なにかと話題になる朝ドラ
今年は早朝のBSプレミアム朝ドラ絶対王者「おしん」を再放送していて、その圧倒的な強度に注目が集まっている。

貧しい小作の家に生まれたおしんが苦労して苦労して女実業家になっていく一代記。筆者も当然毎朝見ている。
そこであるとき気づいたのが主要俳優の共通点だ。

主人公・おしん役の田中裕子、夫・竜三役の並樹史朗、竜三の父・大五郎役の北村和夫、竜三の爺や・源じい役の今福将雄の四人が語り合うシーンの全員が、日本の老舗劇団・文学座だったのだ(田中は「おしん」出演後、退団している)。

ほかにも、おしん幼少時の恩人・俊作役の中村雅俊、同じく恩人・くに役の長岡輝子、おしんの次男・仁役の高橋悦史、今後出てくる寺田路恵などなど重要な役が文学座俳優だらけで、文学座公演「おしん」みたいだとTweetしてしまったこともある。

現在、いろいろなドラマを見ていると、ホリプロスターダストアミューズなどの芸能事務所に所属する俳優が多いなあと感じることがよくあるが、主人公から重要な高齢の役者までひとつの劇団で占められていることはなかなかない。

とりわけ文学座出身者は朝ドラで重要な役割を占めることが多く、ヒロインでは「あしたこそ」(68年)の藤田弓子、ヒロインの相手役では「まんぷく」(18年)の長谷川博己や「ふたりっ子」(96年)の内野聖陽も文学座出身だった(すでに退団している)。

昭和が終わる頃まで文学座の俳優が朝ドラに重用されていたわけは、当時、いまほど芸能事務所がなく、舞台俳優が重宝されていたという時代背景がある。その中で、文学座には杉村春子、北村和夫、加藤武、江守徹など映画やテレビドラマで活躍していた俳優が多く在籍し、高い信頼を得ていたからではないかと文学座のマネージャーは言う。

なつぞら」では東洋動画社長(のちの会長)を演じる角野卓造が文学座。そしてもうひとり文学座の俳優が重要な役割を担っていた。それは……。

なつぞら」での文学座俳優の奮闘と、田中裕子、内野聖陽長谷川博己のみならず、かつて、樹木希林や松田優作、桃井かおりもいた文学座とは何かについて取材した。

ことば指導者がドラマに出る法則
まずは、「なつぞら」に参加した文学座俳優のお話。
朝ドラなつぞら」第25週「なつよ、千遥よ、咲太郎よ」では戦争で離れ離れになってしまった三兄妹が出会う。なつが十勝に来たのが終戦の翌年だから、ほぼ30年ぶりの再会である。

運命の場所は千遥が女将件料理人をしている店。146回(9月17日放送)、そこで働く誠実そうな板前・上田を演じたのは助川嘉隆さん。オープニングでは長らく「北海道ことば指導」としてクレジットされていた。裏方として俳優たちに北海道のことば指導をしてきた助川さん(阿寒町出身、母方の実家が十勝)がついに表舞台に立ったのだ。彼もまた文学座の俳優である。

アップもちゃんとあった
ことば指導は、その土地出身の俳優がやることが少なくない。俳優の気持ちがわかる同業者のほうが何かと都合がいいのだろう。例えば、大河ドラマ西郷どん」(18年)でもことば指導していた俳優・迫田孝也と田上晃吉が後半戦で出演、朝ドラ「半分、青い。」(18年)では尾関伸嗣んが先生役で出演した。助川さんも北海道出身俳優として「なつぞら」に参加した。

「ことば指導をしながら、ドラマに出ることができた人もいる話は聞いていましたが、
ゆくゆく何かしらの役で出ることができると約束されていたわけではなかったので、
出演が決まったときは嬉しかったです。監督やスタッフの皆さんは、前から『いつ出るの?』と気にかけてくれていて、ついに出ることになったときすごく喜んで、衣裳合わせをするとき、ずらりと並んで花道みたいにしてくれて、僕はそこを晴れがましい気持ちで歩きました」

晴れ舞台にあがるに当たって「口が固く真面目で頼りがいのある人物」として上田を演じた。事前に料理の作法は銀座の割烹料理店で一通り習い、146回でキーアイテムとなる天丼に入るなすの切り方のリズムをしっかり叩き込んだ。出番は短いが、アップもちゃんとあり、監督の助川さんへの感謝や愛情を感じる。

一に感情、二に方言
助川さんの仕事・北海道ことば指導は、各回台本の北海道ことばの部分をすべて吹き込むことと、それをもとに演じる俳優たちの現場に立ち会い、チェックしたり、相談に乗ったりすることだ。

筆者が朝ドラを何作も見ていて感じていたのは、ことば指導者のクセを俳優がトレースしてしまうのか、作品が違っても舞台となる地域のことばが同じだとどんな俳優でも同じような言い回しになる場合があること。地方特有のイントネーションがあるとはいえ、しゃべる人の感情や個性で言葉のトーンは変わるはずなのだ。それをどう考えているか、助川さんにぶつけてみると、助川さんは「そこは大丈夫です」と頼もしい笑顔になった。

「老若男女、全員分の北海道ことばのセリフをひとりで読んで吹きこむとき、僕は、ひとりひとり身近な人物を想定しながら読みました。とよばあちゃん(高畑淳子)は知り合いのおばちゃん。妙子さん(仙道敦子)は友達のお母さん、富士子さん(松嶋菜々子)は、母親と友達のお母さんミックスというように。そういうふうにすると自然と役が動きだして、セリフが生き生きしていくんです。もちろん僕がしゃべった通りでなくていい、演じる方の感性を優先していただいて構いませんと申し上げていました。例えば、泰樹さんを演じる草刈正雄さんはその人間力が圧倒的だから、たまに北海道ことばが出てくるくらいでいいということにしていました。もともと富山から移住してきた設定でもありましたし。なっちゃんと亡くなった天陽くんの幻が語り合うシーンも、広瀬すずさんと吉沢亮さんの感情優先で方言は気にしなくていいと思いました。ただ“畑”のイントネーションだけは正しくお願いしました」

TEAM NACS北海道言葉の多様性に注目
絶対抑えてほしいところだけは立ててもらい、あとはちょうどいい塩梅のところを狙ったという助川さん。

北海道弁はストライクゾーンが広いんです。函館と十勝とではしゃべり方が全然違っていて、十勝のほうがどちらかというと穏やかなイメージがあります。北海道出身の俳優でも違いがあって、雪之助役の安田顕さんは早口でしゃべっていたし、菊介役の音尾琢真さんはゆっくり。おふたりのように、あえていろんな話し方の人がいるようにしたほうがいいと僕も思いました。戸次重幸さんは北海道出身ですが、正治は東京から移住してきた設定なので最初は北海道ことばを使っていなくて、じょじょに北海道ことばになっていっていくように工夫していらしたように感じました。TEAM NACSの皆さんのセリフは必要ないながら一応吹き込んでいましたが、どうしゃべるかはもう完全にお任せでした」

十勝の母は優しくて明るい
大事なのは感情。方言に囚われ過ぎて芝居が台無しになっては本末転倒になる。自身も、ほかの地域の言葉をしゃべる役をやったとき、言い方の違いを直され続けて苦しんだ経験があったから「その場のライブ感覚を大切にした」と言う助川さんが、ここだけは、とこだわったのは───。

「富士子さんの常に朗らかなしゃべり方は、僕の思う北海道(十勝)の母のニュアンスでした。なつが陣痛のときに『おはようございますー』ってどうしようもなく明るく登場するところもそうですし、電話で『もしもし、なつ』と声をかけるところも。僕の時代ですら北海道から東京の電話代は高価で、短い間に言葉を交わし合う重要なものでした。ケータイのない時代、母親の優しさを最も強く感じたのが電話だったので、『もしもし、なつ』という一言に母親の愛情をどーんっと込めてほしいとお願いしました」

苦労をたくさん味わってきた開拓者があっけらかんとなにもかも受け入れて生きているそんな雰囲気が、松嶋菜々子の雰囲気と相まって、ドラマの救いになっていた。

電話の短いやりとりの重要性、そういう部分に敏感な助川さんは、やっぱり演劇人なんだなと思う。

田中裕子も所属していた文学座とは
助川嘉隆さんは文学座附属演劇研究所を経て文学座座員となった。このコースは、先輩・田中裕子や内野聖陽長谷川博己と同じ。

三年間研究所での学びを経て座員になるまではなかなか門戸が狭く、途中でかなりの人数が脱落、2桁いた者たちが1桁になってしてしまう。晴れて座員になった者はある意味エリートである。

「おしん」を見ていると、田中はじめ並木、今福、北村が生活者のリアリティーや感情表現が豊かなうえ、言葉も明晰で、橋田壽賀子の脚本を的確に表現している。「おしん」のヒットには俳優の力も大いに寄与していると思う。

なつぞら」で雪次郎(山田裕貴)が俳優を目指して入った「劇団赤い星座」は当時、人気と実力を誇った文学座もヒントにして描かれていて、看板女優・蘭子(鈴木杏樹)は、文学座の大女優・杉村春子のこともすこし意識して描かれているらしい。

角野演じる東洋動画社長が赤い星座を好まないエピソードは、実際に新劇の劇団員である角野がそれをやることで、わかるひとにはくすりとなるものなのだった。

1937年(昭和12年)に創立された文学座は、俳優座、民藝(宇野重吉主宰)と並ぶ日本の三大劇団のひとつでした。『欲望という名の電車』が当たった全盛期には舞台のチケットがなかなか手に入らないほどの人気で、会員だけの特別公演をアトリエでやって、そこには看板俳優の杉村春子さんや長岡輝子さんがお客さんに挨拶するというサービスなどもやって喜ばれていました。当時のアトリエは映画『モロッコ』などに出てくるような白壁で、暖炉と天井に大きな扇風機がある洒落た建物で、文学者や芸術家たちの集まるサロンのようでした」

そう振り返るのは、文学座附属演劇研究所第三期生の坂口芳貞さん。俳優であり、現在は研究所の所長でもある。朝ドラでは「藍より青く」(72年)や「心はいつもラムネ色」(84年)などに出ている。同期に、高橋悦史、のちに自由劇場をはじめる串田和美、吉田日出子がいた。

テレビや映画でも引っ張りだこの文学座の演技の特徴を坂口さんは「瞬間、瞬間のリアリティー」と言う。

瞬間瞬間のリアリティ
「文学座は、その出自も手伝って、テーマや演出方針を重要視して演劇を作っていましたが、杉村春子さんの方法論はその逆で、『テーマを語っても面白くない。瞬間瞬間のリアリティーを積み上げていくと自ずとテーマが出てくる』というものでした。それがいい意味の文学座の伝統じゃないかと思っています」

瞬間瞬間のリアリティーとは何か。たとえば、戸を開ける仕草。その開け方にどれだけ真実味が出るか。「おしん」で貫禄いっぱいの義父を演じている北村和夫(北村有起哉の父)も、日本の演劇史に燦然と残る伝説の女優・杉村春子にそういう日常の動作を何度も何度もやり直しされて泣かされたそうだ。

文学座「花の18期」と言われた世代出身の富沢亜古さんも杉村に細かく稽古をつけてもらったひとり。

「杉村さんの代表作『女の一生』(森本薫作)に出たとき、楽日に杉村さんが台本を開いて、『やってご覧』と最初から最後まで一言一言、間の取り方からなにから細かく見てくださいました。そのとき『今日でおわりと思っているでしょ。その先があるの。これからまだ役者を続えるのであれば、それを覚えておきなさい』と芝居に向かう姿勢を教わりました」と富沢さん。

劇団の強みがある
「女の一生」は文学座の代表作。研究所では常に課題となっている。桃井かおりも松田優作も田中裕子もやっているそうだ。

明治の終わり、日本が近代的な資本主義国家になりはじめた頃、天涯孤独だった布引けいは、中国との貿易で財を成した堤家の女中となる。やがてそこの長男の嫁になるが、戦争がはじまって……。波乱万丈な女の年代記である。

取材の日、研究所で、ちょうどこの「女の一生」の稽古が行われていた。大学出たばかりの若者たちが、「思想」「共産主義」「袁世凱」「孫文」などという言葉をきちんと床に正座して語っているのがなんとも面白い。漢字にはときどきつかえるも、だいたい淀みなくセリフを語る。

面白かったのが、複数の登場人物のひとりからストレスが順に伝搬していき、最終的には全員の感情が昂ぶってハケてしまうという目に見えない感情のつながりをみごとに書いた脚本の考え抜かれたところと、それに沿って演じると室内で座って行う会話劇でもとても生き生きすることだった。こういうことをちゃんと訓練してきた俳優がテレビに出たとき、ただ自分のセリフをそれっぽい表情で言うだけではなく、ボールを投げるように誰かに手渡しながら、その場の空気を動かし、ひいては物語を動かすことができるのだろう。

「おしん」で感じた、田中、並木、今福、北村の圧倒的なチームワークはその力だと思う。四人がそろって芝居する四角形の頂点に杉村春子魂が太陽のように存在しているかのような。

文学座で学んだ助川さんが「ライブ感」を大事にことば指導を行ったり、電話の一言に思いを込めたりすることも、この「瞬間瞬間のリアリティー」なのかなと思う。

田中裕子が「おしん」でよく野の花を髪に飾ったり、手にしたりしているのも、そういうことに近いのではないだろうか。

まだまだいる、文学座の俳優たち
富沢さんは田中と同期。つまり田中も「花の18期」だった。あわせて、並樹史朗も研究所(夜間)の同期だったそうだ。

当時の田中は「落ち着いた感じで、あまりキャピキャプしてなかった」と富沢さん。
「結婚披露宴」(80年)、「三人姉妹」(82年)舞台で共演もした坂口さんは「自分の考えをしっかり出す俳優だった。太地喜和子みたいにならないかと思ったが、当時の文学座には彼女のいい面を引き出せるようなちょうどいい元気な演出家がいなかったんだと思います」と言う。

田中裕子も内野聖陽長谷川博己も劇団に長くはとどまっていなかったが、養成所で学んだことは多いだろう。
いま、文学座には、草なぎ剛の主演舞台「バリーターク」(18年)や満島ひかりと坂口健太郎の主演舞台「お気に召すまま」(19年)に出て圧倒的な存在感を見せつけている小林勝也や、三谷幸喜の作品によく出ている今井朋彦、小栗旬や吉田鋼太郎の信頼も厚い横田栄司、是枝裕和監督映画に連続出演している松岡依都美などがいる。これからも文学座の俳優は舞台も映像も面白くしてくれるだろう。

研究所の入所試験を受ける若者が近年増加していると坂口さんは言う。しっかり伝える技術と姿勢が学べる歴史ある文学座が再び脚光を浴びるときも遠くなさそうだ。
(木俣冬)

データ
文学座 最新公演「一銭銅貨〜七億分の一の奇跡〜」(作:佃典彦 演出:松本祐子)
10月18日〜27日 紀伊國屋サザンシアター

文学座付属俳優研究所の稽古の様子 大滝寛さん演出「女の一生」をやっているところ