名誉の切腹許さず、首刎ねる

 ドナルド・トランプ大統領がネオコン(新保守主義)生き残りの強硬派、ジョン・ボルトン大統領国家安全保障担当補佐官の首を刎ねた。

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 ボルトン氏は切腹(辞任)を願い出たが、斬首した。

 首を刎ねた後も「君はいくつものの重大なミスを犯した」と口汚く罵った。

 ボルトン氏がジョージ・W・ブッシュ(子)政権下で政府高官として無謀なイラク侵攻を推進させた「前歴」まで持ち出して批判した。

 トランプ大統領は政権発足から963日現在で2人の国家安全保障担当補佐官、2人の大統領首席補佐官、司法長官、連邦捜査局(FBI)長官を更迭。

 国務長官、国土安全保障長官、労働、厚生、内務、在郷軍人各長官を次々と辞任に追いやった。

 さすがに「狂犬マティス」国防長官は反発して辞表を叩きつけた。

 トランプ大統領は昨今、金融政策を巡って自分の意のままにならないジェロームパウエル連邦制度準備委員会(FRB)の解任すらほのめかしている。いずれ首を刎ねるつもりなのだろう。

 政権とは、自分が長年やってきた不動産・ゴルフ・ギャンブル企業のようなつもりでいるのだ。

 気に入らない重役や役員は鶴の一声で解雇するワンマン社長の手口だ。

保守派は評価二分

 米メディアはこのボルトン更迭に様々な解説を載せている。

 保守系メディアでもトランプ政権では屈指の外交専門家が去るのを惜しむジャーナリストもいれば、「官僚制度に住み着いてたサナダムシが退治された」と歓迎するジャーナリストもいる。

 フォックスニュースの人気キャスターでトランプ大統領の「影のアドバイザー」といわれてるタッカー・カールソン記者はまさに後者だ。

 ボルトン氏とは犬猿の仲だった。

 リベラル派や中道派では、トランプ外交に幅ができる可能性が出てきたと評価する論評が目立っている。

『ザ・ニューヨーカー』のコラムニスト、スーザン・グラッサー氏はこう指摘している。

ボルトンは去った。ソロバン勘定的世界観(Transactional world view)のトランプ大統領と、タカ派教理主義者(Hawkish catechism)のボルトン氏との路線対立にケリがついた」

ボルトン氏という口うるさい保守派教理主義者がいなくなったおかげで、大統領北朝鮮金正恩朝鮮労働党委員長)だけでなく、『世界の悪玉』とされてきたイランアフガニスタンタリバンの最高指導者と白昼堂々取引することができるようになった」

 果たして、トランプ大統領の「ソロバン勘定的世界観」では何が狙いなのか。

 来年の大統領選での再選もある。が、もっと欲しいものがある。ノーベル平和賞だ。

(かって安倍晋三首相がトランプ氏をノーベル平和賞候補として推薦したことを知らされて有頂天になったことはすでに世界中が知っている)

『ジ・アトランティック』のトーマス・ライト氏はこう言い切っている。

「これでトランプ大統領は(将来書くだろう)回顧録に『取引外交とノーベル平和賞の追求』という新たな章を付け加える」

「この章には、イラン最高指導者との史上初の首脳会談、タリバン最高指導者や金正恩委員長との交渉、さらにはロシアウラジーミル・プーチン大統領との軍縮交渉などが網羅される」

トランプ大統領にとっては交渉内容や具体的な成果などはどうでもいい。(ノーベル平和賞選定委員会が同賞に値すると判断するだけの、つまり史上初、米大統領としては初めての、という)クレジットがありさえすればいいのだ」

 ボルトン補佐官が去ったことで過激な外交路線からよりマイルドな路線になるかどうか、などという予測はやめた方がいいかもしれない。

 はっきりした外交哲学も政治理念もないトランプ大統領はこれまで以上にその場しのぎの、思いつき外交に突き進む可能性の方が大きいのだ。

 だとすれば、大統領が何をするかを予見する尺度は「ソロバン勘定外交」以外にないのかもしれない。ボルトンという「右ネジ」がなくなってしまったのだから。

強硬路線より激しい気性に辟易

 元米外交官で、現在主要シンクタンクの客員研究員は、ボルトン氏解任を巡る様々な反応を踏まえて筆者にこう指摘している。

トランプ大統領ボルトン氏を更迭するだろうという噂は以前からあった。解任するのは時間の問題だった」

ホワイトハウスで働く私の知人によれば、大統領ボルトン氏を切った理由は、同氏の強硬外交路線が政権内部で突出していたこともあるが、彼の激しい気性に大統領は匙を投げたという」

ボルトン氏は行く先々で敵を作る。部下や同僚を苛める。自分が常にお山の大将じゃないと気が済まない。気に食わないことがあると、激怒し、怒鳴り散らす。一緒に働く人は誰一人彼を信用しない」

「しかも持論を支持してもらうため、議会共和党の数人の議員に情報を流す。フォックス・ニュースのインタビューに積極的に応じては、あたかも大統領を代弁するかのようにコメントをしていた」

 では、トランプ大統領は、そんなボルトン氏をなぜ補佐官に任命したのだろうか。件の研究員は続ける。

トランプ大統領ボルトン氏を国家安全保障担当補佐官にしたのは、当時、三顧の礼で迎え入れたH・R・マクマスター陸軍大将が突如辞めてしまったからだ」

ボルトン氏はその時、ホワイトハウスに数人いる外交担当顧問の一人だった。むろん周辺はブッシュ親子に仕えた共和党内でも外交政策の一人者として評価していたことは確かだ」

大統領としては身近にいたボルトン氏を渡りに船とばかりに補佐官に任命したのだ」

ボルトン氏には強力な後ろ盾がいた。億万長者でトランプ氏の最大の政治献金者のシェルドン・アデルソン氏。そのアデルソン氏がボルトン氏をトランプ大統領に推薦したのだ」

「別の後ろ盾は、イスラエルベンジャミンネタニヤフ首相を中心とするイスラエル政財界と米国内のユダヤロビーだ。ボルトン氏が反イランの急先鋒なのはそのためだった」

役割を取り違えたバッド・コップ

 むろん、ボルトン氏ほど外交経験豊かで国際問題に精通している政府高官はトランプ政権にはいない。

 大統領も当初は、重宝していた。こと国際問題に関し、ボルトン氏が知らないことはなかった。

 トランプ大統領に対する同氏のブリーフィングは理路整然としていたが、持論を振りかざした。やがて大統領にとって、タカ派的教理主義が耳障りになってくる。

 事実関係だけを単純な言葉で端的に説明してほしい大統領ボルトン氏のブリーフィングを段々、遠ざけるようになる。

 それでもボルトン氏を切れなかったのは、大統領にとってはまだ使いようがあったからだ。

『バニティ・フェアー』のT・A・フランク記者はそのあたりについて書いている。

トランプ大統領は外交交渉でボルトン補佐官に『バッド・コップ』(Bad Cop=悪い警官)を演じてもらいたかった。むろん自分は『グッド・コップ』(Good Cop=良い警官)だ」

「『バッド・コップ』の役割は容疑者(交渉相手)に対し、敵意をむき出しにして脅すことにある。その後で登場する『グッド・コップ』は手のひらを返したように容疑者(交渉相手)を宥めすかして最終的には自供(妥協・譲歩)を引き出す」

「普通の『バッド・コップ』であれば、『グッド・コップ』により効果的な仕事をさせるのが役割だ」

「ところがボルトン氏は大統領の威を着て相手を脅し、怒鳴り散らし、相手を怒らせ、交渉は決裂状態になってしまうことがしばしばだった」

https://www.vanityfair.com/news/2019/09/farewell-to-john-bolton

 まさに対北朝鮮との非核化交渉では、ボルトン氏はいわゆる『リビア方式』*1を唱えて、北朝鮮を怒らせてしまった。

*1=リビアのカダフィ政権が2003年米国などと行った非核化交渉で適用された方式。リビア核兵器および関連施設を完全に放棄し、非核化を実現したうえで経済制裁を解除するというものもの。

 トランプ大統領は、ボルトン更迭の理由の一つにその一件を持ち出した。

 自分があれだけ一生懸命やってきた対北朝鮮交渉に水を差された恨みはいまも忘れられないのだろう。

ビーガン北朝鮮政策特別代表の名前も

 トランプ大統領は、ボルトン氏の後任を15日から始まる週に発表すると明言している。候補者は5人いるとまで言っている。

 米メディアによれば、候補者は以下の通りだ。

チャールズ・カパーマン大統領国家安全保障担当副補佐官(68)

 ボルトン氏の更迭後、後任が正式に決まるまでの代行になっているが、そのまま補佐官に昇格する可能性がある。

 南カリフォルニア大学で博士号を取得している。博士号論文は『SALT(戦略兵器制限交渉)第2次交渉を巡る論争』。

 ロナルド・レーガン政権では外交政策顧問。ロッキード・マーティンボーイング関連のコントラクターなどを経て、ボルトン氏に招かれて国家安全保障会議(NSC)入りしている。

●スティファン・ビーガン北朝鮮政策特別代表(56)

 米フォード・モーターの政府関連業務担当副社長の時にマイク・ポンペオ国務長官に国務省入りを勧められて現職に就く。

 ミシガン大学でロシア問題専攻。ロシア人の知人も多く、米ロ評議会議員などを務めている。ブッシュ政権(子)ではNSCスタッフとしてロシア政策を担当していた。

ブライアンフックイラン担当特別代表(57)

 レックス・テラーソン国務長官(当時)が政策立案局長に任命、ポンペオ長官の上級顧問となり、その後現職。

 アイオワ大学で法学博士号を取得。ブッシュ政権(子)では国務次官補(国際機構担当)や大統領特別補佐官を歴任している。

 大統領の娘婿ジャレッド・クシュナ大統領上級顧問と親しい。

ダグラス・マクレガー退役陸軍大佐(42)

 米陸軍士官学校卒。バージニア大学で博士号を取得。1991年湾岸戦争「砂漠の嵐」作戦に参加している。

 退官後は著述活動に入り、戦争に関する多数の著者がある。フォックス・ニュースの番組にコメンテイターとして頻繁に出演している。

●リチャード・グレネル駐独大使(52)

 ハーバード大学ケネディ行政大学院で修士号を取得。ブッシュ政権(子)の米国連代表部スポークスマンに任命され、ボルトン国連大使時代を含め7年間務めた。

 その後、ミット・ロムニー共和党大統領候補の選挙陣営に参加。

 2017年トランプ大統領から駐独大使に任命された。国連大使や駐カナダ大使に任命されるのではないかとの憶測もあった。同性愛者であることを公言している。

 率直に持論を述べる挑戦的な性格であることでも知られている。

●ロブ・ブレア大統領首席補佐官代行補佐官(28)

 ミック・マルバニー行政管理予算局(OMB)局長当時、補佐官として国家安全保障関連予算を担当していた。

 コーネル大学を経て、タフト大学フレッチャー法律外交大学院で修士号を取得。

 トランプ大統領にすっかり気に入られており、ボルトン補佐官が出席しない安全保障問題討議には参加しているという。

 万一国家安全保障担当補佐官に任命されれば史上最年少の補佐官となる。

https://www.nytimes.com/2019/09/10/us/john-bolton-replacement.html
https://www.latimes.com/politics/story/2019-09-10/trump-fires-john-bolton-twitter

バンディ、キッシンジャー時代は遠い彼方

 かって筆者が日本の新聞社のワシントン特派員としてホワイトハウス詰めだった頃、大統領国家安全保障担当補佐官はヘンリー・キッシンジャー博士だった。

 リチャード・ニクソン大統領の絶大な信頼を得て、キッシンジャー博士は国務長官(当時はウィリアムロジャーズ氏)よりも外交立案・実施では絶対権限を持っていた。

 米中関係正常化、ベトナム和平工作でもまるで忍者のごとく神出鬼没の隠密外交を展開した。沖縄返還交渉でも重要なことをすべて秘密裏に進めていた。

 冒頭に引用した元外交官でシンクタンク研究員は当時、国務省でキッシンジャー補佐官の快刀乱麻の外交活動を眺めていた一人だ。

「初代補佐官は、ドワイトアイゼンハウアー第34代が1953年に任命したロバート・カトラ―氏だ」

「その後、補佐官の存在はどんどん大きくなり、ジョン・F・ケネディ第35代大統領のマクジョージ・バンディ氏、ユージンロストウ氏は最もパワフルな存在になった」

「その後最も存在感を示したのは、キッシンジャー補佐官だ。だがその後の政権ではこのポストはそれほど重要ではなくなっていく」

大統領が誰かにもよるが、トランプ大統領にとっては国家安全保障担当補佐官なんてホワイトハウスのスタッフの一員くらいの評価なのだろうね」

ボルトン氏の後任が誰になっても大統領の外交方針や戦略に大きな影響を及ぼすとは思えないね」

 一連の騒動について民主党の重鎮、ナンシー・ペロシ下院議長は、一言こうコメントしている。

「大騒ぎすることなんかないわ。トランプ政権内の混乱を象徴する事件の一つに過ぎないからよ」

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9月10日に解任されたジョン・ボルトン前大統領補佐官(写真:ZUMA Press/アフロ)