川崎スクールバス襲撃事件、大阪交番襲撃事件、京都アニメーション放火事件……。令和に入ってから、目を覆うような凶悪事件が相次いでいる。これらの事件には共通点がある。犯人がいずれも「男」なのだ。こうした事件の背景に何があるのか。小誌連載で、男性と女性の「違い」について指摘する作家の橘玲氏が読み解く。

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「男という性」に攻撃性・暴力性が潜んでいる

「男」であることが犯罪リスクを大きく高めることは、統計的に明らかです。アメリカの調査でも、凶悪犯罪者の9割は男で、人種や宗教、生育環境による差はほとんどありませんでした。唯一、はっきり現れたのが、性差。もちろん、男性イコール犯罪者ではありませんが、「男という性」に攻撃性・暴力性が潜んでいることは間違いありません。

 なぜ、男は凶悪犯罪を起こすのか。

 進化論的には、男は「競争する性」、女は「選択する性」として「設計」されています。すべての生き物は、できるだけ多くの子孫(利己的な遺伝子)を後世に残すようにプログラミングされており、哺乳類や鳥類の多くでは、オスが競争し、メスが食料や安全などの「資源=支援」をもっとも多く与えてくれるオスを選ぶのが性戦略の基本です。もちろん、ヒトも例外ではありません。

 男児は思春期を迎えると、男性ホルモンであるテストステロンのレベルが急上昇します。これによって、他の男たちを押しのけて一人でも多くの女性を獲得するきびしい競争に乗り出すことができるのです。

 テストステロンが筋肉質の身体や彫りの深い顔立ち、低音の声などの「男らしさ」に関係するだけでなく、徒党を組んで競争を好み、支配欲や攻撃性を高めることは様々な研究で確認されています。実際、アメリカで続けて起きた銃乱射事件の犯人の共通点は、もっともテストステロンのレベルが高い「20代の男」です。

40代の凶悪犯罪が多いという日本の「特殊性」

 日本の「特殊性」は、欧米の凶悪犯罪とは異なり、20代より40代の凶悪犯罪が目立つことです。この世代は「団塊ジュニア」(1971~74年生まれ)を中心に、就職氷河期の直撃を受けた「ロストジェネレーション」でもあります。バブル崩壊後の不況期において、いちばん割を食ったのは彼らでした。

 当時の政治・行政の課題は、社会の中核をなす中年の大卒男性、いわゆる「団塊世代」(1947~49年生まれ)の雇用と生活を守ることでした。その結果、皮肉なことに、彼らの子どもたちである団塊ジュニアの雇用が破壊され、非正規など低所得の仕事に就くことを余儀なくされたのです。

「中高年ひきこもり調査」の衝撃

 2019年3月、内閣府は「40~64歳のひきこもり状態のひとが全国に61万3000人いる」と発表し、社会に大きな衝撃を与えましたが、その4分の3は男性です。

 対照的に、いまの日本経済は空前の人手不足で、20代の就職は超売り手市場。大卒なら誰でも正社員になれる彼らの生活満足度がきわめて高いのも当然でしょう。一方的に割を食った団塊ジュニアとは、その境遇に雲泥の差があります。

 ロスジェネ世代は仕事=社会から排除されて孤立しやすいのに加えて、男の場合、「性愛」からも排除されてしまいます。報道によれば、凶悪事件の犯人たちに、妻や恋人などがいた形跡はありません。

 未婚率の上昇が懸念されていますが、実は男女でかなりの差があります。50歳時点で一度も結婚したことのない割合は、2015年時点の調査で、女性14.1%に対して男性はほぼ倍の23.4%です。

「持たざる者」は「モテない」

 なぜ男の未婚率だけがこれほど高いのか。その理由は、結婚と離婚を繰り返すことで、一部の男が複数の女と結婚しているからです。先進国はどこも法的には一夫一妻制ですが、その実態は「時間差の一夫多妻制」なのです。

 婚活サイトビッグデータ明らかなように、女がモテる最大の要素が「若さ」で、男は「カネ」です。恋愛の基本形はカネとエロスの交換、すなわち売春です。

 この「男女の性愛の非対称性」によって、男の場合、社会的・経済的な成功者=「持てる者」は、複数の女から「モテる者」になる一方で、金も権力もない「持たざる者」は、女性の関心を惹くことができず「モテない」のです。これは、ネットスラングで「モテ/非モテ問題」と呼ばれます。

 低所得の男は社会的・経済的に排除され、同時に性愛からも排除されることで、人生を丸ごと否定されてしまいます。ところが、貧困問題が声高に叫ばれる一方で、経済格差が性愛格差に直結することは、これまでタブーとされてきました。

 男の分断は、日本に限ったことではありません。アメリカでは、「非モテ」の男性たちは「インセルIncel)」と呼ばれます。「Involuntary celibate(非自発的禁欲)」の略で、ネット上の自虐的な俗語として急速に広まりました。

非モテのテロリズムが頻発

 きっかけは2014年5月に起きた無差別銃撃事件で、犯人のエリオットロジャー(当時22歳)は「インセル」を名乗り、自分に関心をもたない女たちへの復讐が目的だと「犯行声明」を発表したのです。この事件以降、アメリカでは自称「インセル」による凶悪事件が立て続けに起きました。これはまさに“非モテのテロリズム”です。

 自由恋愛では、「非モテ」の男は社会からも性愛からも排除される苦境に追いやられますが、男を「抑圧する側=マジョリティ」と見なす「リベラル」は、これまで「非モテ」の存在を黙殺してきました。LGBTのような「見えやすいマイノリティ」を支援した方が気分がいいからです。

 評論家の御田寺圭(みたてらけい)さんは、これを「大きく黒い犬の問題」と名付けました。捨て犬の保護施設では、毛並みの明るい犬や小型犬は容易に引き取り手が見つかりますが、「大きく黒い犬」はほとんどが殺処分されてしまいます。同様に現代社会では、「非モテ」の男は救済の対象と見なされず、不都合な存在として世間から抹殺されているというのです。――この問題は拙著『上級国民/下級国民』(小学館新書)で詳述しています。

 8月9日に横浜の路上で通り魔事件が起きましたが、犯人は46歳無職の男性でした。昨今の凶悪事件の犯人たちの共通点が「ロスジェネ世代の男」であることは、もはや明らかでしょう。

子育ては親の努力ではどうにもならない「運次第」

 元農水次官が「世間に迷惑をかけたくない」と、ひきこもりで暴力をふるう44歳の息子を殺害した事件は、男の子をもつすべての親に衝撃を与えました。これまで、子どもを大学に入れれば、あるいは就職させれば「子育ては終わり」とされてきました。ところがいまでは、「人生を丸ごと否定された」息子が、40代になって家に戻ってくるかもしれない。「子育てに終わりはない」のです。

 この問題がタブー視されるのは、解決の方途がないからです。お金を配ることはできますが、女は「分配」できませんから。だったら、親はどうすればいいのか。

 日本の社会が学歴で分断されていることが明らかである以上、「いい大学を出る」ことや「有名企業に勤める」ことには、まだそれなりの効果があるでしょう。しかしそれでも、自由恋愛市場のきびしい競争の中で、子どもコミュ力の高い「モテ」になれるかどうかはわかりません。“言ってはいけない”のかもしれませんが、子育ては親の努力ではどうにもならない「運次第」なのでしょう。

(橘 玲/週刊文春 2019年9月5日号)

岩崎隆一容疑者が20人を殺傷した川崎市登戸の現場 ©松本輝一/文藝春秋