オープンイノベーションの重要性は理解しているが、思っているよりも難しい――。

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 消費者の嗜好や社会課題の複雑化に伴い、企業が提供すべき価値が多様化している昨今、自社単独でのイノベーションの限界は、多くの企業が認識しているところだ。しかし、イノベーションの力学は、既存事業を安定的・効率的に成長させるための力学とは大きく異なっており、仕組みや施策を掲げるだけではアイデアは生まれず、アイデアが出てきたとしてもいとも簡単に頓挫してしまう、という事実にも、そろそろ多くの企業が気づき始めているのではないだろうか。

 特に日本の経済成長を支えてきた製造業は、まだ多くがオープンイノベーションに関心を持ちつつも二の足を踏んでいる状況にある。その進展には、企業戦略の文脈からオープンイノベーションの位置付けを俯瞰し、その意味合いや今後の発展余地についてリアルな事例を踏まえた議論を客観性のある形で深める必要があるだろう。

 そうした問題意識から、アクセラレータープログラムを提供するCrewwと、企業のイノベーション戦略支援に強みを持つコンサルティングファームArthur D. Little(ADL)がコラボレーションし、JVCケンウッドの事例を取り上げ解説する記事を、3回に分けてお届けする(Crewwの矢野とADLの松岡が共同で執筆する)。

 初回に当たる本稿では、JVCケンウッド DXビジネス事業部 テレマティクスサービス部 副部長 真島太一氏へのインタビューを紹介する。第2回はその対話を踏まえたイノベーションの成功要件、第3回ではオープンイノベーションのあるべき姿を考察する。

「権限委譲」が広がりとスピードを生む

――JVCケンウッドにおける社外との共創の取り組み、またCrewwのアクセラレータープログラムの実施に至った経緯や背景を教えてください。(矢野)

真島太一氏(以下敬称略) 当社は2008年10月に、日本ビクターとケンウッドという2つのメーカーが統合した会社であり、「オートモーティブ」「パブリックサービス」「メディアサービス」の事業分野で事業展開しています。

 2015年に策定した中長期経営計画「2020年ビジョン」で、従来型の「製造販売業」から「顧客価値創造企業」になろうというビジョンを打ち出しました。多くの日本の製造業が直面している利益率の低下を見据えた上で、改めて顧客視点での「価値」が何であるかを見出し、新規事業を積極的に開発するというスタンスを経営の方針として取り入れました。

 しかし、各々の事業分野が各々の方針に基づいて、バラバラに新しい取り組みをしてしまうと、どうしてもそれぞれの事業領域に特化したものづくりに偏ってしまいます。そこで、コーポレート部門として「ソリューション開発部」という組織を新設し、全体のバランスを見ながらビジョンを推進する形に変えました。なお、2019年4月1日付でソリューション開発部が事業部として独立し、「DXビジネス事業部」に形を変えています。

 ソリューション開発部では、社内を活性化する全社的な活動として「イノベーションアクト」という取り組みを実施しました。いわゆるアイデアソンです。「潜在的にある顧客の需要が何であるか?」ということを全社の従業員へ投げかけ、2年ほどアイデア探索を行い、2案件を発掘しました。

 そのイノベーションアクトでは、「アイデアはあってもやる人がいない」「蓋然性がないため事業計画との相性が悪い」などの、新規事業に対してマイナスに作用することが多く発生し、大変苦労しました。

 一方で、ソリューション開発部自体は、新規事業の開発を1つでも生み出すことが求められていたため、当時の数名のメンバーが必死に新規事業開発を行い、1年半をかけてなんとかテレマティクスの事業を軌道に乗せることができました。

 全社活動であった「イノベーションアクト」では、新規事業を生み出すためには人材育成も非常に大きな課題であるということが分かってきました。事業創出と人材育成をいかに両立するかを模索していた時に出会ったのがCrewwでした。アクセラレータープログラムを模索していたわけではないのですが、スタートアップ企業が事業そのものの担い手になりうること、スタートアップ起業家との協業案作成が社内人材の育成になりうること、プログラムとしてそのプロセスが確立していることが決め手でした。

 当社だけでは思いもよらないアイデアの募集を意識して2019年にアクセラレータープログラムを実施し、最終的に6社のスタートアップとの協業案を採択しました。

――新規事業開発を推進する事務局として重要だと思うこと、またその取り組みを通じて得た成果や変化について教えてください。(矢野)

真島 アクセラレータープログラムでは、社内のスペシャリスト、例えば法務や生産技術、調達などをメンバーとして編成したかったのですが、それぞれ多忙で調整が困難でした。ソリューション開発部が自ら事務局をするしかなかったのですが、前述したように、ソリューション開発部自体が新規事業を立ち上げるミッションを背負っており、ちょうど、いくつかの事業が立ち上がって来ていたことが経験となり、役に立ちました。

 ただ、他社の方々から、例えば経営企画部門だけで新規事業の創出を完結したいという話を聞くのですが、我々の状況がうまく行っただけで、1つの部門のみで完結するのは、やはり困難だと思います。

 新規事業を進める事務局にとって、一番重要なのは「権限委譲」だと思います。事務局がものごとを自ら決めることができるかは、話をする相手にとっても重要で、話のスピードや広がりが全然違ってきます。

 我々の場合は、部の上長とともに、経営会議で権限委譲の承認をもらうことに注力しました。そして、経営層の理解もあり、ある程度の権限を移譲されたことが、非常に役に立ちました。参加メンバーにとっても、一定の権限移譲をされた状態で自ら考えることは良い経験になります。新しいことを始めるにはその本人の熱意が大事になるので、熱意をつぶさない環境作りも重要です。

 結果として、アイデアを自由に出す雰囲気が生まれ、同時に会社の風土も変わってきています。当社では従業員アンケートを定期的に行っているのですが、数年前までは「社内がクリエイティブでない」「イノベーティブさを感じない」「やらされ仕事ばかり」という回答が多く、閉鎖的な雰囲気がありました。これらの項目の改善は、社内風土改革として本社部門で調査しており、KPIとして追っていますが、だんだんと良い方向へ向かっている状況です。

――そうした成果や変化に、当事者として事務局が果たした貢献は大きいと思いますが、それ以外に重要な要素だと思うものはありますか。(矢野)

真島 不透明な取り組みであれば、例えば社長直下で組織化して自由に進めることが一番楽であろうと思います。ただ、会社としてはトップだけでなく、全取締役などの理解や協力を得られることが必要となります。当社ではそうした取り組みを担うことを我々の部署が、役員会の承認をもって、オープンに進められたということが、よい結果につながったと思っています。

 経営課題としては、既存事業やそのアセットをいかに生かすかという視点は最重要課題となります。しかし、企業活動の存続の上で、事業の新陳代謝をうながす新規事業の創出は必要な活動だと考えています。そのどちらにも偏りすぎないバランスが重要だと思います。

 ただ、新規事業の創出には、業績を考えるあまりにゴールや目標を決めつけすぎるのは良くありません。結果としての収益も大事ですが、新しい価値を作っているという意識やその過程を育むことが大事なのではないでしょうか。我々の部署ではテレマティクス事業がうまく行き始めていたため、経営層が肯定的に我々の活動を支援してくれたことは幸いだったと思います。

 社内には、事業部の中においておくと規模が小さい、収益がでないといった理由で光が当たりにくいものがたくさんあります。当社では経営者自らが、社員と一緒になって可能性の芽に関心を持ち、育む姿勢を示しています。それにより、例えばBlu-rayの光ピックアップ技術が、ガンの診断に役立つ「エクソソーム計測システム」に役立てられたり、音の方向性を制御する技術が、頭外定位ヘッドホンEXOFIELD」に生かされたりしました。これは「技術立脚型企業としての進化」という経営方針にもなっており、風土改革に繋がっていると思います。

軽いフットワークで橋渡しを

――新規事業の創出において、今後特に注力していきたい領域や方向性があれば教えてください。また、それを支える考え方などがあれば教えてください。(松岡)

真島 「顧客価値創造企業」になろうというビジョンを掲げ、新規事業を生み出すことがミッションとなったDXビジネス事業部では、最初の段階では、お客様の課題をいかに解決するかということにこだわり、製造業としての「モノ」よりも「コト」を重視していた時期がありました。日本の製造業が陥りやすい、「技術」を過信する風潮に反発していた意識もあったと思います。

 しかし、実際にお客様に接していると、当社の「映像」「音響」「通信」といった強みとなる技術に対して高い期待があることが分かり、これらの技術に立脚し、その応用を通じて取り組むべきとの考え方をするようになりました。

 あと、当社は顧客から見たブランドイメージを大事にしています。当社のブランドはカーナビゲーションドライブレコーダービデオカメラヘッドホンだけでなく、業務用無線やアマチュア無線といったマニアックともいえる領域でも認知されてきました。また、数多くの人気アーティストを擁するビクターエンタテインメントもあります。

 当社にはこのようなブランドを通じた顧客接点があり、顧客に何を求められているかを強く意識しています。マニアックという分野は、一見ニッチであると思われますが、とても奥深く、市場の裾野は広いと認識しています。

 加えて、既存の技術や顧客接点を持つ3つの事業分野とは異なり、DXビジネス事業部では、1つの会社でできることの制約を超えたいと考えています。ネットワークを組もうとすると、通信事業者など社外の協力を得ることは欠かせませんが、社外との取り組みは多くの気づきをもたらします。価値実現に必要なら手っ取り早く社外のパートナーとの共創に取り組み、しっかりした座組みはうまくいってからじっくりと構築すれば良いと思っています。

 こうした考え方の背景には、テレマティクス事業が雪だるまのように転がりながら育った実体験があります。また、当社には職人技ともいえる技術者のこだわりが受け継がれており、音作りや画作りにプライドを持っています。

 ドライブレコーダーは当初、安価なモデルが先行していたところ、当社が得意とする映像技術を生かし、細部までこだわった画作りをしたことで、今では業界トップレベルのシェアを獲得するに至りました。このドライブレコーダーに通信機能を搭載することで、自動車保険会社や海外スタートアップのライドシェア事業者などと繋がり、それぞれの課題を解決するソリューションの提供へと広がったのです。

 我々の事業部としては、当社の強みである「映像」「音響」「通信」の技術に立脚した新しい顧客価値の実現を、日本文化となりつつある「オタク的」な趣味の分野で広げて行きたいと思います。また、テレマティクスにおいては、現在、我々の事業部で進める、通信型のドライブレコーダーを発展させ、映像技術を駆使した安心安全分野へ展開したり、昨年度より開始したタクシーの配車事業を発展させ、MaaSや高齢化社会へ対応することなど、分野をどんどん広げたいと思っています。あとは、当社が保有する知財も非常に多いため、これも活用もできれば良いですね。

――新規事業創出の取り組みの成果をより大きなもの、持続的なものにするため、今後どのような取り組みが必要だと考えていますか。(松岡)

真島 やはり社内の風土変革、意識変革が何よりも大事だと思います。何が行われているかを従業員に分かりやすく伝えるため、社内のイントラでも目立つ場所で継続的に発信しています。一部の人がやることではなく、広く社員に関心を持ってもらいたいと思います。

 新規事業の取り組みは、全事業を対象に大きな枠組みで進めるよりも、小さく始め、全体を見渡せる立場の事務局が社内関連各部署に橋渡しをしながら進めるのが良いと思っています。

 例えば、コンビニと連携した買い物難民に対応するサービスなどは、既存事業から出てくるものではありません。また、既存事業部での新しい取り組みはどうしても小粒なものになりがちであり、時間がかかってしまいがちです。これからもDXビジネス事業部が社外とオープンかつ軽いフットワークで共創することで、関連する既存事業部にきっかけを提供することができると思います。

 方向性は先に述べた通りですが、新しい価値提供への挑戦は今まで培ってきた顧客接点があってこそです。現状では満たせていない顧客からの期待に応えられるよう、これからも新しい価値創出に向き合っていければと思います。

* * *

 次稿より上記を踏まえた考察を行うが、今後頻出するキーワードを事前に定義したい。「イノベーション」の定義は異なるものの、新結合による新しい価値創出を指し、目的と手段の両方を含めた、変革そのものを意味する。また、「オープンイノベーション」とは、イノベーションの中でも社外との共創を志向するものとする。「共創」はオープンイノベーションと同義とする。「アクセラレータープログラム」は、社外のスタートアップとの共創を目指すプログラムを指し、それはあくまで手段との認識だ。

 なお、JVCケンウッド、ADL、Crewwの本稿当事者がパネラーとして参加するイベントを、10月4日(金)の夜に実施する。本記事の内容に興味を持たれた方は、ぜひ参加されたい。(イベントページ:https://peatix.com/event/1327440/view

(第2回へ続く)

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