兵力を撤退させたいがために、結果がどうなろうと一切構わなかった」

「自分の決めたことに自信過剰になっていた。自分の状況判断が間違っているのにだ」

 バイデン氏としても国内政治を鑑みた大統領の兵力撤退決定には逆らえなかったのだろう。

 戦場から兵隊を撤収させる大統領ら指導者の決定が往々にしてその時の国内情勢を照らした政治的判断で下されていること、これに対する「軍師」の憤りは今もなお収まってはいない。

 このバイデン批判は、読みようによっては民主党大統領候補バイデン氏の指導力にネガティブインパクトを与えるかもしれない。

「米国は尖閣諸島を身をもって守る」
そう言い切る頼もしい国防長官

 日本人にとってマティス氏と言えば、就任1週間後に日本を訪問した米国防長官として記憶に残っている。

 これほど早い段階で訪日した国防長官は後にも先にもいない。

 安倍晋三首相ら政府首脳との会談では日米同盟の重要性を強烈にアピールした。

「米国は今政権移行したばかりだが、米国はあなたと日本国民と100%、心を合わせて協力していくことに一点の曇りもない」

「米国は日本が支配する尖閣諸島を守ることを再確認する」

 マティス氏は返す刀でこうも言っている。

「米国は南シナ海における航行の自由を堅持する。中国がこの海域に軍事施設を作っていることは許せない」

「一言で言えば、公海は公海だ(International waters are international waters)ということだ」

 マティス国防長官の登場が、中国首脳部を緊張させたことは言うまでもない。今も国防長官だったならば米中関係はどうなっていただろうか。

欠かせない同盟国への尊敬の念

 本書でマティス氏は「直接のトランプ批判は避けた」と書いた。が、末尾にはこんなくだりがある。

「私は(国防長官を辞めたことで)今混乱状態の中で燃え上がる領域を後にした」

「一体化した戦略がないために我々は混乱状態の中を漂流し、我々の友(同盟国)は困惑している」

「国家とは同盟国とともに栄え、同盟国を失えば滅びる」

「指導者の役割は必ずしも論客の役割とは一致しない。指導者にとっての戦略的洞察力とは何か」

「困難に直面した際、我々と共に戦ってくれる他の国(同盟国)に対する基本的な尊敬の念を伴わなければ意味がない」

 マティス氏が就任後真っ先に日本に飛んだのはまさに同盟国・日本への尊敬の念があったのだろう。

 日本はともかくとしてトランプ大統領の韓国に対する対応、北大西洋条約機構NATO)に対する居丈高な対応を見るにつけ、このマティス氏の記述はトランプ氏への熾烈な批判であり、警告と言える。

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