(北村 淳:軍事社会学者)

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 トランプ大統領は、前回の大統領選挙期間中から、アメリカの同盟諸国、とりわけドイツと日本は駐留米軍関連費用の負担を大幅に増加すべきであるという、いわゆる「安全保障ただ乗り論」を有権者に訴えていた。大統領就任後もトランプ大統領は「ただ乗り論」に固執している。

 そして最近は、「アメリカの同盟諸国は、これまでどおりにアメリカ軍の駐留を維持してほしければ、米軍駐留経費の全額はもちろん、その半額をプラスした米軍駐留関係予算を負担すべきである」という「総経費プラス50%論」を唱え始めている。

トランプが好む「ただ乗り論」

 トランプ大統領は、大統領に就任してからも、ことあるごとにドイツの「ただ乗り論」を口にし続けている。実際にドイツは駐留米軍関連費用の30%未満しか支出していない。そのため、トランプ大統領に限らず米軍関係者にも、ドイツをはじめとする西ヨーロッパ諸国に対して「総経費プラス50%論」はともかく、少なくとも米軍駐留経費に対する負担を増やすべきだとの意見を口にする人々は多い。

 ところが日本に対しては、経済的負担増を求めるトランプ政権のトーンは控えめになっている。なぜなら日米同盟に造詣の深い軍事専門家たちの間から、「日本は条約上の義務を上回る諸経費を負担しており、ドイツやヨーロッパ諸国と違って米軍駐留費用の70%程度を支出している」という現実が指摘されているからだ。

 しかしながら、ドイツや日本をはじめとする「裕福な同盟諸国」に米軍駐留費用の増額を求めるのは、トランプ大統領が選挙期間中から現在に至るまで持ち続けている基本方針であり、日本に対してこの基本方針を捨て去ったわけではない。

 トランプ政権は韓国に対しては「総経費プラス50%」を強く要求している。一方、日本に対しては、現時点ではイージス・アショアF-35戦闘機のような高額目玉商品の購入に気をよくしていることもあり、要求を正面切って押しつけることは控えているようである。だが、大統領選挙戦の状況などによっては、日本にも矛先が向けられる可能性は高い。

「日本への負担増加の要求は差し控えるべき」

 このように安全保障問題も経済中心で判断する傾向があるトランプ大統領に対して、「在日米軍駐留経費の負担増を日本に強く要求するのは、現時点では得策ではない」という主張が、極東戦略に造詣の深い軍事専門家たちの間で唱えられている。

 それらの人々が念頭に置いているのは中国の脅威である。現在、米軍専門家たちの予想をはるかに上回るスピードで、中国が海洋戦力(海軍力、航空戦力、長射程ミサイル戦力)を強化している。それによって南シナ海や東シナ海はもとより西太平洋でのアメリカの軍事的優勢、すなわち覇権が脅かされつつある状況を大いに危惧しているのだ。

在日米軍施設は "SITTING DUCK" だ

 第2次世界大戦以降、アメリカが手にし続けてきた太平洋インド洋での覇権を今後も確保しておくためには、中国との軍事衝突をも想定した態勢を可及的速やかに確立しておかなければならない。そのための最も現実的な方策は、中国軍が言うところの第1列島線上に出撃や迎撃、補給のための軍事拠点を確保することである。

 現時点においても、アメリカ軍はそのような軍事拠点を日米同盟に基づき日本に確保してはいる。しかし、日本に設置してある米軍施設の現状は中国軍ミサイル戦力の前では“sitting duck”(無防備な標的)にすぎなくなってきている。

 なぜならば、米中軍事衝突が発生した場合には、中国軍が日本に位置するアメリカの主要な前方展開基地(嘉手納航空基地、三沢航空基地、横田航空基地、岩国航空基地、普天間航空基地、佐世保海軍基地、横須賀海軍基地)に長射程ミサイル攻撃を加えることは必至であるからだ。

 アメリカ国防総省が連邦議会に提出したレポートにも示されているように、このような攻撃に用いられる各種長射程ミサイル弾道ミサイル、長距離巡航ミサイル)を中国軍は少なくとも1000基以上実戦配備をしているのは確実であり、その数は2000基にものぼるというシンクタンクの推計もある。弾道ミサイルの場合は、米軍が張り巡らせてある監視衛星をはじめとする各種センサーによってミサイル発射を感知してから6~9分以内という極めて短時間で、在日米軍施設に弾道ミサイル弾頭が降り注いでくる。

在日米軍は開戦劈頭(へきとう)で撃破される

 米軍内部やシンクタンクなどが繰り返し実施している中国軍による在日米軍に対する攻撃シミュレーションのほとんどが、アメリカ軍側に勝利の見込みはないことを示している。

 たとえば "Center for New American Security" が公開したシミュレーションによると、米中軍事衝突が勃発すると同時に、中国ロケット軍や中国艦艇から発射された各種ミサイル在日米軍施設に注ぎ、200機以上の戦闘機は地上で破壊され、滑走路は航空機が発進できない状況になり、司令部施設や補給施設も破壊され、運悪く軍港に係留していた軍艦は軍港内で撃沈されてしまい、数百億ドルに上る米軍装備は米中開戦30分以内に消滅してしまう。これと似通った結果はランド研究所が公開したシミュレーションでも指摘されている。 

 このようなシミュレーションの結果を深刻に受け止めた国防総省でも、「F-35は大空においては無敵かもしれない。しかし、それらの大半は地上(日本の航空基地)で撃破されてしまうことになる」と、中国による在日米軍基地への集中ミサイル攻撃、対米短期激烈戦争、に危機感を募らせている。

・基地の集中は命取りだ

 このような「開戦直後の全滅」は、在日米軍基地、とりわけ航空基地と海軍基地がわずか7カ所に集中していることに起因している。したがって、戦力強化が著しい中国海洋戦力に対処するためには、日本に設置するアメリカ航空基地(空軍、海軍、海兵隊)とアメリカ海軍基地、それらに伴う補給施設を可能な限り数多く分散させる必要があるのだ。

 このように考える対中戦略家たちは、中国に西太平洋からインド洋にかけての覇権を奪われないためには、経済的負担よりはるかに重要な負担を日本に要求しなければならず、このような時期に「総経費プラス50%」などを持ち出したら全てがぶちこわしになってしまう、とトランプ政権に対して釘を刺しているのである。

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米軍の普天間飛行場(2016年6月17日、写真:UPI/アフロ)