「三国志」と言えば、ゲームでおなじみの人が多いだろう。有名な歴史シミュレーションゲームをはじめ、三国志を舞台にしたゲームは市場で飽和状態だという。今や日本の国立博物館で「三国志展」まで開かれるほどだ。

著者はニッポン放送アナウンサー

 本書『愛と欲望の三国志』(講談社現代新書)は、なぜ日本人は「三国志」が好きなのかを論じた本だ。ここで言う「三国志」は、もちろんゲームではなく『三国志演義』をはじめとした「三国志」関連の書籍だ。

 著者の箱崎みどりさんは、ニッポン放送アナウンサー東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。論文に「日中戦争期における『三国志演義』再話の特色」(『比較文学・文化論集』29号)、「近代日本における諸葛亮の評伝をめぐって」(『三國志研究』第9号)などがあるから、単なる「三国志ファンではない学究肌の人である。

 勤務のかたわら仕事に関係のない本の執筆に2年をかけたというから、「三国志」への並々ならぬ愛が感じられる。

 冒頭、日本での人気の理由として、「日本でずっと読まれてきたから」と書いている。

史書『三国志』と小説『三国志演義』

 西暦220年、中国の漢王朝が滅びてから、魏・呉・蜀、三つの国が鼎立していた時代が、「三国志」の舞台となる三国時代だ。280年に晋が中国統一を果たすまでの100年ほどのことを書いた歴史書が『三国志』。そこから史実三割、虚構七割で小説に仕立てたものが、元末明初、14世紀後半に成立した『三国志演義』だ。版元によって細かく違うさまざまなバージョンがあり、30種類以上あるという。

 そして、日本では奈良時代以降、史書『三国志』が日本の歴史書、軍記物語の参考にされ、江戸時代に『三国志演義』が翻訳されると、芝居、川柳、春画になり、明治以降さまざまな小説になってきた。そんな多様性をもつ「三国志」の世界をわかりやすく解説している。

 本書の構成は以下の通り。

 第一章 わたしの「三国志」  第二章 有名作家、それぞれの「三国志」  第三章 弥生時代から江戸時代、人々はどう読んだか  第四章 江戸時代、知らぬ人なし「三国志」  第五章 近代日本と孔明  第六章 日中戦争期の「三国志ブーム

卑弥呼が出てくる『三国志』「魏志倭人伝」

 章の順番は前後するが、日本と「三国志」の関係は、あらまし次のように理解すればいいようだ。日本が最初に史書に登場するのは『三国志』「魏志倭人伝」だ。曹操の足跡を記した「魏志」の中に卑弥呼が出てくる。呉に対抗できる魏の友好国として邪馬台国が重要視されていた。その後、『三国志』は『日本書紀』の記述のモデルになったという。さらに武家が争う時代を描いた『太平記』には『三国志』からの引用も多い。

 江戸時代になると、『三国志演義』が日本に入り、1691(元禄4)年から翌年にかけて、その完訳、湖南文山『通俗三國志』が世に出る。湖南文山が誰かは分かっておらず、複数の訳者がかかわったと見られる。絵入りのダイジェスト本、パロディ本も登場。さらに歌舞伎浄瑠璃、講釈、川柳、絵画、春画、山車人形とさまざまなジャンルに「三国志」は浸透した。江戸時代の人々は「三国志」をしゃぶり尽くしたと言ってもいいだろう。

 明治になっても『通俗三國志』の影響は強く、幸田露伴が解題を書いた『通俗三國志』は、『絵本通俗三國志』を底本としたものだった。そこに一石を投じたのが、中国の異なるバージョンを底本にした久保天随『新譯 演義三國志』で、吉川英治も夢中になった新訳だった。

戦前、偉人になった諸葛亮(孔明)

 明治時代から戦前にかけて諸葛亮(孔明)の独壇場となる。小学校の国定教科書にも取り上げられ、内藤湖南ほかの手で多くの評伝が書かれた。箱崎さんは「忠臣を求める明治の欲望が、孔明を偉人に仕立てあげていく」と書いている。

 そして日中戦争期、吉川英治『三國志』ほか五つの『三國志』が出版される「三国志ブームが到来する。中国理解の重要性が根底にあったようだ。吉川は二度、中国に従軍記者として赴いている。吉川『三國志』は「合理的解釈に加え筋も変更しリアリティを強調」しているという。そして戦後の「三国志ブームの基になったと見ている。

戦後もさまざまな作家が挑戦

 そして現代を扱った第二章では、吉川英治『三國志』、柴田錬三郎『柴錬三国志』、陳舜臣『秘本三国志』、北方謙三三国志』、宮城谷昌光三国志』の五つの作品を比較検討している。

 吉川『三國志』では、冒頭、お茶を川に捨てる劉備の母が登場する。これは吉川の創作だという。箱崎さんは、劉備を「母親思いの息子」に設定することで、中国が舞台の作品ながら日本人の共感を呼ぼうとしたのでは、と見る。

 『柴錬三国志』には過激な性愛描写が多く、「週刊現代」というサラリーマン向けの媒体に連載された影響を指摘する。

 陳舜臣『秘本三国志』、北方謙三三国志』、宮城谷昌光三国志』では、依拠する本が『三国志演義』から史書『三国志』に代わる。紀伝体の歴史書なので、人物は時系列に沿って登場する。また『秘本三国志』の主人公は劉備ではないという特色がある。

 北方『三国志』は、諜報戦や長期的な戦術など、史実を基に現実的に書かれているという。また宮城谷『三国志』には、「三国志」の前史も含まれており、作者の思想が感じられるそうだ。

 通読すると、日本人は実に長い間、「三国志」と付き合ってきたことが分かる。本書ではゲームには一切ふれていないが、今もまた形を変えた「三国志ブームと言っていいだろう。ゲームで多くの「三国志キャラにふれている人ならば、本書もきっと面白く読めるはずだ。

 東京国立博物館で開かれていた「特別展 三国志」は10月1日から会場を九州国立博物館に移し、20年1月5日まで開催されている。


BOOKウォッチ編集部
日本人はなぜ「三国志」に夢中になるのか?