(姫田 小夏:ジャーナリスト)

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 得るものもあるが、失うものも大きい――インバウンドの“功罪”が全国で取り沙汰されるようになった。「これでいいのか」という疑問の声が高まりつつあるが、「さりとて他に策はない」というジレンマを、多くの地方都市が抱えている。

 そんな中、こんな1曲が生まれた。『日本全国インバウンド音頭 令和のニッポンどこへ行く』である。

 興味津々で聞いてみたら、なかなか味がある。昭和に流行したフォークソングを思わせる優しいメロディに乗せて、インバウンドの“功罪”にズバリ斬り込んだ歌詞が流れる。歌っているのは人造音声の『昭和亡霊合唱団』だ。

 作者の許諾を得たので、ここで1番の歌詞を紹介しよう。

 ゴミは山盛り バスは満杯
 キャリーバッグが ホームに溢れる
 国を挙げての歓迎光臨 免税店に外資参入
 どこへ行こうが グルメ・イベント
 ただの市民も もてなし精神
 地域経済活性引き換え 静かな暮らしどこへ行ったやら
 観光立国 魅力発信 大事起きればお客激減
 過去の教訓 知ってか知らでか
 日本全国 テーマパーク化
 歴史の町並み ピカピカにして
 横文字看板 美しい日本

『日本全国インバウンド音頭』を作詞作曲したのは、函館市在住の60歳の男性だ。名前を出すのは気恥ずかしいということで「Tさん」と呼ばせていただく。Tさんはその複雑な心境を、次のように語ってくれた。

「空洞化が止まらない地方の市町村は『インバウンドに期待するしかない』という状況です。けれども、このまま『観光立国』に向けて突っ走れば、街並みや伝統文化の崩壊など、悪影響が及ぶ範囲が大きくなると危惧しています」

函館は日本の縮図?

 かつて函館市は北日本最大の都市だった。日本で最初の通商条約「安政の五カ国条約」が締結された翌年(1859年/安政6年)、横浜、長崎などとともに箱館が開港された。1893年(明治26年)には日本銀行の支店として「函館出張所」が開設される。現在32店舗ある日銀の支店で、函館支店は大阪支店に次いで古い。

 函館の繁栄を支えたのは19世紀にさかのぼる北洋漁業だ。サケマス漁は国民の貴重な食料供給源になるとともに、日本の外貨獲得の源泉となった。日本で第1回国勢調査が行われたのは1920(大正9)年だが、函館市史によれば、当時の函館市の人口は14万5843人で、北海道で最大の都市だったことがわかる。

 明治から昭和にかけて、本州と北海道を行き来する人々のほとんどは、青函連絡船を利用した。函館は誰もが通らざるを得ない関所のような町だった。連絡船を運航した国鉄の青函鉄道管理局が置かれたこともあり、乗客や運輸関係者による消費で地域経済は潤った。

 函館にはこうした輝かしい歴史があったが、その活力は次第に失われていく。そして現在、期待をかけるのが「インバウンド」である。

 2018年に函館を訪れた観光客は約526万人。訪日外国人宿泊客数は約55万人で3年連続で過去最高を更新した(函館市来函観光入込客数推計」)。函館市内の朝市では、地元の主婦や学生が通訳を買って出るなど、外国人観光客への対応が進んでいる。さらに、目下、函館では「若松埠頭」を市内で2番目のクルーズ船対応埠頭とするべく、整備が進められている。2022年に完成すると、11万~12万トン級の船に対応できるようになる。JR函館駅や埠頭の周辺では新しいホテルも次々に建設されている。

新幹線は速くなったけれど・・・

 だが、『日本全国インバウンド音頭』を作ったTさんは危機感を抱いている。

「函館は、少しずつ地盤沈下して気づいたら何もなくなっていたという日本の縮図のような町と言えるかもしれません。なまじ過去の栄光が輝かしいだけに、そこに胡坐(あぐら)をかいてきたのだと思います。確かに今はインバウンドで盛り上がっているように見えますが、一つひとつの取り組みは、果たして先を見据えたものなのかどうか・・・」

 ここ数年、函館は“新幹線不況”に見舞われている。北海道新幹線が函館に乗り入れた2016年は、金森赤レンガ倉庫をはじめとする商業施設は大きく売り上げを伸ばした。ところが、翌年から早くも新幹線の平均乗車率が減り始め、開業した2016年度の32%から2018年には24%にまで下落した。

 開業当初、東京~新函館北斗の所要時間は最短でも4時間以上かかっていた。地元の政財界は「4時間の壁」を破るべくJR北海道に要請を続けた結果、2019年春のダイヤ改正で「4分短縮」が実現。ついに東京と新函館北斗が4時間以内(最短3時間58分)で結ばれることになった。

 しかし地元住民の1人は「数分縮めることが、本当に乗客数復活につながるのか」と冷ややかにこれを受け止めている。確かに2019年4~8月の平均乗車率は28%に上昇した。だが、JR北海道広報は「必ずしも4時間切りになったためではない」としている。

地域の魅力は1位、幸せ指数はほとんど最下位

 函館ではクルーズ船がたくさんの観光客を運んでくるおかげで、なんとか売上げを維持できている事業者もいる。インバウンドで経済が潤うことは事実だ。

 だが、観光客の増加によって地元民は本当に幸せになれるのか。

 函館市は、各都道府県市区町村の認知度や魅力度、イメージなどを調査する「地域ブランド調査2018」(ブランド総合研究所)で5度目の1位を獲得した。「今後行きたい場所」と「購入したい商品の有無」で高い評価を得た。一方、「どこに住んだら幸せになるか」を指標化した「全47都道府県幸福度ランキング2018年版」(日本総合研究所)では45の中核市の中で42位だった。

 この乖離は一体何を意味するのか? インバウンドの空騒ぎに振り回されて、本質を見失ってはいけない――。『日本全国インバウンド音頭』からは、そんなメッセージが聞こえてくる。

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