大都市と地方を結ぶ長距離の夜行バス路線を中心に事業者の交代が相次ぐなか、運行本数の多い昼行路線でも事業者が撤退、しかも競合の事業者へ交代する事例が出てきました。利用環境が大きく変わりますが、便利になる側面もあります。

4陣営競合の「長野線」、西武が撤退

長らく「新宿発着」と「池袋発着」で競合していた東京~長野市間の高速バスが、大きな転機を迎えます。

西武バスは2019年8月29日(木)、長野市の長電バスと共同運行する池袋~長野線から9月末で撤退し、代わりに10月よりアルピコ交通東京(以下、親会社であるアルピコ交通と合わせて「アルピコ」と記載)が参入することで、長電バスとアルピコの共同運行になると発表しました。同時に公式予約サイトも、西武バスなどが使用する「発車オーライネット」から、京王電鉄バス(以下、グループ会社も含め「京王」)が開発し運営する「ハイウェイバスドットコム」(座席管理システムとしての名称は「SRS」)に変更されます。

京王の予約センターでも池袋~長野線の受付を開始するなど、京王系の路線群に「編入」されるという印象です。東京側のターミナルを異にして競合関係にあった両陣営はなぜ、協調へと舵を切ったのでしょうか。

東京と長野市のあいだは、古くは長野電鉄(現・長電バス)などが一般道経由で長距離路線バスを運行していましたが、高速道路網が徐々に延伸され同区間で高速バスが運行を開始したのは1992(平成4)年のことです。当時、長野電鉄ジェイアールバス関東と共同で夜行路線(後に廃止)を、京王と川中島バス(現・アルピコ)は昼行路線の運行を始めました。上信越道はまだ全通しておらず、後者は中央道国道19号を経由し、昼行ながら双方の運転手がお互いの拠点で1泊する体制を組み、1日あたり上下2本ずつでの参入でした。

1996(平成8)年に上信越道が延伸すると、西武/長電が昼行便として現在の池袋~長野線をスタート、翌年には京王/アルピコも上信越道へ経路変更して所要時間が短縮し、競合関係が生まれました。

2000年代中盤からは、貸切バス事業者のアリーナ(長野市)が高速ツアーバス形式で東京線へ後発参入(現在のWILLER EXPRESS東京~長野線)し、昌栄高速運輸(長野市)もそれに続き、ここ数年は4陣営による競合関係にありました。

夜行で相次ぐ撤退と新規参入

今回、西武バス長野線から撤退する背景には、大都市に立地する大手事業者特有の経営環境があります。全国的にバス運転手が不足傾向にあるうえ、大手事業者は人件費も高めです。大都市では営業所(車庫)のスペースが限られ、車両数を容易に増やせません。自ずと、高速バスの中でも収益性が大きい路線や、地域との関係で簡単に減便できない地元の路線バスへの「選択と集中」を加速させることになります。

このため、ほかにも大都市側の事業者が高速バスの共同運行から撤退する事例が相次いでいます。多くの場合、地方側の事業者が単独運行で路線を維持しますが、一部には、別の事業者が共同運行に参入する例も見られます。

たとえば京浜急行バスグループは、羽田空港首都圏各地を結ぶ空港連絡バスに経営資源を集中するため、長距離夜行路線から撤退を続けています。その一環として、同社が運行に参画していた東京~新居浜・今治線は、愛媛県側の事業者である瀬戸内運輸の単独運行となったのち、東急トランセが共同運行へ加わりました。同様に東京~岡山・倉敷線も、岡山の両備ホールディングスによる単独運行化ののち、東北急行バスとの共同運行となりました。その結果、東京側でメインとなる停留所は、京急が拠点とする品川から、前者は渋谷マークシティ、後者は東京駅八重洲通りへ変更されています。

こうした長距離の夜行路線は収益性が低く、撤退の対象となるのです。ただ、多くは「地方の人の都市への足」としての利用であり、地方の側で予約センターや発券窓口に変更がない限り、乗客への影響は限定的でしょう。しかし、今回の池袋~長野線は、毎日5往復運行される昼行路線であり、対象となる乗客が夜行に比べ多いうえ、公式予約サイトまで変更されるので、当面は戸惑う乗客もいると見られます。

それでもあえて京王側が公式予約サイトと座席管理システムを変更するのは、池袋~長野線と、既存の新宿~長野線の相乗効果を狙ったものと考えられます。その背景には、新宿側のターミナルである「バスタ新宿」の事情もあると見られます。

池袋発着を存続させるワケ

京王/アルピコは、もともと新宿~松本線などの「中央高速バス」の運行を通じて、昼行路線の成長には「30分から60分間隔の高頻度運行」「発車直前まで便変更を受け付けるなど気軽な乗車環境づくり」といった施策が有効だと認識していました。長野線東京都内で一般道区間が長い(関越道の練馬ICから新宿・池袋まで一般道経由)ことなどから所要時間が増し、さらに高速バスどうしの競合もあって収益性では劣るものの、あえて積極策に出たのです。

新宿~長野線は現在15往復運行され、特に復路は「遅めの便を予約し、用件が早く終われば前の便に変更」といった使い方が定着しています。長野発の始発は早朝4時台(9時前に新宿着)、新宿発には、会食やコンサートなど東京で夜の予定を済ませたあとに乗車できる夜行便も設定し、長野の人が東京に長時間滞在できるようになっています。

一方、新宿側では分散していたバスターミナルを集約した「バスタ新宿」が2016年に開業して以降、発着本数の多さからダイヤ改正や続行便(2号車以降)設定に制約が生まれています。ここで池袋発着の便を新宿の便と同一サイト、同じ予約センターで予約できるようにし、片方が満席の際にもう一方の路線を選択してもらうなどの使い分けができれば、両方の路線にプラスになると考えられるのです。

現状、予約サイト「ハイウェイバスドットコム」では、新宿発着と池袋発着の便は別々に空席検索する必要がありますが、もしも、「新宿または池袋」から長野へ(またはその逆)と検索できるよう改修されれば、利便性はより高まるでしょう。また、発車時刻ギリギリまで新宿発の便から池袋発の便へ、またはその逆の変更を、乗客自身がスマートフォンの画面上で簡単に行えるようになれば、都内で用件を終えた乗客は「できるだけ早く長野へ帰れる便」を選べるようになります。将来的に、車両と運転手の運用を両路線で共通化できれば、池袋路線についても、運転手の拘束時間を伸ばさずに、始発便をより朝早く、最終便をより夜遅くし、利便性の高いダイヤに改正することもできます。

車両や営業所(車庫)のスペース、座席管理システム、そしてなにより運転手などの人材は、高速バスの運行に欠かせない要素で、かつ、限りある存在です。運転手不足や高速バスどうしの競合激化などの環境変化を踏まえ、それらの要素を上手に組み合わせ、利便性と収益性を追求することが求められているのです。

バスタ新宿に停まるアルピコ交通の車両。同社グループが池袋~長野線の運行に乗り出す(2018年8月、中島洋平撮影)。