(北村 淳:軍事社会学者)
トランプ政権下の新軍事戦略では「自由かつ開けたインド太平洋」をキャッチフレーズに掲げ中国による南シナ海や東シナ海での覇権拡大の動きをなんとか押さえ込もうとしている。
米軍では、かつて用いられてきた「アジア太平洋」という表現に変え、「インド太平洋」という表現に変更した。西太平洋(フィリピン海、東シナ海、南シナ海)からインド洋(マラッカ海峡からアデン湾にかけての北部インド洋)という、アメリカ海洋戦力が中国海洋戦力と対決する地域に絞り込んだ表現である。
アメリカと中国の非難の応酬
中国は1974年以来実効支配を続けている西沙諸島の軍事施設を強化し、南沙諸島に人工島を建設して軍事施設を次から次へと設置し、地対空ミサイルシステムや地対艦ミサイルシステム、それに戦闘機などの配備も進めている。トランプ政権はその状況を「中国による南シナ海の軍事化」と呼んで中国を非難している。
そして、中国による南シナ海や東シナ海の軍事的支配から民主主義諸国の船舶航空機の航行自由を守るとともに、中国に国際法秩序を遵守するよう促すために、南沙諸島や西沙諸島の周辺海域に軍艦や航空機を派遣する「公海自由航行原則維持のための作戦:FONOP」を断続的に実施している。
このようなアメリカの姿勢に対して、中国はアメリカが用いている「自由かつ開けたインド太平洋」とは「アメリカによるインド太平洋の軍事的支配」を意味しているとして反発し、「南シナ海をはじめとする領域紛争は、あくまで紛争当事国間(注)の話し合いによって解決すべきであり、第三国が介入する問題ではない」との、かねてよりの主張を繰り返している(注:中国にとっての「紛争当事国」とは、中国、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、インドネシアなどを指す。台湾を中国領としている中国は、当然ながら台湾は紛争当事国とは認めていない)。
そして中国は、「アメリカはインド太平洋の軍事的支配を維持するために、FONOPという表看板を掲げて軍艦や爆撃機を南シナ海、それも中国の主権的領域に送り込み、中国に軍事的脅威を加え続けている。アメリカこそが、南シナ海の軍事的緊張を高めている張本人である」と非難を強めている。
武装を強化して舞い戻ってきた沿海域戦闘艦
このような応酬が続く中、アメリカ海軍インディペンデンス級沿海域戦闘艦「モントゴメリー(LCS-8)」が本年(2019年)7月上旬からシンガポールに配備され、タイ湾から南シナ海南部にかけてのパトロール任務を実施している。
そして9月中旬にはインディペンデンス級沿海域戦闘艦「ガブリエル・ギフォーズ(LCS-10)」がサンディエゴ軍港からシンガポールのチャンギ軍港に向かった。
じつは、シンガポール政府とアメリカ政府の協定によってアメリカ軍はシンガポールの海軍施設と空軍施設を使用しており、アメリカ海軍は2013年4月からシンガポール海軍のチャンギ基地に沿海域戦闘艦1隻を交代で常駐させていた。しかしながら、南シナ海での中国海軍との対決姿勢が強化されるに伴って、沿海域戦闘艦の戦闘力不足が目立つようになってきた。
投入される任務に応じて積載する装備を付加する「システム艦」として設計されたアメリカ海軍沿海域戦闘艦には、自衛のための必要最小限の兵器しか装着されていない。そのため、敵艦を攻撃するための艦対艦ミサイルを装備していなかった沿海域戦闘艦は、しばしば南シナ海で中国海軍フリゲートなどに追いかけ回されるという事態に遭遇していた。
中国海軍の新型フリゲートや駆逐艦はもとより、旧式フリゲートといえども少なくとも8発の艦対艦ミサイル連射能力を付与されている。したがって、中国艦と交戦するには機関砲に頼るしか手段のなかったアメリカ海軍沿海域戦闘艦は、中国艦が突進してきた際には逃げるしか選択肢はなかったのだ。
さらに、失敗作と評されることが少なくない沿海域戦闘艦(フリーダム級インディペンデンス級の2種類があるが、ともに故障や欠陥が多発しており、評判は良くない)のメンテナンスや修理がシンガポールでは難しいといった問題も表面化した。そのため、2017年11月、シンガポールに派遣されていた3代目の沿海域戦闘艦は撤収してしまった。
その後も南沙諸島に人工島軍事基地群を設置した中国の南シナ海支配態勢はますます強化され続けていた。
そこで、アメリカ海軍は再びチャンギ軍港に沿海域戦闘艦を配備することに決した。それも、トランプ政権による対中姿勢の強硬化に対応して、武装を強力に施した沿海域戦闘艦を2隻配備することにしたのである。
アメリカは抜本的な戦略転換が不可欠
このたびシンガポールに展開することになったモントゴメリーとガブリエル・ギフォーズには、ともにMQ-8C無人偵察ヘリコプターとネィヴァル・ストライク・ミサイル(NSM)が新たに搭載された。MQ-8Cドローンは、超水平線偵察作戦能力を認定されたばかりの新鋭無人ヘリコプターで、同じくこれまでのハープーン艦対艦ミサイルよりも射程距離を伸ばした新鋭艦対艦ミサイルであるNSMと組み合わせることにより、沿海域戦闘艦に敵艦艇を遠距離から攻撃する能力を付与したのだ。
このため、これまでもしばしば西沙諸島や南沙諸島でのFONOPに投入されている横須賀を本拠地にしている第7艦隊所属の駆逐艦と、南シナ海をシンガポールから北上する沿海域戦闘艦によってアメリカ海軍は中国艦艇を挟み撃ちにする態勢を固めつつあるという解釈もなされている。
しかしながら、沿海域戦闘艦にNSM艦対艦ミサイル数発を装填した程度で、南沙諸島と西沙諸島に航空基地を合わせて4カ所も併設した前進海洋基地群まで誕生させている中国海軍を脅かすことはできない。
それだけではない、実はアメリカ海軍の脅威が高まっていなくとも、「アメリカ海軍が攻撃力の高い軍艦を南シナ海に展開させて中国は脅威を受けている」として、南沙諸島や西沙諸島の武装をより一層強化する口実とすることは避けられない。
中国が海洋戦力を飛躍的に強化させているだけでなく、南沙諸島と西沙諸島に前進軍事拠点を設置してしまった以上、アメリカとしては、実効性が全く期待できないFONOPに取って代わる新たな戦略によって(策定できればの話だが)中国に対峙するしかない状況に追い込まれているのだ。
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