韓国を代表する公企業である韓国電力公社が、世界的な工科大学を設立することを決めた。

JBpressですべての写真や図表を見る

 電力会社と工科大学、ぴんと来ない組み合わせだが、文在寅ムン・ジェイン1953年生)大統領の選挙公約でもあったのだ。

 韓国メディアが、曺国(チョ・グク=1965年生)法相をめぐる疑惑捜査について集中的な報道を続ける中、2019年9月27日ソウルで学校法人の設立総会が開かれた。

KEPCO Tech

「学校法人韓国電力工科大学」。韓国電力の英文社名である「KEPCO」を使って英文の校名も「KEPCO Tech」となった。

 初代理事長には、金鍾甲(キム・ジョンガプ=1951年生)韓国電力社長が就任した。韓国電力が本社を置く全羅南道羅州(ナジュ)のゴルフ場用地を買収してキャンパスとする。

 エネルギー分野での世界的な科学技術大学を目指す。

 学生数は学部生600人、大学院生400人の合わせて1000人。2019年の10月中に設立を申請し、2022年の開校を目指すという。

 学校の名称の通り、韓国電力が設立する大学だ。

 韓国メディアによると、2019~2031年までに1兆6000億ウォン(1円=11ウォン)以上の資金が必要だが、このうち5000億~7000億ウォンを韓国電力が負担するという。

学費無料、教授には3倍の年俸

 世界的水準の工科大学を目指すとあって、学生や教授に対する待遇も破格だ。

 韓国メディアによると、学生に対しては、学費、寮費などがすべて無料になる。また、世界的な研究者を招へいするために他の韓国内の科学技術系大学より3倍もの年俸を用意するという。

 韓国電力が工科大学を設立する構想は、文在寅大統領の2017年の選挙公約にも入っていた。その狙いはいくつかある。

 まずは、韓国の未来戦略のための人材養成だ。

 韓国では、空前の就職難から優秀な若者が、公務員や医師など専門職を目指す傾向が極めて強い。特に、理工系の場合、医学部が圧倒的人気だ。

 エリート工科大を設立して、優秀な人材の医学部偏在を正し、将来の成長産業育成に生かすという狙いだ。

 さらに、韓国電力が2014年にソウルから本社を移転した羅州に世界的な工科大学を設立することで、一帯を先端産業の集積地に成長させ、「ソウル一極集中」の緩和に役立てたいという狙いもある。

 羅州がある全羅南道は、もともと政治的には進歩系の地盤で、前回の大統領選挙でも圧倒的に文在寅氏を支持した。政治的な計算も当然あったはずだ。

 文在寅は2019年7月に全羅南道を訪問した際にも「2022年までに韓国電力工科大が開校できるように支援する」と語っている。

 こうした「基本構想」については、理解する声が多い。

 良質の教育機会を作ることも、先端産業育成や地方都市の成長戦略を後押しすることも、総論で反対する声は少ない。

 とはいえ、課題や問題も多く、全体で言えば、賛否が錯綜している。

 まず、真っ先に出てくる疑問は「どうして韓国電力なのか?」ということだ。公企業ではあるが株式の一部を公開している。

 大株主は政府だから、政府が決めた方針に従うのは分かるが、他の株主から反対の声が出ても仕方がないような経営状態なのだ。

2018年から巨額の赤字

 韓国電力は、2013~2017年までは5年連続で黒字経営だった。ところが、2018年にいきなり2兆2000億ウォンの営業赤字を出した。

 2019年になっても赤字は止まらず、1兆5000億ウォンの営業赤字を出すという予想が多い。累積負債も巨額だ。つまりは、「余裕がある経営」ではとてもないのだ。

 どうして急にこんな経営になったのか?

 原油価格急騰など燃料調達コストが増加した。さらに現政権になって、「親環境政策」が進み、原発依存度を引き下げ、老朽化した石炭火力発電所も稼働停止させた。その分、コスト高のLNG発電などが増えた。

 一方で、電力料金を抑えたため、「逆ザヤ」が続いている。経営努力ではどうしようもない規模の赤字が続いている状態なのだ。

 もう1つは、「果たして工科大学がさらに必要なのか?」という疑問だ。

カイスト、ポステック…すでに5校も

 韓国には、ソウル大、延世大など一般の大学以外に、「科学特性化大学」がある。教育行政の監督を受ける大学とは異なり、科学技術行政の支援策で特別に設立した大学だ。

 代表的な大学が2つある。1つは、韓国科学技術研究院(KAIST、カイスト)だ。

 科学技術立国を目指して、米スタンフォード大学が目指した産学連携をモデルにして1971年に設立した。

 もう1つが、浦項工科大学(ポステック)だ。こちらは、公企業だったポスコが全面的に支援して1986年に設立した。

 カイストは国費、ポステックがポスコの資金拠出で、それぞれ、「世界水準」を目指して科学系大学を設立した。豊富な研究費と優秀な人材を集めたことで、どちらも高い評価を得ている。

 さらに政府は、主要地方都市である、大田(テジョン)、蔚山(ウルサン)、光州(クワンジュ)にも工科大学を設立している。

 カイストやポステックに次ぐ水準の教育・研究機関として定着しつつある。

 そこへまた韓国電力工科大学なのだ。

ポステックモデル

 今度の大学は、全額国費ではなく、韓国電力がかなりの資金を出すという意味では「ポステックモデル」ではある。

 だが、すでに5つある科学特性化大学に加えて6校目が必要なのか。羅州は光州に近く、競合する恐れもある。

 ある大学教授はこう言う。

「ポステックの場合は、簡単に言えば、創業以来ずっと黒字を維持した超優良企業のポスコが丸抱えしてきた。設立時に資金を拠出しさらにポスコ株も贈与した。委託研究も続けている。それでも、学校規模の拡大で経営は楽ではない」

「韓国電力は公企業だが、経営は不安定だ。年間3000億ウォン程度の費用が必要だが、今後20年、30年を考えれば、簡単な話ではない」

 実は韓国電力が工科大学を設立するのは初めてではない。

「中央日報」によると、「1964年に韓国電力はソウルに首都工科大を設立したが、補助金削減などで財政難に陥り1971年に弘益(ホンイク)大学に統合になった」という。

 さらに、1988年に政府とKTなどが設立した韓国情報通信大学も2009年にカイストと統合することになった。

 設立に漕ぎ着けても持続できるのかという懸念は少なくない。

急速に進む少子化

 もっと深刻な問題もある。

 韓国は日本以上のスピードで「少子高齢化」が進んでいる。すでに、子供数が減り始めて、大学の経営に深刻な影響が出始めている。

 廃校も相次いでいる。そんな中で、工科大学の新設は大丈夫なのかという懸念もある。

 それでも、大学設立はここまで来たら計画通りに進むとの見方が多い。

 韓国紙デスクは「政治家は、来年4月の総選挙を前に地方活性化のために韓国電力工科大学を求める声は強い。無償大学だから、子供のことを考えると親も反対しない」

 エネルギー分野で世界最高峰を目指すという野心満々の科学系大学が、2022年にもゴルフ場跡地に設立することはもう止まりそうもない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  2年前から韓国景気が後退局面、今さら言われても

[関連記事]

韓国経済に忍び寄る「Dの恐怖」

「米国が日本をえこひいき」決めつけて嘆く親韓学者

韓国電力公社(本社、撮影2012年、写真:AP/アフロ)