Point
■人類学者の間に広まる「イヌイットのうんちナイフ伝説」がついに実験される
■この伝説は、イヌイットの男性が自分の便を凍らせてナイフを作り、犬をさばいたことに由来する
■研究チームはイヌイットの便に近づけるため、食生活を変更
1988年、人類学者のウェイド・デイビス氏が著書の中で報告した「イヌイットのうんちナイフ伝説」。
冗談のような名前ですが、「それを知らぬ人類学者はいない」と言われるほど有名な逸話です。
しかし「うんちでできたナイフ」という検証の難しさからか精神的な距離感からか、これまで実際に調査されることはありませんでした。
今回その禁断の扉を開いたのが、ケント州立大学の研究チーム。果たしてその切れ味はいかほどだったのでしょうか。
実験の詳細は、「Journal of Archaeological Science: Reports」に掲載されています。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352409X19305371?via=ihub#bb0020
「うんちナイフ伝説」に憧れて
あるイヌイットの男性が、雪嵐の中に一人取り残され、道具も食料もない極限状態に陥りました。そこで彼は、なんと排泄した自らの便を凍らせて鋭く尖らせ、ナイフを作ったのです。
彼はその「うんちナイフ」を使って犬をさばき、難を逃れたといいます。
この話は、たちまち人類学者の間に広まったのですが、これまで実際に硬度や切材が調べられることはありませんでした。
実験を主導したのは、同大学の人類学助教授を務めるメティン・エレン氏。彼は高校生のときに、イヌイットのうんちナイフ伝説を知り、しかもそれがきっかけで人類学者を志したとのこと。
エレン氏は同僚のミシェル・ベバー氏の協力を得て、あくまでも科学の名のもとに、冷凍うんちナイフの作成を実行に移しました。
以下は、大真面目な科学探求の一幕です。
イヌイットの便に近づけるため食事を変更
実験を開始するに当たって2人は、ナイフの原料となる適切なうんちが必要であることを話し合いました。イヌイット伝説で使われたとされる便の状態に、できる限り近づける必要があったのです。
そこでエレン氏は約8日間にわたって、タンパク質と脂肪酸の豊富なオリジナルのイヌイット食を実践しました。イヌイットは、寒い地域に住んでいるため、体温を高める燃料としてアザラシなどの油を多く摂取します。
エレン氏の主なメニューは、牛肉や七面鳥、サーモン、バター、チーズなど、油分とタンパク質の多いものとなりました。
開始4日目に、適切と思われる便が用意できたので、研究チームはそれをマイナス50度でフリーズさせ、金属やすりを用いて鋭いナイフ型に仕上げました。実証テストまでは、ドライアイスで冷凍保存されています。
ナイフはかなりの硬度と鋭さに達し、エレン氏も「これならイケる」と自信があったとか。果たして結果はどうなったのでしょうか。
イヌイットのうんちをナメてはいけない
早速、テスト用に準備された豚の皮にうんちナイフを当ててみた一同。しかし皮に茶色の切り筋を残しただけで、クレヨンのように脆く崩れ去りました。
その後、女性であるベバー氏も同様の食事を取り、便のサンプルを提供してナイフを作る尽力をしましたが、同じ結果に終わっています。
結果は失敗に終わったようです。
エレン氏はこの結果に、「結局イヌイット伝説も真実ではないのかもしれない」と落胆しているのだとか。
しかし、ほんの数日食生活を変えただけで、イヌイットの便に近づけるものでしょうか。彼らは一生涯を極寒の地で過ごし、死ぬ思いでアザラシ狩りをして命を繋いできました。
もしかするとイヌイットのうんちは、ナメてはいけないほどの硬さを誇るのかもしれません。
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