北朝鮮金正恩委員長と韓国の文在寅大統領が首脳会談を行い、「平壌共同宣言」に署名してから19日で丸1年となったが、この節目の日に北朝鮮メディアはいっさい、このことに触れなかった。

今年2月にベトナムハノイでの米朝首脳会談が決裂して以降、北朝鮮は南北経済協力などの約束を履行せず、米韓合同軍事演習を続ける文在寅政権への非難を強めてきた。それでも、昨年4月の南北首脳会談で採択された「板門店宣言」から1周年のときは、対韓国窓口機関・祖国平和統一委員会が備忘録を発表している。韓国を非難する内容ではあったが、宣言の重要性に対する認識は示していた。

米国から不快感

それを考えると、共同宣言から1周年を迎えながらまるで言及がないとは、なかなか驚くべきことと言える。

北朝鮮が沈黙している理由は、おそらくひとつだろう。もうこれ以上、文在寅政権を相手にしないということだ。現に、祖国平和統一委員会は8月16日の報道官談話で、文在寅氏が「光復節」(8月15日)に際して行った演説で朝鮮半島の平和構築などを訴えたことを非難、「(韓国当局者と)これ以上話すこともないし、再び対座する考えもない」と宣言している。

それにしても、文在寅政権に対する金正恩氏の「無視」戦術は徹底している。日本も韓国政府による軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄などを受けて、敢えて騒ぎ立てない「無視」戦術を取っているが、金正恩氏のそれは日本以上の徹底ぶりだ。

共同宣言にまったく言及していないのも、何を言っても、韓国側に今後の展開への期待を抱かせてしまうと考えているからではないか。

一方、韓国メディアによれば、青瓦台大統領府)は19日、平壌共同宣言について、「北から寧辺の核施設廃棄の提案が出たことと、(緊張緩和のための)軍事合意を結んだことが成果だ」と自賛したという。

しかし、北朝鮮弾道ミサイルをバンバン撃っている現状を考えれば、軍事合意がまともに機能しているかは疑問だ。それに寧辺廃棄の提案は米朝対話の進展がなければ実現せず、それが実現してもイコール非核化の実現ではないから、南北経済協力も始められるかどうかわからない。

そういえば、文在寅氏は寧辺廃棄についておかしな解釈を披露し、米国から抗議の声が上がったことがある。

文在寅氏は6月26日、国内外の通信社との書面インタビューで、「プルトニウム再処理施設とウラン濃縮施設を含む寧辺の核施設のすべてが検証の下で全面的に完全に廃棄されるなら、北朝鮮の非核化は後戻りできない段階に入ると評価できる」との考えを示した。これに対して米ホワイトハウスの関係者らが、「(文大統領とは)考えが同じでない」とし、不快感を示したのだ。

文在寅氏とホワイトハウスの「ズレ」を垣間見せるエピソードは枚挙に暇がないが、金正恩氏はまず間違いなく、そうした動向をつぶさに観察している。その結果、「付き合っていてもロクなことがない」などの結論に達したことが、徹底した「無視」戦術につながっているのかもしれない。

(参考記事:「何故あんなことを言うのか」文在寅発言に米高官が不快感

金正恩氏と文在寅氏(平壌写真共同取材団)