屈指のテレビ批評記者がトランプ論
新刊書の評価では定評のある『パブリッシャーズ・ウィークリー』誌が今秋、最もエキサイティングな政治関連書籍ベストテンの一冊に挙げた本がある。
ニューヨーク・タイムズのテレビ批評担当記者、ジェームズ・ポニウォズック氏が書いた『Audience of One: Donald Trump, Television, and the Fracturing of America』だ。
訳せば『一人の聴衆:ドナルド・トランプとテレビと砕ける米国』。
「Audience of One」とは、聴衆全体に話しているのだが、実際にはその中の一人だけに語りかけているという意味だ。
言語学専攻で博士課程の米大学院生によると、「Audience of One」という表現は最近、かなり流行っているという。
例えば、大統領に閣僚に指名された人物が人事承認で上院委員会で宣誓証言するとする。
その時、この人物は各委員の質問に応答してはいるのだが、実際には大統領一人に対して自分の忠誠心を訴えている。
相手は大統領一人、という意味らしい。
著者が付けたタイトルは、「大統領閣下、あなた宛てのメッセージですよ」ということになりそうだ。
トランプ関連本は、厳しい批判だらけのものからおべんちゃらのオンパレードのようなものまで、今や馬に食わせるほど出ている。
ついこの間までトランプ政権内部にいた人間やトランプ氏を追いかけてきたジャーナリストによる暴露本まである。
そうした中でテレビ目線で検証したポニウォズック氏の「トランプ論」はちょっと異質だ。
トランプ氏を正真正銘の「テレビ人間」ととらえた。
曰く、「トランプ大統領の思考回路は完全にテレビに毒されている。一挙手一投足はすべてテレビ向けだ。だが、大統領はテレビに毒されながら逆にそのテレビを徹底的に利用している」。
トランプ氏は子供の頃から読書は嫌い。大学時代もほとんど本は読んだことがない。知識や情報はほとんどテレビから得ていたという話はすでに周知の事実だ。
著者は、長年テレビとそのテレビによって大きく変化してきた米社会を定点観測してきた。
著者は本書の中できわどい表現でトランプ氏とテレビとの関係をこう断定する。
「トランプ氏とケーブル・ニュース局(フォックス・ニュースを指すことは間違いない)との関係は言ってみれば、ヤク(麻薬)の売買のようなものだ」
「トランプ氏は(売人として)ヤクをテレビに売りつける。売りつけながら自分自身もヤクでハイになっている」
ここでいう「ヤク」とは極秘情報。情報を流し、それが報道されるのを見ては悦に入っているというわけだ。
トランプ政権には、頻繁にフォックス・ニュースから人材が起用されている。逆に政権を去った人が「天下り」のようにフォックス・ニュースに入るケースも少なくない。
トランプ大統領は、毎日フォックス・ニュースの特定のキャスターの番組を見、ときにはアドバイスを求めることもある。両者は切っても切れない間柄なのである。
テレビ創成期に生まれ、テレビと共生
著者はトランプ氏が2016年11月8日、最終開票結果で当選した後の勝利宣言の瞬間をこう描写している。
「トランプ氏は演壇に立ち、無言のまま熱狂する支持者たちを見渡す。さらに黙ったまま会場を見渡す」
「会場の後方に陣取ったテレビカメラの放列の方に目をやったままさらに無言が続く。テレビカメラが作動すると灯る赤いライトを待っていたのだ」
「トランプ氏はライトを確認するなり、喜びを噛みしめながら喋り出した。テレビカメラ、それはトランプ氏にとっては世界中で最も重要なマシーンだった」
トランプ氏が生まれたのは1946年6月14日。それまで動く紙芝居だったテレビは1950年代から2000年代に米社会では不可欠なコミュニケーション形態へと変貌した。
1949年にはテレビ局は全米で98局となり、3大ネットが流すニュースやショー番組は全米にもれなく流された。
1952年には視聴者数は2000万人に膨れ上がった。大人気のスティーブ・アレンの「トゥナイト・ショー」が始まった時、トランプ氏は8歳の少年だった。
(https://bebusinessed.com/history/history-of-the-television/)
著者はトランプ氏とテレビとの関係についてこう指摘している。
「トランプ氏はテレビの創成期に生まれ育ち、テレビを朝から晩まで見ていた母親の下で育てられた(母親がテレビにくぎ付けなら幼児だったトランプ氏もテレビっ子だったことは想像に難くない)」
「彼はテレビと共生(Symbiosis)しているようなものだった」
「テレビが生み出す衝動的動きはまさに彼のそれと同じだった。テレビが放つ強力な欲求は彼のそれと同じだった。テレビの貪欲さはまさに彼のそれと同じだった。テレビのメンタリティはまさに彼のメンタリティだった」
プレーボーイからパロディ常連、リアリティ・ショーへ変身
著者は本書の中で米社会を変えてきたテレビの変遷とそれに対応して変貌していくトランプ氏の言動を2つの章に分けて論じている。
NBC、ABC、CBSの3大ネットがプリント・メディア(新聞・雑誌)に挑戦する形でマスメディア界を席巻した20世紀初頭。
全米に同時刻に流れる3大ネットのニュースにより、米国は「単一文化社会」化した時期があった。
その後テレビ界は地上局に対抗するケーブル・ニュース局の登場で風景は一変。
そこに新参者のインターネットが加わり、最近ではネットとテレビの境界線すらなくなりかけてきた。
もはやかって3大ネットによって作られた「単一文化」は崩れ、「細分化社会」が出現している。
「米社会は、細かく裂かれ、さいの目に刻まれ、お互いが疎遠で気難しいサブカルチャー化していった」(著者)
こうしたメディア変貌の中でトランプ氏はどう対応してきたか。著者はこう指摘する。
「トランプ氏は無節操で気の変わりやすい売名的セレブ(Chameleonic celebrity)として登場した。その後変貌しながらもテレビという化け物と常に混然一体化し、ついには最高権力を手中に収めてしまった。テレビとの共生である」
「トランプ氏は1980年代にはタブロイド紙に持てはやされる自己顕示欲の強いプレーボーイというイメージを売り物にしていた」
「それが1990年代には、パロディ的なホームコメディの常連としてしばしばテレビにゲスト役で登場するようになる」
「2000年代には自らがカネを出して制作・演出・出演をするリアリティ・ショーを手がけ、『You're fired』(お前は首だ)の名セリフを全米レベルで振りまいた」
「そして今やホワイトハウスの主人となった。保守系フォックス・ニュースに憑りつかれ、ツィッター常習者となり、(主要メディアとの)カルチャー戦争を展開するデマゴーグになっていく」
トランプ大統領誕生には必然性があった
幼い時からテレビと共生してきたトランプ氏にとって、父親から受け継いだ不動産業を発展させ、巨万の富を得た後もテレビとの関わり合いは極めて重要だった。
「テレビ人間」のトランプ氏がなぜ大統領選に勝利したのか。
テレビは常に自分が活躍できるスペースだったからだ。自分を売り出し、有名にする場でもあった。
いつ頃から政界を目指し始めたかはいまだに明らかにされていない。しかし、トランプ氏にとってテレビは大統領に上り詰めるための最大の手段と考えたことは間違いない。
それどころか大統領になった後もテレビとの共生は続いている。現に保守系フォックス・ニュースはトランプ政権を支える強力な武器になっている。
トランプ氏が大統領になったことについて、著者は別に驚いている様子はない。
「トランプ氏が大統領になることには必然性があった」
「政治専門家たちは、『勝因はロシアが介入したからだ』とか、『一般投票獲得数よりも共和党に有利な選挙人制度があるからだ』という」
「だが、トランプ氏を大統領にしたのは紛れもなく我々国民なのだ。トランプ氏は我々の内なるコア(芯)に入り込んできたからだ」
2016年の大統領選でトランプ氏と争ったヒラリー・クリントン民主党大統領候補との大きな違いはテレビとの関係だった。
見識や政治的経験ではヒラリー氏はトランプ氏に優っていた。だがテレビとの関係という面ではトランプ氏がプロだとすれば、ヒラリー氏はど素人だった。
ということはテレビに毒され、影響を受けてきた米一般大衆のコアに入り込むという点ではヒラリー氏はトランプ氏に大きく水をあけられていたということになる。
そのコアがテレビと密接な関係を持っていることを東部エリートのヒラリー氏は見抜けなかったのだ。
著者はそのへんを卑近な例を挙げて説明している。
「テレビ世代の我々には、テレビを深夜遅くまで見ていて、空腹になってキッチンでチーズバーガーを食べたり、ポテトチップを頬張った記憶はそう簡単に忘れられない。人生の記憶はテレビと切っても切り離せないものだ」
まさにそれこそが一般大衆の「コア」だったと言える。その「コア」がトランプ氏への一票につながっていたのだ。
「テレビ人間」のトランプ氏にはそのへんの大衆心理は手に取るように理解できたのだろう。
トランプ大統領の平壌訪問にも必然性
著者はこう続けている。
「トランプ氏はリアリティ・ショーで即興で喋る天才的な能力を発揮していた。カメラが何を望んでいるか、動物的なカンで分かっていた」
「トランプ氏はリアリティ・ショーを通じてテレビ討論とはどうあるべきかを理解していた。何が無駄かを知り尽くしていた」
「リアリティ・ショーに出てくる安っぽい『役員会議室』は究極的にはトランプ政権のための青写真だったのではなかろうか」
「言い換えると、『役員会議室』でのキツネとタヌキの化かし合いは、今まさに、トランプ政権に群がる人間たちが功名心争いに目の色を変えている実態を予見しているのかもしれない」
リアリティ・ショーの延長線上に出来上がったトランプ政権。任期満了までに後490日を切った。
トランプ大統領は再選を目指して必死だ。「テレビ人間・大統領」は再選に向けてテレビをどう利用しようとしているのだろうか。
折しも北朝鮮の金正恩労働党委員長がトランプ大統領に平壌訪問を要請したという報道が流れた。
トランプ大統領は早期の訪朝の可能性を一応否定している。ホワイトハウス詰めの米主要紙記者は筆者にこう囁いた。
「トランプ大統領が金正恩委員長と4回目の首脳会談をするとすれば、ワシントンとかニューヨークということはない。会うとすれば、未知の都市・平壌だよ」
「これまで現職米大統領が平壌の地を踏んだことはない。何でも初めてが大好きなトランプ大統領は、記者団はともかくとして大勢のテレビ・クルーを引き連れて北朝鮮に乗り込む可能性大だ」
「テレビ人間・トランプ」の胸が高鳴っていることだけは間違いない。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] ボルトンの首刎ね、捕らぬ狸の皮算用
[関連記事]
コメント