PanAsiaNews:大塚智彦)

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 インドネシア最東部、ニューギニア島の西半分を占めるパプア州、西パプア州で続くパプア人とインドネシア国軍・警察による騒乱状態は、発生から約1カ月が経過したものの、依然として予断を許さない状況が続いている。

 インドネシア第2の都市・東ジャワ州スラバヤ市でのパプア大学生に対する侮辱、差別発言に端を発したパプア人の抗議活動は、パプア地方全土飛び火した後、悲願である「独立を問う住民投票の実施」という政治的運動に変質した。インドネシア政府によるアメとムチを使った事態沈静化策もさほど効果を発揮せず、現地では新たな衝突で3人が死亡する事態となっている。

 事の発端はこうだ。8月17日インドネシア独立記念日に、スラバヤにあるパプア大学生の寮に、治安部隊が家宅捜索に入った。容疑は、インドネシア国旗を冒涜し、その動画をインターネットアップしたというもの。結局パプア人学生らの関与の疑いは偽情報に基づくもので、最終的に学生たちの嫌疑は晴れたのだが、一度は43名もの学生が身柄を拘束された。それだけならまだよかったのだが、パプア人学生たちの身柄を拘束する際に、治安部隊や周辺住民らが、学生に対して差別的言葉を投げかけたのだ。これをきっかけに、パプア人による抗議デモや集会が、パプア各地や首都ジャカルタに一気に拡大したのだ。

 慌てた政府は、「パプアインドネシアも一つ」などと一体感をことさら強調して差別の根絶を働きかけたのだが、効果はほとんどない。

 ジョコ・ウィドド大統領も、パプア地方の要人を大統領官邸に招いて懇談し、同地方に大統領宮殿を建設することやパプア人の公共機関への就職促進などを提案、懐柔策で事態の収拾を図ろうと躍起となっている。

治安組織は強硬姿勢で沈静化狙う

 その一方でウィラント調整相(法務・政治・治安担当)を筆頭とする元軍幹部の政府要人は、「偽情報による混乱回避」を理由に、一時パプア地方でのネット接続を遮断するとともに、治安回復のためとして軍や警察の増派を主導、強硬策による事態沈静化に乗り出した。

 パプア人差別に対する怒りが独立運動に変質するという事態に至り、治安当局は「パプア情勢の悪化の背後には外国勢力が関連している」、「テロ組織の関与が疑われる」などと「スケープゴート探し」に躍起になっており、パプア人権問題や独立運動に関する活動家らへの締め付けも次第に厳しさを増している。

 9月4日には、東ジャワ州警察が、パプア情勢に関して国際的に情報発信をしている弁護士のフェロニカ・コマンさんを、「独立派サイドに立って国家の分裂と民族の対立を煽る情報を拡散している」と判断、情報操作による治安かく乱の容疑者として認定するに至った。

 ジョコ・ウィドド政権は事態収拾のためにパプア地方への外国人、外国メディアの立ち入りを規制するとともに、インターネット上での情報発信・拡大にも神経を尖らせており、フェロニカ弁護士にも容疑者認定で圧力をかけた形だ。

 この動きに対して国際社会は素早く反応した。国連人権高等弁務官事務所が16日にフェロニカ弁護士への容疑者認定の取り消し、人権上の保護とともに、依然としてパプア地方で続くとされるインターネット接続の制限などを撤回するよう求める国連専門家談話を発出し、インドネシア政府に事態の改善を求めた。

山岳地帯では新たな衝突で死者も

 こうした中、新たな惨事が発生した。9月17日パプア州山間部のプンチャック県オレン村で独立を求めるグループメンバーとみられるパプア人集団とインドネシア治安部隊が衝突。軍の発砲でパプア人住民3人が死亡、4人が負傷するという事件が起きてしまった。

 現地から情報を得た人権問題を主に伝える「ブナール・ニュースネット版)」などによると、オラン村で警戒中の軍部隊が、武装したパプア人が伝統家屋に入るところを目撃した。そこで家屋に向けて一斉射撃したところ、内部にいたパプア人住民が死傷したのだという。3人の死者のうち1人は幼児だった。また16歳の少女を含む4人の負傷者は、隣接のティミカにある病院に搬送され手当てを受けているという。

 当初、現地警察当局者は地元マスコミに対して「銃撃による被害は現在調査中である」として死傷者数を明らかにしていなかった。だが、翌18日になってようやく、死傷者が出たことと、武装したメンバーはその後山間部に逃走したとみられるという当時の状況を明らかにした。

 ほかにもパプア人への締め付けの実態が伝えられている。パプア州の州都ジャヤプラの空港に近いセンタニ地区で17日、独立活動家のアグス・コサイ氏とドニー・コシアイ氏が治安当局によって逮捕された。

 また首都ジャカルタ南部のデポック警察にパプア人学生6人が拘束され、弁護士の接見を拒否しているとの情報もあり、各地でパプア活動家への強制捜査が強化されている模様だ。

 特にパプア地方では、増派された治安部隊による独立運動組織メンバー活動家に対する捜索、拘束が続いており、これに抵抗した場合には銃撃事件が発生しているようだ。

 ところが現地での取材機会やネット携帯電話による情報収集手段が著しく制限されていることなどから、インドネシア国内での報道は下火になっている。こうした一種の「情報統制」は、独立運動の高揚・拡大を抑制したい政府、とりわけ独立組織への掃討と称して鎮圧作戦を強化している軍や警察には都合のいい状態となっている。

 このためパプア地方の実情を知るには、人権団体や人権活動家の情報発信に頼るしかなくなっているような現状で、「パプアで一体何が起きているのか」がインドネシア国民にもわかりにくい状況が続いている。

釈放後に死亡した活動家も

 パプア州では16日に西パプア委員会のメンバー活動家のザモトク・ロコン氏が病死した。「ジャカルタポスト」によるとロコン氏は2018年5月に強盗容疑で逮捕、有罪判決を受けてジャヤプラの刑務所で服役していたが、今年7月9日に刑期を終えて釈放され、そのまま入院していた。

 関係者によると服役中から腸などの不調を訴え、治療を求めていたが、服役中は満足な治療を受けさせてもらえなかった。そこで釈放後に入院したのだが、手遅れで死亡したという。

 ジャヤプラの刑務所関係者は「ジャカルタポスト」に対し、「ロコン氏はすでに釈放されており、刑務所内で死亡した訳ではない。我々は所内での治療を含め最善を尽くした」とコメントしている。

 パプア地方の治安は、政府の「沈静化に向かっている」との見解とは異なり、各地で悪化が伝えられている。インドネシアの民間航空関係者は、パプア州山間部にあるワメナ空港からムギ空港、マペンドゥマ空港に向かう定期貨物航空便が当面の間停止したことを明らかにした。空港を含めて周辺地の治安悪化が理由だという。

 生活物資などを輸送する住民の生命線でもある貨物機の運航は重要だが、週刊誌テンポ」のネット版などによれば、ワメナ空港を出発する2路線をパイロットが「危険」を理由に拒否したことから、運航休止に追い込まれているのだという。

 こうしたことからもパプア地方の特に独立武装組織「自由パプア運動(OPM)」が活動する山岳部を中心に、治安状況が依然として安定していないようだ。

 4月の大統領選挙で再選続投を決めたジョコ・ウィドド大統領は、10月1日に発足する新政権を今後5年間率いることになるが、パプア問題は国内最大の治安課題として早急な対処が求められている。

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パプア州ティミカでの抗議活動に対して警備に当たる兵士(8月21日撮影。写真:AP/アフロ)