香港の各所に設置されているレノンウォール

◆遅すぎた「逃亡犯条例改正案撤回」
 逃亡犯条例改正案が撤回されてから1週間あまり、なおも香港の人々が戦い続けている。

「早い時期に撤回されていたら抗議活動は収束に向かったでしょうが、今さら逃亡犯条例だけを白紙にしても遅すぎる」

 こう話すのは、香港で活躍するタレントで、’03年以降、常に香港市民と抗議活動に身を投じてきたRieさんだ。

「香港市民は五大要求を政府に提示してきました。逃亡犯条例改正案の撤回のほかに、抗議活動を『暴動』とみなす見解の撤回デモ参加者の逮捕及び起訴の中止警察の過度な暴力的制圧に対する責任追及、そして林鄭月蛾(キャリー・ラム)行政長官の辞任と普通選挙の実現です。なかでも警察の行動はどんどんエスカレートしています。本来は屋内での使用が禁止されている催涙弾を屋内でも発射し、ゴム弾を至近距離で発射し、逮捕者を複雑骨折させたり、実弾の入った拳銃を市民や記者に向けたりもしている。2014年に起きた雨傘運動は普通選挙権という今までにないものを勝ち取るためのデモでしたが、今回のデモは香港の自由と生活を守るための戦いなんです。だから、若者から親世代、シルバー世代、司法界、金融界、医療業界、航空業界、教職関係者、公務員まで多くの人が傷つきながらも抗議の声をあげ続けている」

◆「デモ隊が暴徒化」は実態と異なる
 その戦いは危険と隣り合わせだ。デモ隊は時に立法会を占拠し、香港警察を包囲するなど、硬軟織り交ぜながら抗議活動を続けている。その一つの側面が切り取られて、日本では「デモ隊が暴徒化」などと報道されることもある。だが、実態は異なるという。

「理由もなく町中の商店を襲撃したり、一般市民に危害を加えることはまったくありません。あくまで抗議の対象は香港の行政府や香港警察ですから。日本の人から見れば過激な行動と思えるかもしれませんが、立法会を破壊し、占拠したり、警察に対してレンガ火炎瓶を投げるのは抗議活動の一環なんです。8月25日には一部のデモ隊がレストランや雀荘を破壊したと報じられましたが、これにも理由がある。今、香港では白シャツ姿の犯罪集団が抗議者たちを襲撃しています。8月5日には一人の男性が彼らに襲われて手足を切りつけられ、左足の感覚を失ってしまいました。デモ隊が破壊したレストランや雀荘は、その犯罪集団が経営する店だったのです。警察に任せれば?と思うかもしれませんが、警察はまったく信用できません。8月31日には地下鉄で警察の無差別襲撃事件が起き、血まみれの人たちごと警察は駅を封鎖。救援隊を中に入れさせず、けが人が2時間以上放置されたことで、翌9月1日には激しい抗議活動が繰り広げられました。その後も青年が複数の警察に押しつぶされて意識不明の重体となり、9月7日にはまったく破壊活動をしていない高校生が何人もの警察によって肩と右手小指の骨折と頭を縫う怪我を負わされるなど、行き過ぎた暴力行為が頻発しているんです」

 もちろん、香港市民が過激な抗議活動を全面的に肯定しているわけでもない。しかし、抗議者たちは葛藤しつつも過激な抗議活動を「非難」するような声はないという。

「最前線で戦う人たちを“勇武派”、平和的なデモ活動を行っている人たちを“和理非”(平和・理性・非暴力の意)と呼びますが、抗議の声をあげるだけでは香港政府が動かないことをみんな認識している。和理非からすると、自分たちにできない方法で勇武派が香港政府にプレッシャーをかけてくれていたので、ようやく逃亡犯条例改正案が撤回された、と感謝している。だって、怖いんですよ、今の警察は。最前線で相対したら怪我はするし、下手したら死ぬかもしれない。そんな勇武派が傷つかないようにと、心配している和理非が多いんです。だから、逃亡犯条例改正案撤回後に抗議活動が激しさを増しても、和理非のなかで勇武派を非難するような声は上がっていません」

◆デモに参加せずとも陰で支える市民の思い
 デモには参加しないものの、影で彼らを支え続ける香港市民も多い。少々さかのぼるが7月には、ある金物屋の投書が香港のネットメディア立場新聞』に掲載され、話題になったという。Rieさんに翻訳してもらったので読んでみてほしい。

金物屋さんの投稿があった「立場新聞」。香港市民の間では知らない人はいない人気ネットメディア

Webで発信されたある投稿
――――――
「このガスマスクで催涙ガスは防げますか?」

 これが、この6月に最も多く聞かれた、最も答えが難しい質問だった。
 6月12日の朝、全香港がストライキの空気に満ち溢れていた。私が働く金物屋の電話やケータイのWhatsAppは鳴りやむことがなかった。平日はほとんどのお客さんが工事か内装の職人だが、今日は防護用の道具を買いたいという青年ばかりだ。

 店に着くとすでに中学生グループが店の外で待っているのが見えた。彼らがもぞもぞしていたので店の同僚が声をかけると、小さな声で「ヘルメットがほしい」。同時に、少し恥ずかしそうに、「僕たち、中学生で……お金がなくて、少し安くしてもらえませんか?」と言ってきた。

 当時の金鐘(註:政府庁舎が集中するデモの中心地)の雰囲気は緊迫していた。多くの人が防護用道具を買いに来た。ある人は一人で100個近いヘルメットを買っていった。一度には運べないので、汗をかきながら蟻のように少しずつ運んでいった。
 物資ステーションは撤去されたが、物資を販売する金物屋は商売だから干渉されることはない。

 私たちは物を売るとき、使い方を聞くことはない。敏感な質問には答えない。こういった中立の態度で通常どおり営業している。
 しかし、こんな白黒逆転した今の香港では政治的理由によってリサイクル倉庫でも武器倉庫として摘発された例がある(過去のニュースより)。この金物屋だって、いつどんな危険な立場になる覚悟しなくてはならない。

 6月12日のあと、状況は激化した。毎晩営業時間を延長した。
 デモ参加者たちはみんな自分の身を守る道具の問い合わせばかりをしてきて、警察と闘う武器を買いたいという問い合わせは一つもなかった。マスク、ガスマスクフィルターゴーグル、ヘルメットなどの防御用の道具は飛ぶように売れた。しかし、店内にある刃物やノコギリ、金づち、スパナ、ペンチ、電気ドリルガソリン、シンナー、研磨機、電動ノコギリなど、攻撃性のある道具は売れるどころか、置いてあるかと聞かれることすらなかったし、誰も一瞥もしなかった。

「今晩は何時まで開いてますか?」
 朝5時、仕事用電話のWhatsAppメッセージが入っていた。
「あなたが来るまで待ってますよ」
 朝8時、私はそう返事した。
「今晩できるだけ早く行きます! 家族と友達にあげる性能のいいマスクを買いたいです」
 すぐに返事が来たということは、彼女は寝ていなかったのかもしれない。
「このガスマスクは“いいモノ”ですか? 催涙弾を防いだり……」

 難しい質問がまた飛んできた。
 この日のデモで命が守られるかどうかなんて誰にもわからない。こんな危険な道を一体、誰が歩ませているというのか?
 私は彼女の欲しい物を確保した。その女子大生は夕方5時頃、店に来た。
 この時期、香港はかなり状況が厳しくなり、ほかの同業店には警察の見回りが来るという情報が入った。特に金物屋が集中している通りを見回っていた。ある店では会社名義のお客さんにしか物を売らないことにしていた。
 政治的弾圧の下、私たち金物屋は自分たちの責務として車を呼んで、お客さんが買ったものを車に積んだ。しかし、これは少し心が痛んだ。まるで、戦場に行く彼らを見送るような気分だったからだ。

「こんにちは。ネットで買う場合、クレジットカードが必要ですか?」
「銀行口座から引き落としでも大丈夫ですよ」
「僕は13歳で、銀行口座を持っていません」

 同僚はこの会話でやるせない気持ちになったという。
 土曜日、私は休日返上で店を開けた。予約が多かったからだ。問い合わせをしてきたその子供も含めて。
 その日、開店してすぐ、その少年の姿があった。
お母さんに早めにお店に行っておいでと言われたから」
 何度も彼には売りたくないと思った。しかし、会話をしているうちに、私が彼に売らなくても彼と彼の仲間たちは金鐘に行くのだと悟った。彼らを止めることができるのは、ただ一人。“香港の母”(行政長官が自称)だけなのだ。

 ある青年が抗議活動中に転落死した日の夜、あの13歳の少年が切羽詰まった様子で私にメッセージを送ってきた。
「ガスマスクは催涙弾を防げますか? 本当のことを教えてほしい」
「本当に防げる?」

 二度三度と同じ質問をしてきた。
 そのメッセージを見ているだけでも私には彼の動揺がよく伝わってきた。
100%とは言えないよ。ただし、一般的に買えるもののなかでは一番性能がいいよ」
大丈夫とはいっても、よく気を付けるんだよ。前に行きすぎたらダメだ。今日ひとつの命が失われた。君とこうして会ったのも何かの縁だ。僕は君が何もしないことを願っている」

 この夜、この13歳の子供だけでなく、31歳の私も動揺していた。
「今度、あなたに食事をご馳走させてください」
 13歳の子供は最後にこうメッセージを送ってきた。
「じゃあ、自分をよく守るんだよ。君と食事に行く機会を楽しみに待っているね」
 こう返信したあと、私は彼とのすべての会話の記録を消去した。そして、気がつくと、店内の防犯カメラはどういうわけだが故障していて、録画記録は残念ながらご臨終(壽終正寝)となっていた。

――― 『立場新聞』より ―――

 投稿者が誰なのかはわかっていない。よくできた作り話である可能性も否定できない。しかし、デモに参加していない香港市民もデモ隊を支持しているのは紛れもない事実。過激な抗議活動が続く中でも、“香港の母”の支持率は急降下しているのだ。

●Rie/香港永住日本人タレント
’00年に留学したことをきっかけに香港に定住。’03年に香港の自由を縛る国家安全保障条例に抗議する50万人デモ以来、常に香港市民たちと抗議活動に参加。香港では日本人タレントとして、日本の観光地を紹介する香港の長寿番組『日本大放送Go!JapanTV』(香港ViuTV)に15年以上もレギュラー出演中。ツイッター@japanavi)では今回のデモの情報を毎日発信している

<取材・文/池垣完 写真/Rie>

香港の各所に設置されているレノンウォール