(北村 淳:軍事社会学者)
トランプ大統領がジョン・ボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官を解任した。
ボルトン元国連大使は、トランプ大統領にとってマイケル・フリン(退役陸軍中将、およそ3週間で解任)、ハーバート・マクマスター(陸軍中将、およそ13カ月で解任)に続く3人目の国家安全保障問題担当大統領補佐官であった。およそ1年半にわたり補佐官を務めたが、意見の対立がトランプ大統領の我慢の限界を超えたため、解任されたのだ。
方向性は同じだった対イラン政策
対イラン“超”強硬派、対北朝鮮強硬派のボルトン補佐官が、対イラン政策ならびに対北朝鮮政策でトランプ大統領と対立していたことはよく知られていた。
ただし、トランプ大統領がボルトン補佐官を解任する最大の意見の相違は、対イラン政策より対北朝鮮政策にあったと考えられる。この時期にボルトン氏を解任するということは、多かれ少なかれ、来年の大統領選挙を意識しての判断であったと考えるのが至当であるからだ。
対イラン政策はイスラエル問題と直結しているし、イスラム教とキリスト教という宗教問題とも関係している。そのため、ユダヤ系アメリカ市民はもちろんのこと、多くの米国民にとっても、ある程度の対イラン強硬姿勢は受け入れられやすい外交方針である。
もちろん親イスラエル派のトランプ大統領は、イランに対して強硬姿勢を堅持している。しかし、軍事攻撃をも辞さない対イラン“超”強硬派かつ“超”親イスラエル派のボルトン氏の対イラン戦略には、トランプ大統領も躊躇せざるを得なかったようである。
つまり、ボルトンとトランプとの対イラン政策に関する対立は、イランに対する強硬姿勢の「度合い」の程度の差であった。
対北朝鮮政策での決定的な対立
これに対して、両者の対北朝鮮政策には決定的な差があった。金正恩書記長との「手打ち」を目指しているトランプ大統領にとって、その目論見を(結果的には)阻止してきたボルトン補佐官との対立は歩み寄りが不可能だったと言ってよい。
トランプ大統領にとって金正恩書記長との「手打ち」、すなわち北朝鮮との「表面的な関係正常化」は、来年の大統領再選ならびに大統領としての歴史に残る外交的業績として極めて重要であるからだ。
すでに朝鮮戦争停戦以降66年も経過した現在、トランプ自身を含めて多くのアメリカ国民にとって、アメリカと北朝鮮との敵対関係、すなわち北朝鮮問題は、「北朝鮮がICBM(北朝鮮からアメリカ本土に到達する核弾頭搭載大陸間弾道ミサイル)を完成させ実戦配備させるのか否か?」に関する問題に集約することが可能である。それ以外の北朝鮮情勢は、極東戦略専門家以外のアメリカ国民にとってはさほどの関心事ではない。
要するにトランプ政権にとっては、ICBM開発配備問題で金正恩政権と「手打ち」さえすれば北朝鮮との関係を正常化できるのである。
もちろん正常化といっても、それは表面的な“とりあえず”の外交関係正常化にすぎない。ICBM以外の軍備問題をはじめ独裁統治体制や人権蹂躙問題などには踏み込まず、ともかくICBM問題さえ妥結すれば双方にとって満足できるという意味での正常化である。
トランプ政権発足後しばらくの間、マティス国防長官やマクマスター補佐官が健在であった時期には、北朝鮮の核開発能力とミサイル開発能力の全てを葬り去ることが目標に掲げられていた。しかし、このような核・ミサイル開発能力の完全なる排除を目指す限り金正恩とのディールはありえないと見て取ったトランプは、自らの政治目的である米朝関係の進展を達成させるためには、アメリカ自身が直接軍事攻撃を受ける可能性のあるICBMの除去だけに焦点を絞ることが手っ取り早いという決断を下したのであろう。
しかしながら、北朝鮮から核・ミサイル開発能力の全て(あるいはその大半)を除去すべきであるとの立場だった元海兵隊大将マティス国防長官や陸軍中将マクマスター補佐官たちが政権を去った後も、ボルトン補佐官は北朝鮮に対する妥協は絶対に容認しないという姿勢を堅持していた。そのためトランプ大統領の政治的目的は進展を阻まれていたのである。
日本にとっては悪夢の始まり
そのボルトン補佐官が政権から去った。これによってトランプは金正恩と「手打ち」するためにさらなる一歩を踏み出すことになるであろう。
トランプ大統領がICBM開発の制限だけに焦点を絞ることは、金正恩政権にとっては悪い話ではない。所詮、北朝鮮にはアメリカと一戦を交えることなど不可能な話なのだ。
しかしながら、日本にとってはまさに安全保障上の悪夢の始まりとなる。
もしトランプが金正恩と合意に達して北朝鮮のICBM計画が停止したとしても、日本に対する北朝鮮の直接的軍事脅威が軽減することにはならない。日本にとっての軍事脅威はICBMではなく、準中距離弾道ミサイルならびに中距離弾道ミサイルだからだ。だが、トランプ大統領はICBM以外の「飛距離の短い」すなわち「アメリカ本土には届かない」ミサイルには関心がない。
それらの「飛距離の短い」ミサイルに核弾頭が装着された場合には、トランプ政権としても関心を示さざるを得なくなるであろうが、非核保有国である日本に対して発射される可能性が大きいのは、核弾頭搭載ミサイルではなく非核弾頭搭載ミサイルである。核弾頭が搭載されていない「飛距離の短い」ミサイルにトランプは関心を示さない。
つまり、ICBMではなく、核弾頭が搭載されていない、対日攻撃に用いられる弾道ミサイルは、今後トランプ政権にとって関心の外となり、敵視する対象ではなくなるというわけだ。
それだけではない。数多くの弾道ミサイルが日本に突きつけられていれば、そして日本政府がこれまでどおりに弾道ミサイルへの対抗策を弾道ミサイル防衛システムだけに頼り切るという誤りから目を覚まさない限り(本コラム2018年12月13日「台湾を見習え 日本に決定的に欠ける報復攻撃力」、拙著『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』など参照)、トランプ政権は日本に対してより一層弾道ミサイル防衛システムの売り込み攻勢をかけることができることになる。
北朝鮮からは弾道ミサイルを突きつけられ、アメリカからは弾道ミサイル防衛システムを売りつけられる、まさに日本にとっては悪夢の始まりである。
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