―[言論ストロンスタイル]―


小泉進次郎と比べ、田中角栄は、中身のない話で人を魅了する達人だった

 何を今さら。小泉進次郎環境大臣の発言が「軽い」「中身が無い」と批判されている。だったら、もっと早く指摘すべきだ。自民党政治家なんだから、こんなものだと。人間、何かを期待するから批判するものだが、小泉進次郎という今の自民党を象徴するような“サラリーマン議員”に、何を期待しているのか?

 歴代自民党政治家で演説の名人と言えば、真っ先に思い浮かぶのが田中角栄であろう。角栄流演説術は今でも、政治家や大学弁論部で受け継がれている。かくいう私も、中央大学辞達学会(弁論部)で習った。

 角栄流演説術の前提は、「中身がある話で他人に感銘を与えるのは当たり前。選挙民を前に中身のない話で2時間持たせて、初めて一人前」である。

 なぜ、こんな能力が必要なのか。中身がある話は、必ず人を傷つけるからである。何かの政策に賛成か反対かを明言すると、必ず敵ができる。だから、幅広く支持を得るためには、政策を明言しない方が、都合が良いのだ。

 現に、田中派は思想のカケラもない派閥だった。タカ派からハト派、学者からヤクザまで、あらゆるバックボーンを持つ政治家がズラリと並ぶ。だから、あらゆる陳情に応えられるので、自ら「総合病院」と豪語した。皆、角栄に魅了されて派閥入りしたのだが、政治家は単なる黄金では動かない。明治の時代から、黄金と情実が派閥政治の要諦だ。角栄は、中身のない話で人を魅了する、情実の達人だった。

 本当に人を魅了するには、四つの要素がいる。

 一つは、ツカミ。角栄の演説は常に突拍子もない第一声だった。

「御通行中の皆さんッ! 東京には空が無いッ! しかし、私の故郷の越後の新潟には青空があるッ! これはいったい、どうしたことだッ!」

 通行人は、大きくダミ声で張り上げた「空が無い」の一言で立ち止まる。そもそも、冷静に考えれば「越後が新潟」なのだから、「越後の新潟」もおかしいのだが、そんな細かい理屈はドーでもいい。人に話を聞いてもらわねば、中身など意味がないと角栄は割り切っていた。

◆進次郎氏に希望を持つかというと、具体像は何もない

 二つは、ハッタリ。「私の故郷の新潟は雪国で、冬になると閉じ込められる。お父ッちゃんは都会へ出稼ぎだッ! だから、三国峠をダイナマイトで吹っ飛ばし、風通しを良くすると雪が降らなくなる! そして余った土は日本海に埋めて、本州と佐渡島を陸続きにするんだッ!」

 聴衆は、「角さんなら本当にやってくれるかも」と信じ、敵対者のインテリすら「角栄なら、やりかねない」と疑い始める。ハッタリとは、裏を返せば「夢」「理想(ビジョン)」である。政治家として大成するには、何をやりたいかが明確でなければならない。人に支持されないからだ。では、なぜ角栄の演説には迫力があったのか。

 三つは、数字などの裏付けである。角栄の演説の特徴は、数字を速射砲のようにまくしたてることだ。数字は極めて大きな説得力を持つ。官僚と日ごろの付き合いを欠かさず、政策ごとに重要情報をあげさせる。自分でも勉強を欠かさない。ちなみに、「数字は、下二(しもふた)ケタは間違えていい」と割り切っていたが、それでも許される大きな数字しか語っていなかった、ということだ。

 四つは、捨て身の姿勢を示すことだった。角栄は演説が勢いに乗ると絶叫したものだ。

「国民の皆さんッ! もし、自民党が日本(にほん)国の為、ニッポン国民の皆さんの為にならないと思われたら、即ッ刻ッ、自民党なんかぶっ潰してくださいッ! どうぞ、野党に政権を渡してください!」

 どこかで聞いたようなセリフだろう(苦笑)。

 ここで言う「国民の皆さんの為」とは、「選挙民に利権を持ってこられなかったら」という暗号であり、本当に自民党が政権を失ったら最も困るのが角栄とその徒党なのだから、下野する気などサラサラ無い。しかし、建前だけは本気を示していた。

 これを愚劣と評するのは簡単である。では、進次郎大臣は?

 ツカミは、及第点だろう。ご当地に寄り添った演説は、評判がいいので引っ張り凧だった。これまでは。

 ハッタリは、本当にただのハッタリである。何をしたい政治家なのか、さっぱり見えない。今の政権に不満な人は期待するかもしれないが、では進次郎氏に希望を持つかというと、具体像は何もない

小泉進次郎氏は典型的な世渡り上手の“サラリーマン議員”

 裏付けが皆無なのは、大臣就任初日にバレた。開口一番、「復興大臣のつもりで福島に行く!」と宣言したが、その瞬間にマトモな人間は全員、顎が外れたはずだ。千葉が災害で大混乱の際に、なぜ? 現地に行って邪魔だけするよりはマシだが、その後に進次郎氏も千葉入りしている。いったい、何だったのか?

 環境問題を「セクシー(魅力的)に」と発言して話題になったが、ビジネス英語が使えるところをアピールしたかったのか。公文書で使うべきではない用法なのだが。

 この人、まともなブレーンがいないのだろう。

 田中角栄を批判しながら、田中的な手法を取り入れて旧田中派を解体したのが、進次郎大臣の実父である小泉純一郎元首相だった。

 ワンフレーズで言い切る。言葉で国民に希望を持たせる。難しい勉強はできないが、有能な人間は取り立てる。そして、ここぞという時に捨て身になれる、勝負勘。

 その純一郎氏のモノマネで進次郎氏はやってきたが、今後が勝負所だろう。とは言うものの、進次郎氏に過大な期待は禁物だ。党幹部に忠誠を誓い、選挙のたびに汗をかき、役職を地道にこなしながら、出世の階段を昇ってきた、典型的な“サラリーマン議員”なのだから。しかも世渡り上手の。それで抜擢人事で要職に就いて仕事ができなければ、嫌われるに決まっている。

 ここで、進次郎氏が飛躍するとしたいなら、心得るべきは、「サラリーマンは、サラリーマン議員が大嫌いだ」ということだ。

 上司にペコペコ、嫌な人間関係に耐える、信念を曲げてやりたくない仕事をやらなければならない。なぜ、政治家にまで見せつけられなければならないのか。

 もっとも、根本的には“サラリーマン議員”しか育てていない自民党に、限界が来たのかもしれない。

【倉山 満】
憲政史研究家 ’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。現在、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交について積極的に言論活動を行っている。ベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』など著書多数。9月27日には、『13歳からの「くにまもり」』が刊行される

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千葉県南房総市の石井裕市長(左)と、台風被災地を視察する小泉進次郎環境相(中央)。38歳の若き大臣に、我々は過度な期待を抱き過ぎていたのだろうか(写真/時事通信社)