9月7日マサチューセッツ工科大学(MIT)メディア・ラボ所長を務めていた一人の日本人が、その職を辞しました。

JBpressですべての写真や図表を見る

 同時にニューヨークタイムズ取締役などの職も退いたことが国際的に伝えられています。

 彼の名は伊藤穣一。知る人は知る、影響力の大きな人物が失脚した形になっています。なぜ彼はMITを去らねばならなかったのか?

 すでに伝えられているように、伊藤氏は未成年者への性的搾取を目的とした人身取引の罪で有罪とされていた富豪、ジェフリー・エプスタイン(1953年1月20日2019年8月10日)から長年にわたって多額の資金援助を受け続け、かつそれを隠蔽し続けていたことが発覚しました。

 メディア・ラボ内部からも矢のような批判を受け、ついに辞任となったものでした。

 この事件については、いまだ日本国内では広く報道されていませんが、大学や研究機関の本質を考えるうえでも重要な点がいくつも含まれており、丁寧に検討してみたいと思います。

異例ずくめだった
伊藤穣一メディア・ラボ所長人事

 MITメディア・ラボは1985年に設立され、ネット時代の「情報」と「アート」を牽引する組織として内外に知られる存在となりました。

(MITメディアラボ所長就任時のインタビュー記事:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/13174

 私自身が所属する東京大学大学院情報学環が1999年に設立される折にも、メディア・ラボが一つの手本とされましたし、現在副所長を務める石井裕さんなど、日本人のリサーチャーも長年コミットメントがあります。

 今回辞任することになった伊藤穣一氏は1966年京都で生まれたのち、幼児期をカナダや米国で過ごし、インターネットパソコン通信一般化以前からマシンを自作するなど独学で草分け世代のネットワークエンジニアとなった人物です。

 高校時代は日本で過ごしたのち再び渡米、タフツ大学やシカゴ大学で学びますがいずれも中退、起業家として頭角を現し、ベンチャー投資家/エンジェル投資家として、またネットワーク時代の知識人として、全世界にその名を知られるようになりました。

 私は一度だけ、2005年頃と思いますが、黒川清さんの主催する昼食で伊藤穣一氏と同席したことがあります。流暢な日本語と英語を駆使してアグレッシブビジネスを進める人だな、という印象を持ちました。

 2011年の秋、当時の日本国内は東日本大震災福島第一原子力発電所事故直後で、いまだ騒然とした世情だったのを記憶していますが、MITメディア・ラボの所長に就任したというニュースが報じられ、全世界にちょっとした衝撃が走りました。

 彼は普通の意味で大学を卒業していません。いくつかのコースを修了していますが、バチェラーつまり学士を持っていない。

 もちろん修士もなければ博士でもない。マサチューセッツ工科大学の普通の教授に迎えられることが、そもそも考えにくい。

 ところがいきなり「所長」として無学位の日本人が迎え入れられるという報道でしたから、全世界は驚いたわけです。でも、私は「なるほどな」と思いました。

 学位がある、ない、以前に、伊藤氏は「メディア・ラボ」のいかなる専門でも仕事をしていません。

 しかし「クリエイティブ・コモンズ」などコピーライトに関わる問題にはコミットしており、かつ巨大な資産家で投資家としても知られていました。

 私が第一に理解したことは、経営の立て直しだろう、ということです。

 2008年秋に発生したリーマンショックでMITが莫大な含み損を生み出したことは伝えられていましたが、メディア・ラボ単体で何が起きていたかは知りませんでした。

 ここで学位取得はもとより研究とも教育とも縁遠く、ファイナンスで活躍してきた彼をトップに迎え入れるというのは「経営トップ」として以外には考えられません。

 メディア・ラボもいろいろ資金繰りに苦労しているのであろうことが、全くの貧乏所帯ですが私も大学研究室を主宰する一人ではありますので、はっきりと察せられました。

 そして実際、比較的早い時期から、伊藤メディア・ラボ所長はエプスタイン・マネーと関わりがあったこと、かつそれを意図的に隠蔽し、大学当局にも嘘をついていたことが、今回、「The New Yorker」に暴露されたことで、あらゆる職を辞することになった。

 後者は報じられていますが、前者すなわち彼のMIT着任の経緯は今回の報道で触れられているのをまだ見ていません。

 ここには「大学経営」を巡る難しい問題が存在しますが、それに踏み込む以前に「エプスタイン事件」に簡単に触れておきましょう。

ビデオ監視の「乱交島」と不可解な自殺

 ジェフリー・エプスタインは1953年ニューヨークで生まれ、ニューヨーク大学卒業、大学院に進学しますが学位を取ることなく31歳でアカデミーを去り、高校で数学・物理の教師として生計を立てるようになります。

 この30代前半の時期、彼は生徒の父兄としてベア・スターンズ証券の中興の祖アラン・グリンバーグと知り合い、グリンバーグは彼の才能を認めて1976年、ベア・スターンズに職位を与えました。

 ここでエプスタインは、ほとんど最低の職位からスタートしながら、富裕な顧客に取り入り、複雑な問題を解決する手腕を発揮し、わずか4年でパートナーに就任するという大出世を遂げます。

 言うまでもありませんが、ベア・スターンズはのちに2008年、サブプライム破綻で主役を演じ、ニューヨーク連銀が特例の融資を行ってJPモルガン・チェースに救済買収され、消滅することになります。

 エプスタインが異例の出世を果たした陰には1978年にグリンバーグが会長に就任した経緯があったようです。

 1981年、エプスタインは独立して自身のコンサルティング・ファームを主催、以降、冷戦末期からネット経済成立の初期にかけて着実に力をつけ、ヘッジファンドオーナーとして君臨するようになります。

 プライベートではカリブ海に浮かぶヴァージン諸島「リトル・セント・ジェームズ島」を所有、80エーカー(=10万坪ほど)、つまり東京ドーム8個分ほどの、逃げ場のない孤島で10代の少女たちが乱交パーティーに参加させられたことが、のちのち明らかにされていきます。

 この「プライベート・アイランド」には米国内外の政財界要人が飛行機で訪れていることが知られています。

 例えばビル・クリントン大統領や英国のアンドルー王子は複数回この島に降り立ったことが確認され、彼らが未成年者と性行為に及んだ疑惑も指摘されています。

 エプスタインは、警察のいない彼の「島」での「セキュリティ」のため、として随所にビデオカメラを仕込み、そこで有力者に性的な接待を行うとともに、それらの模様を記録して脅迫などに使用していた容疑がかけられていました。

 とはいえ、何もこの島を訪れた人がすべて、未成年者との乱交に及んだわけではありません。エプスタインはもう一つ重要な「政略」を持っていました。アカデミーです。

 例えば、亡くなった宇宙物理学スティーヴン・ホーキングは、エプスタインがこの島で主催した素粒子物理・宇宙論の国際会議のために、複数のノーベル物理学賞受賞者たちとともに来訪しています。

 エプスタインは2005年から06年にかけて、フロリダ州パームビーチの私邸内で未成年の少女に300ドルほどの金銭を払い、性的なマッサージをさせていた容疑で禁固1年1か月の判決を受けます。

 この折、エプスタインの弁護人を務めたのは、のちにドナルド・トランプ政権で労働長官に指名されるアレクサンダー・アコスタでした。

 アコスタは、エプスタインに児童買春一件を認めさせて性犯罪者登録するとともに、連邦レベルでの訴追を免れるなどの減刑に便宜を計った容疑がかけられています。

 このエプスタインと秘密裏の司法取引を糾弾され、アコスタは2019年7月12日に辞職しました。

 これに先立つ7月6日、パリから自家用飛行機ニュージャージーに戻ってきたエプスタインは身柄を拘束され、マンハッタンの監獄「メトロポリタン矯正センター」に収監されます。

 アコスタ労働長官の辞任はこのような状況下での出来事でした。

 ところが8月10日、エプスタインは監獄内で「自殺」死体となって発見されます。

 遺体の所見は「自殺」としては例外的な特徴を示しているとも報じられています。

 ドナルド・トランプ大統領は、エプスタインの死にビル・クリントンヒラリー・クリントンが関わっているとするツイートリツイートしたりもしています。

 いまだ1か月を経ていない、極めて生々しい事態が動いています。

MITで何が起きていたのか?

 このように、今現在も不可解な出来事が起こり続けているエプスタイン事件ですが、MITメディア・ラボはいったいどのような疑惑に巻き込まれたのでしょうか?

 端的に言うと、エプスタイン・マネーはかなり汚れた「犯罪の上がり」であった可能性が高く、有罪判決以降、彼の名はMITがオフィシャルに寄付金を受け付けることができないブラックリストに載るようになっていたのです。

 ところが、その「エプスタイン・マネー」を伊藤穣一所長はメディア・ラボの資金として20年間で80万ドルを受け入れていたことが今回発覚しました。

 さらに伊藤氏個人の投資口座にも120万ドルが振り込まれ、さらにビル・ゲイツ財団などを経由して一種の「マネーロンダリング」で工作したうえ、750万ドル(約8億円)を受け取っていたことが露見してしまいました。

 これらに際して、伊藤氏からスタッフに匿名での処理や「名前を言ってはいけない、あの人、He-Who-Must-Not-Be-Named」などとして伏せるよう指示されていたことも明らかになっています。

 こうした「困った資金」の受領は、しかし、決して伊藤氏単体で判断したものではないらしい。

 メディア・ラボを設立したニコラス・ネグロポンテは「もらえるものはもらっておけ」式の発言を疑惑が明らかになってからも続け、女性研究者と論争になるなど、泥沼の状態を呈している様子です。

 一連の問題の本質的な背景は、大学が研究教育の場という以上に、営利の場、あるいは投機によって生じた負債の埋め合わせなど、本道から外れた金銭空転の場に転じてしまったことにあると指摘する必要があるように思います。

 我が国でも研究能力を持たなかったり、自身が学位を取得しておらず学生指導ができない大学教授職が様々な問題を起こし、発覚して処分されるケースが後を絶ちません。

 特例的な人事などというときには、何らかの背景があることが少なくないように思います。

 伊藤穣一MITメディア・ラボ所長という、常識的にはあり得ない人事の背景には「財務」の事情が密接に関わっていた可能性が高い。

 込み入った背景については、続稿での検討を準備する念頭です。

 何であれ、副所長の石井裕さんを筆頭に、良心的なメディア・ラボのメンバー自浄作用を発揮して、あるべきアカデミアの本道に戻られることを期待したいと思います。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  世界を見ていない「国際」トリエンナーレ

[関連記事]

犠牲者名を伏せて見える「京アニ事件」本質的な罪

アーティストのいない「失敗トリエンナーレ」

2017年1月17日、スイスで開かれたダボス会議に出席した伊藤穣一氏(写真:ロイター/アフロ)