営業マンの宮本浩が恋や仕事に不器用ながらも成長する新井英樹による漫画『宮本から君へ』。昨年2018年にはドラマ化され宮本が営業マンとして奮起するサラリーマン編が描かれ、今回宮本とヒロインの中野靖子を軸にしたストーリーの映画が9月27日(金)公開される。原作漫画に惚れ込み、そんな本作の主人公・宮本を熱演する池松壮亮にインタビューを行った。

原作漫画を読んで7年、難航しながらも映像化することができたという

そもそも池松が漫画『宮本から君へ』を読んだのが7年前、当時22歳でたまたま複数の知人から勧められたことがきっかけになったのだという。「流石に色んな人に勧められたのだから読んでみるしかない」と手に取ってみたところ「当時は新鮮で衝撃でした。ものすごくパワーをくれるもので、それからは自分のその時その時の生き方を問われるバイブルのようなものです」と話す。現在でも読み返すために目に見える場所に置いており「一種のお守り」として大事にしているのだという。

初めて読んだ衝撃から池松はマネージャーに漫画のことを尋ねてみたところ、偶然にも『宮本から君へ』の映像化のオファーがありマネージャーに驚かれたのだという。しかし、それから企画は難航。「(映像化)できる、できないの繰り返しで、振り回されていました」とそのたびに漫画原作を捨てようかと悩んだというほど。執念の末、今回7年の時を経てドラマ・映画化と念願の企画に着手することができたと言い「自分の年齢的にも最後と感じていましたし、この作品を令和の元年に発表したかったという思いがありました」と池松は打ち明ける。

今年映画化できたことを重要に感じているという池松は「原作の連載された90年から94年は昭和の良い面、悪い面の様々な残骸が描かれていて、映像化を平成の最後にするなら昭和と平成を受け継いだものを令和元年に発表しなければ意味がないような気がしました。原作が昭和の意地が描かれているのだとしたら、今回は平成の意地をみんなが最後もう取り戻せない時を映画に刻み込もうとした作品になります」と振り返る。さらに「世の中の流れ的にもっと非人道的なことが、どんどん僕らを抑圧してくる時代になるのでは」と語り「そんな時代に突入した後から『宮本から君へ』という作品を届けても、もうそれは伝わらない気がしました。そういう意味でも『ラストチャンス』です」と打ち明ける。「新しい時代に宮本から何かプレゼントを与えられるとすればこれしかないという気持ちが、真利子哲也監督をはじめプロデューサー、スタッフ全員が懇願する気持ちがあったと思います。これだけ人が宮本に求める気持ちがあるとすれば、観客の方も同じ気持ちで迎えてくれるのではないかという予感がありました」とその気持ちが届いてほしいのだと語る。

原作の魅力について池松は「本来あるべき正しさ、喜び、怒りの感情というものを宮本が肩代わりしてくれているヒーロー像のような存在」と自分の気持ちを代弁してくれているのだと話す。そういうところが世の中に受け入れられている理由ではないかと話し「自分の心とは裏腹に心を殺して、もっとスマートに社会に順応したり、大多数になびいたり、正しさに目を背けたり、心に蓋をしてきたような気分がどこかにありますけど、宮本は絶対にそういうことをしないんですよ。どれだけ傷ついても正論と生身一つで明日に向かって行くようなところがあって、そういう自分にはできないものを託していたという気持ちがありました」という。読後にはすっきりとした気持ちと奮い立つ気持ちにさせられ「俺も強く生きていかねば」という感情にさせてくれる原作の魅力を2時間の映画に集約された時間で伝えるのは難しく、気をつけた部分だという。

また本作を象徴するような食事シーンの数々。池松は「ドラマから宮本はよく食べるんです。喧嘩の前にも喧嘩をした後でもヤケ食いするようなキャラクターで、きっと誰よりも生きている実感しようとしてるのでは」と問いかける。さらに池松は演じている時は気に留めていなかったが一歩引いた目で作品を振り返った時に、宮本が恋人の靖子(蒼井優)に食べたお米を噴きかけながらお互いに一歩も引かないやり取りするシーンを挙げて「女優さんにあんなことしたらダメですよね(笑)」と話す。あのやり取りでは奇跡的な出来栄えだと振り返る池松「演じてみないとわからないものがあって、お米を飛ばそうと思って演じると、観客にはそういう計算にしか見えないんです」と今作では撮影のカメラが回ると夢中で突っ走ったのだという。「運任せと言いますか、ボリューム全開で挑んでみて、そこで何かが起こる一瞬を捉えているようだった」と語る。

共演の蒼井優についても「この映画で一番しんどいのはどう考えたって靖子です。ドラマでは宮本自らが苦難に立ち向かっていく姿を描いていましたが、この映画ではとてつもない試練が宮本と靖子の前に立ち塞がっているんです。構図としては女が叫んで、男が叫ばされているようなものになっていて、これは現代に発表しがいのあるものになりました。その代表として先頭に蒼井さんが立ってくださり、とんでもない力が宿るものになりました。女のプライド対男のプライドがぶつかり合った上で肩を組まなければならない。そういう意味では僕よりもキツい役柄だったでしょう」と彼女を賞賛。宮本とぶつかり合う演技にお互い「こんなにしんどいことはない」と漏らしあっていたという。池松は「人生も起こってしまったことは変えられない、どうしようもないことがありますけど、宮本はその苦難に立ち向かう方法に気づいて行動します。でもそれは勝利を手にしたとしても、何も解決されてなくて靖子の心の傷を半分取り除く程度のものなんです。その喜びと罪の意識を2人は背負って生きていく作品なんですけど、それは観客の一部分を担うことができるのではという期待もあります」と観客に呼びかける。

また『宮本から君へ』の主題歌にも触れ、ドラマ版で使用されたエレファントカシマシの『Easy Go』、映画では宮本浩次として楽曲提供された『Do you remember?』を振り返り、池松は「『Easy Go』の時にもとてつもないパワーを持つとんでもない曲だと思っていて、もうこれ以上のものはない」と思っていたという池松。「でもそれを遥かに凌駕する曲ができて驚きました」と語る。『Easy Go』が『過去と未来』についての曲なら、『Do you remember?』はそこに回想という視点を持ってくることによって、新しい時代に向かうものをも感じざるを得ないのだという。池松は「監督、スタッフ、プロデューサー、俳優、主題歌を担当してくれた宮本さん、それぞれの平成史を生きてきたなかでそれぞれの叫びが共鳴し合うような集団制作の理想を主題歌を聴いた時に感じました」と本作の手応えを感じさせるのだという。(関西ウォーカー・桜井賢太郎)

映画『宮本から君へ』主演の池松壮亮にインタビューを行った