いよいよアメリカと北朝鮮との実務者協議が、ストックホルムで開始する。この地は北朝鮮にとって、「米朝の中間地点」にあり、かつこれまで縁起の良い場所だ。日本との「ストックホルム合意」も、2014年5月にこの地で交わされた(残念ながらいまや雲散霧消してしまったが)。

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 6月30日にドナルド・トランプ大統領と金正恩委員長が、板門店で3度目の首脳会談を行い、早期対話で合意した約束が、ようやく果たされることになる。アメリカ側代表は、北朝鮮側から一定の信頼を得ているスティーブ・ビーガン北朝鮮政策特別代表、北朝鮮側代表は、アメリカ担当が長かった金明吉前駐ベトナム大使である。

 トランプ大統領が9月10日、最側近の一人だったジョン・ボルトン大統領安保担当補佐官を更迭したことが、北朝鮮に対して大きなメッセージになったことは間違いない。2月27日、28日の2回目の米朝首脳会談、いわゆる「ハノイの決裂」は、対北朝鮮最強硬派と言われるボルトン補佐官が主導したものだったからだ。

 トランプ大統領としては、イラン問題が暗礁に乗り上げ、先月の国連総会の機会に、ハサン・ロウハニ大統領との歴史的な首脳会談を逃した。さらにその後、民主党からウクライナ問題を巡って、弾劾まで持ち出されて窮地に立っている。そんな中、短期的な外交成果を得たいのである。

北朝鮮でも猛威を振るうアフリカ豚コレラ

 今回の米朝協議のポイントは、北朝鮮にしてみれば、ただの一点、すなわち国連の経済制裁が緩和されるかどうかである。寧辺の核処理施設廃棄と引き換えに、最大限の規制緩和を求めてくるだろう。いわゆる核問題の段階的解決である。

 北朝鮮に対する国連の経済制裁決議は、これまで11回も出されていて、最後に出された「決議」(2017年11月)がダメ押しとなり、北朝鮮は兵糧攻めのような状態に置かれている。私は今年正月、中国の北朝鮮専門家から話を聞いたが、「このまま行けば北朝鮮がもつのはあと2年くらいだろう」と予測していた。

 それを思えば、より窮地に立たされているのは、むしろ金正恩委員長の方と見るべきである。具体的には、食糧問題と朝鮮人民軍の問題が深刻化しているのだ。

 まず、食糧問題については、アフリカ豚コレラの感染が、北朝鮮全土に及んでいる模様である。韓国メディアの報道によれば、9月24日、徐薫国家情報院長が、国会の情報委員会でこう証言した。

「平安北道で豚が全滅した。肉のある家はないとの不満が出るほど、北朝鮮全域にアフリカ豚コレラがかなり拡散したとの徴候がある」

 6月に朝鮮労働党中央委員会機関紙『労働新聞』が、アフリカ豚コレラへの感染に対する記事を出したが、その後、事態は深刻化した模様だ。農水省の関係者に確認したところ、こう述べた。

「日本で起こった豚コレラはワクチンがあるが、北朝鮮(及び韓国)で起こっているアフリカ産豚コレラは、新種かつ強力なためワクチンがない。そのため、感染を防ぐには殺処分するしかないが、北朝鮮のような衛生状態が悪い地域は、感染が全土に広がるのもやむをえないだろう」

 私も以前、北朝鮮で衛生状態の悪い肉を食べて死にかけたことがあるので理解できるが、とにかく想像を超える不衛生ぶりだ。

台風で農作物も大打撃

 北朝鮮の食糧問題は、豚に限らず、主食のコメにも及んでいる。北朝鮮の食糧事情というのは一年の中でも一定の周期があって、本来ならいまは、収穫を終えて最も「食糧豊富」な季節のはずだ。

 ところが、9月後半の収穫を前に台風13号が北朝鮮を襲った。朝鮮中央通信は9月8日、農地4万6000ヘクタールや住宅460棟などが被害を受けたと報じた。また、金正恩委員長が6日に緊急会議を開き、担当幹部らを叱責したとも報じている。

 北朝鮮の報道には針小棒大なものもあるが、その逆もある。同時期に韓国が受けた被害から見ても、北朝鮮全土に甚大な台風被害が出たと見るべきだろう。そうでなければ、「金正恩委員長が叱責した」などという記事が出るわけもない。

ミサイル発射が元山でなされた理由

 次に、朝鮮人民軍に関してだが、朝鮮中央通信は10月3日、前日に元山(ウォンサン)湾の水域で、新型の潜水艦発射弾道ミサイル「北極星」の試射に成功したと報じた。の発射は2016年8月以来だが、新型の「北極星」は初めてである。ロフテッド軌道で約450キロメートル飛び、日本のEEZ(排他的経済水域)に落下したことで、日本が騒然となったことは周知の通りだ。

 日本では、アメリカにプレッシャーをかけるために、米朝協議の直前にあえて発射に踏み切ったという分析がなされた。私は、それもあるだろうが、一番大きな理由は、朝鮮人民軍の不満が爆発寸前なのだと見ている。

 金正恩委員長は昨年、対米対抗から対米協調へと、大胆に舵を切り替えたが、これに強く異を唱えたのが120万朝鮮人民軍だった。金委員長は、対米協調によって経済発展をもたらそうと考え、その象徴として元山葛麻(カルマ)半島に、「元山葛麻海岸観光地区」を建設するとブチ上げた。いわゆる「北朝鮮のハワイ」計画である。

 だが、勇ましい核ミサイル建設を放棄し、観光地の土木工事に回された軍人たちは、当然ながら不満たらたらである。実際、この観光地の完成予定日は何度か延びて、現在は2020年の「太陽節」(4月15日の金日成主席誕生日)としている。昨秋には、金委員長がこの地域を視察した際、暗殺未遂に遭ったという確度の高い情報ももたらされている。

 こうした中、「安易な軍縮はしない」という金委員長の軍に対するメッセージが、10月2日の「北極星」の試射だったのではないか。だからこそ、同じ元山で試射に臨んだ。

 北朝鮮と、最大の貿易相手国である中国との関係もまた、不透明である。中朝国交正常化70周年を10月6日に控える中、4日になっても何も発表されていないからだ。

 10年前の60周年の際には、温家宝首相が訪朝し、金正日総書記との首脳会談で、新鴨緑江大橋の建設を決めた。中国側の丹東と北朝鮮側の新義州を結ぶ鴨緑江の中朝国境には、これまで鴨緑江大橋がただ一本かかっているだけだったため、もう一本通して、中朝間の物流を増やそうとしたのだ。実際、1億5000万ドルの建設費用を中国側が全面的に負担する形で、新鴨緑江大橋は2016年に完成した。

 70周年を前にしても、9月2日から4日まで、中国の王毅国務委員兼外相が訪朝し、北朝鮮の李容浩外相と70周年記念行事について話し合った。王外相の帰国後には、北京の外交筋の間で、10月に李克強首相が訪朝するとか、いや金正恩委員長が訪中するのではといった話が飛び交ったものだ。

 だが北朝鮮側は今回、あえて中朝70周年の大事な日に、米朝協議をぶつけてきた。これは、北朝鮮側の中国に対する不満の表れと見てよいのかもしれない。金正恩外交は、常に米中両大国を天秤にかけながら進めているからだ。

金正恩を「利用」したい2つの国

 さて、そのような窮地に立つ金正恩委員長を「利用」しようとしている国が2カ国ある。その一方は、韓国である。

 韓国は、文在寅大統領が9月9日に、「タマネギ男」こと曹国(チョ・グク)法務長官を任命したことで、左派と右派が国を二分する争いを続けている。そんな中、文在寅大統領は、故郷の釜山で11月25日と26日、韓国(東南アジア諸国連合)サミットを開催する。

 これは故郷に錦を飾り、来年4月の総選挙の追い風にしようという思惑だが、私が得た情報によれば、青瓦台(韓国大統領府)は、このサミットに金正恩委員長を参加させるべく、北朝鮮側に強力な働きかけを行っているという。米朝協議が妥結し、国連の経済制裁が緩和されれば、北朝鮮との経済交流を図れるというわけだ。

 北朝鮮に熱い視線を向けているもう一つの国は、日本である。安倍晋三首相は、一日も早く平壌へ行って金正恩委員長との日朝首脳会談に臨みたい。そのためには、何らかの見返りが必要だ。国連の経済制裁が緩和できれば、与えられる「見返り」の範囲も広がるというわけだ。

 日本は、2002年の小泉純一郎首相の訪朝時に、25万トンの食糧援助を約束していて、いまだに果たしていない。それを渡そうとしているが、北朝鮮からすれば、それはあくまでも2002年の約束であって、今回の会談実現にはさらなる援助が必要だと主張する。例えば、安倍首相がトランプ大統領から買うと約束した275万トンのアメリカ産大豆の一部などが、その対象になるのではないかと思える。

 いずれにしても、今回の米朝協議は、東アジアの地政学を再び変える可能性を秘めているのは間違いない。

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米朝実務者協議で北朝鮮側の代表を務める金明吉・前駐ベトナム大使(左)。写真は2009年8月、アメリカでニューメキシコ州のビル・リチャードソン知事(当時)と会談した際のもの(写真:AP/アフロ)