僕は、「創造主」という意味での「神様」のことは、信じていない(いや、別にどんな神様もことさらに信じてはいないが)。しかし、物理学に関する本をさまざまに読んでいると、ときどき「神様、なんでこんな風に世界を作ったん?」と問いただしたくなるような話にたくさん出会う。「現実は小説より奇なり」とはよく言う話だが、物理学を通じて世界の仕組みについて知れば知るほど、その思いはますます強くなっていく。

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 物理学の世界には、「この世界は、人間という存在が生み出されるように細部が調整されている」というような主張をする「人間原理」という考え方もあるが(意見の分かれる考え方であり、現時点ではまだ多くの支持を得ているわけではないようである)、確かにそう言ってしまいたくなるぐらい、僕らが生きている世界はヘンテコなのである。

 今回は、そんな世界のヘンテコさ加減がわかる理系ノンフィクションを3冊紹介しようと思う。

ダークマターと恐竜絶滅になんの関係が?

「恐竜が隕石の衝突によって絶滅した」なんていう話は、今では常識とされていると思うが、『ダークマターと恐竜絶滅』(リサ・ランドール)を読んで意外だったのは、このことが学術的に確定したのは2010年だったということだ。確かに、学術的に物事を確定させるのには、様々な証拠や議論の積み重ねが必要だろうし、時間が掛かるのは分かるが、それにしてもつい最近であることに驚いた。1980年代にはむしろ、そうした考えは「異端」「頭がおかしい」と捉えられていたという。

 本書には、そもそも「宇宙から飛来した物体が地球にぶつかるという現象」そのものが受け入れられたのも割と最近だという記述もある。確かにカメラなどの記録装置がなく、精密な分析機器のない時代には、「空からデカイものが降ってきた!」と一般人の目撃者が言っても科学者は信じられなかったのだろう。隕石が宇宙から飛来するものだと正式に認められるようになったきっかけは、1794年に科学者たちの目の前でたくさんの石が落ちてきたことがきっかけだったらしい。

 さて本書は、そんな隕石と絶滅をテーマにした作品だが、著者のリサ・ランドールは素粒子物理学者である。そんな彼女がなぜ隕石や絶滅を扱うことになったのか。

 素粒子物理学の世界では、「ダークマター」と呼ばれる謎の物質について研究がなされている。これについて説明するのはなかなか難しいのでざっと書くと、とにかく「どんな観測機器を使っても現時点では見つけられないけど、でも存在しないわけがない物質」という感じだ。意味不明だろうが、まあとにかく素粒子物理学の世界では、この存在するはずの「ダークマター」が研究対象になっている。

 そしてこの「ダークマター」の研究を続けることで、著者は「ダークディスク」という、これまで観測されたことがない構造物が銀河系に存在する可能性があると気づき(これは、存在するならば今の技術で観測可能らしい)、そこから「DDDM理論」と呼ばれる理論を作り出した(これが何かは後述する)。

 さて、この時点ではまだ絶滅の話と結びついていないが、著者はあるディスカッションに参加した際に興味深い話を聞いた。それが、「地球上の生物の絶滅には一定の周期があるように観察される」というものだ。生物学の世界ではその周期はまったく説明不可能だったが、「DDDM理論」ならもしかしたら解決できるかもしれないという話になった。

 というのも、もし「ダークディスク」が存在するなら、周期的に「オールトの雲(これは、地球にやってくる隕石が生まれる場所だと考えられている)」が影響を受け、通常地球に飛来するはずではなかった隕石がやってくる可能性があるからだ。そして、その「オールトの雲」が影響を受ける周期が、生物の絶滅の周期と関連性があるのかを、現代の技術なら観測によって確かめられるのだという。

 恐竜の絶滅と素粒子物理学が意外なところで結びつく、非常にスリリングな一冊だ。

“空間”は幻想にすぎないのか

 次は『大栗先生の超弦理論入門』(大栗博司)だが、最初に書いておくと、この「超弦理論」は、まだ物理学的に正しいとは認められていない。物理学の理論というのは、何らかの予測をし、その予測が観測によって正しいと認められることによって正しさが証明される。しかしこの「超弦理論」による予測は、現時点の技術水準では観測不可能で、実験的に正しさを検証することができないのだ。しかし一方でこの理論は、20世紀物理学の二大巨頭である「相対性理論」と「量子論」を融合するための最有力候補と言われており、その美しさから研究する人が多くいる、そんな理論である。

 超弦理論というのは、「粒子ってのは点じゃなくて、ヒモみたいなものが振動してて、その振動の仕方によって違った風に見えるんだわ(ま、あまりに小さすぎてそのヒモ自体は今は観測できないけどね)」という理論である。で、細かいことは僕には説明できないが、こう考えることでいろんな矛盾が解消したり、説明不可能だった現象が理論的に説明できたりするようになるのである。

 さて、本書を読んで最も衝撃的だったのが、「空間というのは幻想かもしれない」という話だ。なぜ超弦理論からそういう話が飛び出してきたのか、という部分については、なかなかイメージしにくい説明をしなければいけないのでここでは割愛するが、「空間が幻想である」という言葉の意味だけ説明しておこう。

 僕らは「空間」というものを「存在するもの」だと思っているはずだ。「空間」という「存在するもの」の内側に自分が生きている、と実感しているだろう。ではここで、「温度」について考えてみよう。僕らはマクロな世界(僕らの日常生活レベルの世界)では、「温度」が存在すると思って生きている。天気予報や料理など、さまざまな場面で「温度」は登場する。しかし、物理学的な意味で言えば「温度」というものは存在しない。ミクロな世界(原子とかの世界)で見れば、「温度」というのは「分子が持っているエネルギー(の平均)」でしかない。つまり、マクロな世界では存在するように思える「温度」は、ミクロな世界では実は存在しないのだ。

 本書では「空間」も同じようなものではないか、と説明している。「温度」が実は「分子のエネルギー」だったように、「空間」も実は別の何かがそう見えているだけなのではないか、と。少なくとも、超弦理論がもし正しいとすれば、そう考えざるを得なくなるという。イメージできないと思うが(僕もちゃんとはできていない)、こういう理解を超越した話が飛び出すのも、また物理学の面白さである。

宇宙は生じずにはすまない

 冒頭で創造主の話に触れたが、『宇宙がはじまる前には何があったのか?』ローレンスクラウス)はまさに宇宙の始まりについての話だ。宇宙がビッグバンによって生まれた、ということは広く知られているだろうが、じゃあビッグバンより前にはどんなことが起こっていたの?という疑問に答えるのが本書である。

 さてこの「宇宙がはじまる前には何があったのか?」という問いについて考える時、注意しなければならないことがある。それは、「時間や空間もビッグバンによって生まれた」ということだ。僕たちは基本的に、何かの「前」について考える時、そこに時間や空間も前提としてしまう。例えば「子どもが生まれる前」であれば、その前は子宮、その前は精子と卵子、そしてその前は精子や卵子が作られる細胞分裂・・・などという風に、時間や空間がある中で何が起こっているのかを考えることになる。

 しかし宇宙の場合は、それが生まれる前は時間も空間もなかった、ということを理解することが重要だ。本当に何もない、まったくの無。そこからどうやって宇宙が生まれたかについて物理学者たちは考えているし、その現時点での集大成が本書に詰め込まれている。

 本書によって描像される「宇宙がはじまる前」を、そしてその考え方にどのようにして行き着いたのかを簡単にまとめることは困難であり、ここでは諦める。一番重要な部分だけを挙げるとすれば、量子論という理論による「何もない空間に突然粒子が現れることがある」ということだろう。

 何を言っているのか理解不能だろうが、ハイゼンベルクの不確定性原理という原理によって、このことは正しいと認められている。何もないところに突然粒子が現れる(この粒子は「仮想粒子」と呼ばれている)なんておかしいとか、突然粒子が現れるってことは実は「何もなかったわけじゃない」ってことなんじゃないの、みたいな疑問はいろいろ湧くだろうが、そのあたりの疑問を解き明かしたければぜひ本書を読んでほしい。量子論によれば、むしろ「何もない空間に突然粒子が現れる」という状況の方が自然なのだ。

 本書には、こうも書かれている。

【量子重力は、宇宙は無から生じてもよいということを教えてくれるだけでなく(この場合の「無」は、空間も時間もないという意味であることを強調しておこう)、むしろ宇宙が生じずにはすまないということを示しているように見えるのである。「何もない」(空間も時間もない)状態は、不安定なのだ。】

 かつて人々は、無から有を生み出すことへの敬意を込め、それを行った「創造主」という存在を想定した。しかし物理学の進歩によって、むしろ「無であり続けること」の方が不安定だということが分かってきたのだ。宇宙の始まりを巡る物語は、多くの物理学者たちの頭を悩ませ、また考え方の大転換を幾度も迫ってきた。そのダイナミックな歴史を、本書を通じて感じてほしい。

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