2019年9月27日(金)からいよいよ世界初演されるKバレエカンパニーの新作『マダム・バタフライ。同バレエ団の20周年公演として、また芸術監督の熊川哲也が初めて日本を舞台とした、和洋の融合を目指す意欲作だ。このほど都内で行われた公開リハーサルには、熊川監督自身が参加。矢内千夏堀内將平の「初夜のパ・ド・ドゥ」と「花魁道中」のリハーサルを披露しながら、『マダム・バタフライ』の創作に対する思いなどを語る熱い口調からは、作品に対する意気込みや自信が直球で伝わってきた。公開リハーサルの様子をレポートしよう。(文章中敬称略)

■信念を持って生き抜いた、明治の日本女性の美しさを表現

まず披露されたリハーサルは、オペラなら1幕の最後、バレエでは2幕で上演される、バタフライとピンカートンの初夜の場面だ。バタフライキリスト教に改宗してピンカートンと結婚することが叔父ボンゾウの怒りにふれ、彼は結婚式の場をめちゃめちゃにし、そこに2人取り残されたマダム・バタフライとピンカートンという場面である。

熊川哲也

熊川哲也

リハーサルに先立ち、熊川監督はまず開国当時、生きるために遊女となった女性たちの話を語り、「米軍兵と日本人の遊女とのモノクロ写真を見たとき、女性たちは凛としているが、自分は同時に何か寂しさを感じた。しかし彼女達は信念を持って生き抜いたのだろうし、ジョン・ルーサー・ロングも彼女たちに憐憫を感じたのか、悲しいだけではないロマンを加えて小説『蝶々夫人』を書いたのだろう。だからこそ全てが非常に美しく感じられるし、同時に凛と生き抜いた日本女性は素晴らしいと思える」と話す。

祝福されない結婚式で迎える、2人の初夜のリハーサルシーンが始まる。
うつぶせになり悲しみに暮れるバタフライ(矢内)を慰めるピンカートン(堀内)。矢内の表情には不安や悲しみのなかで「彼を信じる」「自分はどう生きたいのか」といった様々な思いが交錯する表情が見て取れ、先に熊川監督が話した「モノクロ写真」の日本女性たちが頭をよぎる。身を起こして正座する矢内の姿は、まるで西洋絵画を学んで日本女性を描いた、例えば黒田清輝や横山大観の描く日本女性のような、和洋折衷の中の日本美を感じ、ハッとさせられる。

撮影:西原朋未

撮影:西原朋未

リハーサルバタフライとピンカートン、それぞれが思いを確かめ合うようにいつしか手を取りパ・ド・ドゥへ。ピンカートンにリフトされながら微かに笑みを浮かべる矢内・バタフライの表情が儚く、愛らしく、彼女は15歳の少女であったことを改めて思い出す。バタフライの、時折蝶々がひらひらと舞うような振りも実に印象的だ。鳥のような大きな羽ばたきとは違った奥ゆかしい振りが、明治の日本女性の心持ちを感じさせた。

撮影:西原朋未

撮影:西原朋未

■バレエにおける和洋折衷の一つのかたち「花魁道中」

続いて「花魁道中」のシーンが披露される。このシーンで使われる曲はプッチーニオペラ蝶々夫人』からのもので、「この曲を聴いて『マダム・バタフライ』をつくろうと思った」と熊川監督が語ることから、非常に思い入れと、強い意欲が注がれたシーンであることが想像できる。

撮影:西原朋未

撮影:西原朋未

この『マダム・バタフライ』は「実際のオペラバレエ化しただけでは登場人物も少なく、1幕ほどで終わってしまうため、自由な発想を加えながら、ピンカートンのアメリカ時代と、長崎でのピンカートンとバタフライの出会いを付け加えた」と熊川監督。花魁道中はピンカートンとバタフライの出会いの場にも大きく関わる場面で、花魁という、いわばスーパースターに無邪気に無礼を働いてしまうバタフライに、ピンカートンが心を惹かれる、という展開となるらしい。

その重要シーンに登場するのは、色とりどりの扇子を持った8人の遊女と、凛と立つ花魁だ。
オルゴールのメロディにしても心地よいだろうなと思わせる曲に合わせ、和の愛くるしさとバレエのエレガントさが優和に溶け合う。これが実際に着物のような衣装を着けたら、まさに日本の美と西洋のバレエの、和洋折衷の体現が見られるのではないかという期待が高まる。

と同時に、もしや熊川監督はこの作品で世界に打って出ようと考えているのではなかろうか、という思いもよぎる。
リハーサル後に質問を投げかけたところ「この舞台を見ていただきたいのはまずはオーチャードホールに来るお客様。しかし海外からのプロモーターも来るし、彼らが海外で上演したいと言えば受けていく」と笑った。

■「妥協はしない。Kバレエにもっと誇りを持ってほしい」

リハーサルを終え、矢内は先に熊川監督が語った「モノクロ写真の女性たち」にもふれ、「当時の女性たちは自分の気持ちを優先することはなく、グッと抑え込む。パ・ド・ドゥでは悲しさや不安など、どうしようという思いがたくさんあるが、そうした感情を堪えることで伝えられるものがあるのでは」と語る。

 

矢内千夏  撮影:西原朋未

矢内千夏  撮影:西原朋未

また堀内は「物語の中ではアメリカ人の役。とくに長崎に来てからは、日本人の中のアメリカ人という立ち位置になるので、偉そうな歩き方や傲慢さなどを出していくよう心掛けている」と話した。

堀内將平  撮影:西原朋未

堀内將平  撮影:西原朋未

Kバレエ設立から20年を経て、世に放つ“野心作”、『マダム・バタフライ』。熊川監督は「Kバレエはセットや衣裳など作品の規模が大きいし、自分も作る以上は妥協しない。国立のバレエ団をはじめほかがやらない発想でバレエをつくり、世に送り出しているKバレエを、日本の皆さんはもっと誇りに思ってほしい」と自信を湛えて語る。そして「完璧とは何かをお見せしたい」と締めくくる。9月27日(金)からはじまる公演で、その「完璧」の姿が明らかになるだろう。歴史的な公演となることは間違いない。

Tetsuya Kumakawa K-BALLET COMPANY Autumn 2019『Madame ButterFly

取材・文・撮影=西原朋未