かつて「冷蔵庫マザー」という言葉があったのをご存じですか。自閉症の子どもを持つ親が「冷蔵庫マザー=リフリジェレータ・マザー」と呼ばれていた時代があります。母親が子どもを冷たく突き放し、拒絶するために「絆」をつくれず、そのことが原因で子どもが自閉症になったといわれていたのです。

家族の反対に思い悩む母親

 私は、発達障害の子どもを育てている保護者に向けて講演をする機会が多いのですが、次のような質問を多く受けます。

「私(母親)は子どもと接する時間が長いので、個性や性格では片付けられない異質な行動を見て、発達障害を疑っています。専門機関に連れていき、診断を受け、療育手帳を取って福祉のサービスとつながりたいと思っていますが、姑から『発達障害児だなんて! あなたの血筋が悪いんだ!』、夫から『ちゃんとしつけをしていないのが原因だ。もっとしっかり子育てしろ』と言われているんです」

「手帳を取るなんて、こんなに小さいうちから障害者のレッテルをつけるのか。そんなことをしたら伸びるものも伸びなくなる」「似たような子はたくさんいるじゃないか! 個性の一つなんだから」

 家族の反対を受けて思い悩み、行動に移さず、いたずらに時が過ぎれば、子どもは支援や配慮を受けられないまま放置されることになります。そのため、私はこうした質問に対しては次のように答えています。

「まず、お子さんのためにお母さんが行動してください。病院の受診も、療育も、手帳のことも、理解してもらえないのなら黙っていればよいのです。子どもが大きくなってから、あのときこうしてやればよかった、ああしてやればよかったと悔やんでも、時間の巻き戻しはできないからです」

 なぜ、こんな無責任とも取れる答えをするのか。それは、子育てに対する考え方の違いによる意見の対立で夫婦間に溝ができ、離婚に至ってしまった人や、離婚まではいかないものの、家族間のいさかいにより、うつになってしまう人が多くいるからです。これらは子どもにとっても良い家庭環境ではありません。

原因は先天的な脳の機能障害

 発達障害に代表される自閉症は、親の養育態度によって発生するものではありません。原因は先天的な脳の機能障害です。しかし、昔は正しい情報も今ほどなかったため、知識のない年配の人の中には誤解している人がいます。次のような考えはもちろん誤りです。

・小さい頃、あまり抱っこしてやらなかったから、愛情不足で自閉症になった
・テレビやスマホを見せ過ぎたから自閉症になった
・言葉をあまりかけてやらなかったから自閉症になった
・友達と遊ばせなかったから自閉症になった

 自閉症の啓発ポスターに「僕は自閉症になったんじゃない。自閉症に生まれてきただけ」とありますが、その通りです。高齢になって治ることはありません。「昔、私は自閉症だったが今は治っている」ことは起こらないのです。

伝えなければ配慮してもらえない

 現代は「人生100年時代」。親亡き後、長い人生が続きます。仮に親が30歳で子どもを産んだら、親が80歳のとき、子どもは50歳です。50歳の引きこもりの子どもを、同居している80代の年金暮らしの親が支える状態を表す「8050問題」は、「背景に発達障害が隠れているのでは」ともいわれています。

 福祉の網の目からこぼれ落ちないために、療育手帳や精神障害者保健福祉手帳を取得しましょう。これがなければ、「障害がある」証明が行政にできないからです。また、手帳が取得できなくても、「障害福祉サービス受給者証」を取得し、福祉サービスを受けることもできます。こうして、まず「つながる」こと。そして「行動する」ことです。

「手帳を持っているとデメリットがある」「受験するとき、不利になるのでは」という人がいますが、デメリットはありません。使いたくなければ、たんすの奥にしまっておけばよいのですから。むしろ手帳を持っていなければ、就職するとき、障害者の法定雇用率にカウントされず、他の健常者と全く同じスタートラインで就労することになり、苦労します。

「福祉とつながらないまま、親子ともに社会から孤立し、親が亡くなった後に子どもは孤独死」。このようなことを避けるためには、子どもの状態をしっかり見つめて「この子が幸せな人生を歩むためには、親として今、何をしなくてはならないか」を考えることが大切だと思います。

「障害者差別解消法」という法律ができ、公的機関では「合理的配慮」をすることになっているので、小学校に行けば配慮してもらうことができます。障害のある子どもを育てていることを隠す家族もいますが、これはカミングアウトしていなければ、かなわないことです。さらに、子どもにとっては「家族が自分のことを隠したい存在だと思っている」ことであり、子どもに対してとても失礼なことだと思うのです。

 親が亡くなった後、残された子どもから「世間体を気にして障害を隠し、何も動いてくれなかった」と恨まれることのないように、ぜひ前に進んでほしいと思います。

子育て本著者・講演家 立石美津子

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